29 / 33
第三章
一時間前
しおりを挟む
本堂は伊津の手を握り、覚悟を決める。
最後は竜善組長と対峙するのみとなった。
これより一時間前、本堂と谷渕は丹野と合流し、ある場所に急いだ。
向かった先は竜善丈太郎の屋敷を凌ぐ大豪邸だ。高級旅館と称しても相違ない外観は品位があり、とても裏社会の第一人者が住まっているとは思えない。
「ここが、清琳会の会長の住まい。ヤバいっすね。世界が違う感じが」
丹野が目新しいものを見つけた幼稚園児のように目を輝かせて、だらしなく口を開けてしまうのも仕方がないことだった。
本堂らは清琳会会長として名を馳せる 玄場敏実にお目通しを願いに来た。
指定暴力団清琳会のトップに君臨する会長は、傘下に組織される組全体から多数決で選出されている。もとは玄場組という、竜善組と変わらない一つの組でしかなかった組織が、玄場敏実が会長に立ったことで、前代が築き上げた清琳会に組み込まれ現在の形となっていた。
会長が代替わりする際、丸ごと構成員が入れ替わる場合と、現在の清琳会のように全員が居残って新しい会長の下につく場合があり、それは新しい会長の人柄による影響が大きい。
玄場会長は先代から構成員を引き継いで、そこに己れのを合併させ、組織を巨大化させた。付き従える構成員の数と、そこに伴う収入は増大し、他に引きを取らない一大勢力となったのだ。
「確証はどれくらいですか、谷渕さん」
「なんとも言えないね」
会長の家まで道案内をしてくれたのは谷渕だ。
「谷渕さんが玄場会長と面識があって助かりましたよ」
「一応、闇医者っつう便利な職に就いてたもんでね。ここんとこの会長にも呼んでもらってた。でも俺のこと覚えてくれてるかなんてわかんないよ?」
「覚えていると思います。義理堅い人と聞きますから」
「だといいけどな」
谷渕と玄場会長の仲を見抜いた鍵は、伊津が書いていたネット小説。
伊津宅の居間で交わされた会話はこうだ。
「———伊津さんって・・・馬鹿ですよね?」
この本堂の一言を聞き、谷渕は苦笑した。
「何その突然の暴言。びっくりしたよ。君が向葵ちゃんを侮辱すると思わなかった」
本堂は直ぐにかぶりを振る。
「あ・・・すみません。違うんです、ヤクザ者である俺らの中じゃ、満足に学校に通えてたやつって稀だと思うんですよ」
何が言いたいかと言うと、大人しく机に向かえるような輩の集まりじゃないということだ。
そもそも文字を見るのが苦手で拒絶反応を示したりとか、本や小説に無縁なやつが多い。猥褻なエロ小説は読むとしても、頭を使うミステリー小説は、暴走族上がりの伊津とはちょっと結びつき辛い。
であるのに伊津のミステリー小説は中々に本格的だった。事件のトリックなどは、普段から好きで嗜んでいる人間じゃないと思いつかないのではと本堂は思ったのだ。
「ああ、ね。なるほど」
谷渕は顎をさする。
「谷渕さんみたいな頭脳を持ってる人間もいますが、大半は俺も含めて馬鹿です。頭を使うより手が先に出ます。読むと書くでは雲泥の違いですし、伊津さんは子どもの頃からそれほどミステリー小説が好きでしたか?」
「いんや、まさに本堂くんの指摘どおりさ」
「じゃあ伊津さんはどこでミステリー小説に触れていたのか。軟禁されていた伊津さんに差し入れしてたのは、あなたじゃないですか谷渕さん」
谷渕は虚をつかれたように口をつぐんだ。
「・・・本堂くんこそ名探偵になれそうだね」
「冗談は無事に伊津さんを見つけた後にしましょう」
本堂は的のど真ん中を得てみせた。次に取るべき行動が頭に浮かぶ。
谷渕は玄場会長がミステリー小説を好むと風の噂で耳にし、話題作りのために本を持ち歩いていた。たまたま本を目にした伊津が興味を持った。それが最初のきっかけだった。
部屋から自由に出られず、時間を持て余していた伊津はのめり込むようにしてミステリー小説にハマった。
傘下の竜善組若頭であろうと、約束も無しに来るのは失礼にあたる。幹部本人でなければ敷地に足を踏み入れる前に文字通り門前払いされる。谷渕が当時の付き合いでどれだけ玄場会長に気に入られていたかが作戦の要だった。
権力者にぺこぺこ頭を下げずに裏社会を闊歩できる、闇医者の独立した立場を信じるしかない。
しかし他にアテにできるツテがない本堂にとっては、これ以上ない力強い味方だ。正面突破でやるしかない。
「ピンポーンて俺が押しますね」
「いいぞ」
本堂は頷いた。
門の前で丹野がワクワクしている。すると丹野の指がボタンに触れる直前に「お待ちしておりました」とスピーカーから女性の声がした。お手伝いか姐さんの声だろう。
「お待ちしておりましたか・・・・・・」
本堂はニヤリとしてしまった。
こちらの動向を見張られていた。近くで探られていたのだ。それでいい。竜善組の不穏な動きが危険視されているということだ。
リビングに通された本堂は玄場会長と対面し、その威圧感に圧倒されながらも堂々と見据えた。竜善組長より若干歳上の翁は仙人のような佇まいで本堂ら三人を出迎える。
「久しぶりになるね、先生。あとの二人は初めましてだ」
谷渕がわかりやすく表情を和らげる。倒れる寸前まで緊張で張り詰めていたのが伝わる。
本堂は上体を屈めて頭を下げ、丹野に真似をするよう促した。
「ああー、今はそういったのはいい。急を要するんだろう?」
「やはり全てご存じでいらっしゃるんですね」
「もちろんだ。竜善組には助けられているもんで放っておいたが、しかし少しばかりやり過ぎだな。どうしたもんかと考えている。画期的な案があれば聞こう」
玄場会長が試すような視線を向けてくる。本堂は唾を呑み込み、一つの提案をした。
・・・そしてその結果を握り締め、伊津のもとに駆けつけたのである。
清景の差し金は清琳会の尽力もあって、すでに炙り出されていた。
彼らは竜善組を束ねる親玉組織に目をつけられたとわかると恐れ慄き、ありていのままに全ての命令内容を吐いたのだった。
最後は竜善組長と対峙するのみとなった。
これより一時間前、本堂と谷渕は丹野と合流し、ある場所に急いだ。
向かった先は竜善丈太郎の屋敷を凌ぐ大豪邸だ。高級旅館と称しても相違ない外観は品位があり、とても裏社会の第一人者が住まっているとは思えない。
「ここが、清琳会の会長の住まい。ヤバいっすね。世界が違う感じが」
丹野が目新しいものを見つけた幼稚園児のように目を輝かせて、だらしなく口を開けてしまうのも仕方がないことだった。
本堂らは清琳会会長として名を馳せる 玄場敏実にお目通しを願いに来た。
指定暴力団清琳会のトップに君臨する会長は、傘下に組織される組全体から多数決で選出されている。もとは玄場組という、竜善組と変わらない一つの組でしかなかった組織が、玄場敏実が会長に立ったことで、前代が築き上げた清琳会に組み込まれ現在の形となっていた。
会長が代替わりする際、丸ごと構成員が入れ替わる場合と、現在の清琳会のように全員が居残って新しい会長の下につく場合があり、それは新しい会長の人柄による影響が大きい。
玄場会長は先代から構成員を引き継いで、そこに己れのを合併させ、組織を巨大化させた。付き従える構成員の数と、そこに伴う収入は増大し、他に引きを取らない一大勢力となったのだ。
「確証はどれくらいですか、谷渕さん」
「なんとも言えないね」
会長の家まで道案内をしてくれたのは谷渕だ。
「谷渕さんが玄場会長と面識があって助かりましたよ」
「一応、闇医者っつう便利な職に就いてたもんでね。ここんとこの会長にも呼んでもらってた。でも俺のこと覚えてくれてるかなんてわかんないよ?」
「覚えていると思います。義理堅い人と聞きますから」
「だといいけどな」
谷渕と玄場会長の仲を見抜いた鍵は、伊津が書いていたネット小説。
伊津宅の居間で交わされた会話はこうだ。
「———伊津さんって・・・馬鹿ですよね?」
この本堂の一言を聞き、谷渕は苦笑した。
「何その突然の暴言。びっくりしたよ。君が向葵ちゃんを侮辱すると思わなかった」
本堂は直ぐにかぶりを振る。
「あ・・・すみません。違うんです、ヤクザ者である俺らの中じゃ、満足に学校に通えてたやつって稀だと思うんですよ」
何が言いたいかと言うと、大人しく机に向かえるような輩の集まりじゃないということだ。
そもそも文字を見るのが苦手で拒絶反応を示したりとか、本や小説に無縁なやつが多い。猥褻なエロ小説は読むとしても、頭を使うミステリー小説は、暴走族上がりの伊津とはちょっと結びつき辛い。
であるのに伊津のミステリー小説は中々に本格的だった。事件のトリックなどは、普段から好きで嗜んでいる人間じゃないと思いつかないのではと本堂は思ったのだ。
「ああ、ね。なるほど」
谷渕は顎をさする。
「谷渕さんみたいな頭脳を持ってる人間もいますが、大半は俺も含めて馬鹿です。頭を使うより手が先に出ます。読むと書くでは雲泥の違いですし、伊津さんは子どもの頃からそれほどミステリー小説が好きでしたか?」
「いんや、まさに本堂くんの指摘どおりさ」
「じゃあ伊津さんはどこでミステリー小説に触れていたのか。軟禁されていた伊津さんに差し入れしてたのは、あなたじゃないですか谷渕さん」
谷渕は虚をつかれたように口をつぐんだ。
「・・・本堂くんこそ名探偵になれそうだね」
「冗談は無事に伊津さんを見つけた後にしましょう」
本堂は的のど真ん中を得てみせた。次に取るべき行動が頭に浮かぶ。
谷渕は玄場会長がミステリー小説を好むと風の噂で耳にし、話題作りのために本を持ち歩いていた。たまたま本を目にした伊津が興味を持った。それが最初のきっかけだった。
部屋から自由に出られず、時間を持て余していた伊津はのめり込むようにしてミステリー小説にハマった。
傘下の竜善組若頭であろうと、約束も無しに来るのは失礼にあたる。幹部本人でなければ敷地に足を踏み入れる前に文字通り門前払いされる。谷渕が当時の付き合いでどれだけ玄場会長に気に入られていたかが作戦の要だった。
権力者にぺこぺこ頭を下げずに裏社会を闊歩できる、闇医者の独立した立場を信じるしかない。
しかし他にアテにできるツテがない本堂にとっては、これ以上ない力強い味方だ。正面突破でやるしかない。
「ピンポーンて俺が押しますね」
「いいぞ」
本堂は頷いた。
門の前で丹野がワクワクしている。すると丹野の指がボタンに触れる直前に「お待ちしておりました」とスピーカーから女性の声がした。お手伝いか姐さんの声だろう。
「お待ちしておりましたか・・・・・・」
本堂はニヤリとしてしまった。
こちらの動向を見張られていた。近くで探られていたのだ。それでいい。竜善組の不穏な動きが危険視されているということだ。
リビングに通された本堂は玄場会長と対面し、その威圧感に圧倒されながらも堂々と見据えた。竜善組長より若干歳上の翁は仙人のような佇まいで本堂ら三人を出迎える。
「久しぶりになるね、先生。あとの二人は初めましてだ」
谷渕がわかりやすく表情を和らげる。倒れる寸前まで緊張で張り詰めていたのが伝わる。
本堂は上体を屈めて頭を下げ、丹野に真似をするよう促した。
「ああー、今はそういったのはいい。急を要するんだろう?」
「やはり全てご存じでいらっしゃるんですね」
「もちろんだ。竜善組には助けられているもんで放っておいたが、しかし少しばかりやり過ぎだな。どうしたもんかと考えている。画期的な案があれば聞こう」
玄場会長が試すような視線を向けてくる。本堂は唾を呑み込み、一つの提案をした。
・・・そしてその結果を握り締め、伊津のもとに駆けつけたのである。
清景の差し金は清琳会の尽力もあって、すでに炙り出されていた。
彼らは竜善組を束ねる親玉組織に目をつけられたとわかると恐れ慄き、ありていのままに全ての命令内容を吐いたのだった。
1
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
全部欲しい満足
nano ひにゃ
BL
とあるバーで出会った二人が、性的な嗜好と恋愛との兼ね合いを探っていく。ソフトSとドMの恋愛模様。
激しくはないと思いますが、SM行為があり。
ただ道具を使ってプレイしてるだけの話……と言えなくもないです。
あまあまカップル。
猛獣のツカイカタ
怜悧(サトシ)
BL
■内容:調教師(オネエ)×ヤクザ
更迭を言い渡された久住組若頭工藤甲斐は、組長に刃を向け破門となりかける。
組長の右腕佐倉は、工藤の躾をすることを条件に彼を預かり、知り合いの調教師へと預けることにした。
監禁/調教/ヤクザ受/スカトロ/SM/玩具/公開/輪姦/
◇工藤 甲斐 (くどう かい)
年齢:25歳 身長:183cm
指定暴力団久住組 (元)若頭
久住組前組長 四代目 工藤 武志(むさし)の長男
硬い髪質の黒髪、少し角張った輪郭と鼻から頬にかけて刃傷 がある。研ぎ澄まされた目つきは獰猛。 恫喝、はったり、度胸は生まれついてのヤクザ者の風格。
◇串崎 一真 (くしざき かずま)
年齢:28歳 身長:178cm
UnderBordeauxというボンテージ専門店の店主。 裏の顔として調教師、人身売買にも手を染めている。 緩いウェーブのかかった黒髪、鼻筋が高く彫りの深い美青年 口調はオネエだが、女装などはしておらず、大抵がスーツ姿。
◇佐倉 虎信 (さくら とらのぶ)
年齢:40歳 身長:188cm
指定暴力団久住組 若頭 工藤が子供の頃からの教育係、兼補佐。 久住組の懐刀と呼ばれるほどの武闘派だが頭も切れる。
工藤が更迭された後は、跡目にと見込まれている。
表紙は藤岡るとさん作
とろけてなくなる
瀬楽英津子
BL
ヤクザの車を傷を付けた櫻井雅(さくらいみやび)十八歳は、多額の借金を背負わされ、ゲイ風俗で働かされることになってしまった。
連れて行かれたのは教育係の逢坂英二(おうさかえいじ)の自宅マンション。
雅はそこで、逢坂英二(おうさかえいじ)に性技を教わることになるが、逢坂英二(おうさかえいじ)は、ガサツで乱暴な男だった。
無骨なヤクザ×ドライな少年。
歳の差。
セラフィムの羽
瀬楽英津子
BL
闇社会のよろず請負人、松岡吉祥は、とある依頼で美貌の男子高生、寺田亜也人と出会い、一目で欲情した。亜也人を強引に手に入れ、自分の色に塗りかえようとする松岡。しかし亜也人には忠誠を誓った積川良二という裏番の恋人がいた。
見る者を惑わす美貌ゆえに、心無き者の性のはけ口として扱われていた亜也人。
松岡の思惑を阻む恋人の存在と地元ヤクザとの関係。
周りの思惑に翻弄され深みに嵌っていく松岡と亜也人。
俺たちの××
怜悧(サトシ)
BL
美形ドS×最強不良 幼馴染み ヤンキー受 男前受 ※R18
地元じゃ敵なしの幼馴染みコンビ。
ある日、最強と呼ばれている俺が普通に部屋でAV鑑賞をしていたら、殴られ、信頼していた相棒に監禁されるハメになったが……。
18R 高校生、不良受、拘束、監禁、鬼畜、SM、モブレあり
※は18R (注)はスカトロジーあり♡
表紙は藤岡さんより♡
■長谷川 東流(17歳)
182cm 78kg
脱色しすぎで灰色の髪の毛、硬めのツンツンヘア、切れ長のキツイツリ目。
喧嘩は強すぎて敵う相手はなし。進学校の北高に通ってはいるが、万年赤点。思考回路は単純、天然。
子供の頃から美少年だった康史を守るうちにいつの間にか地元の喧嘩王と呼ばれ、北高の鬼のハセガワと周囲では恐れられている。(アダ名はあまり呼ばれてないが鬼平)
■日高康史(18歳)
175cm 69kg
東流の相棒。赤茶色の天然パーマ、タレ目に泣きボクロ。かなりの美形で、東流が一緒にいないときはよくモデル事務所などにスカウトなどされるほど。
小さいころから一途に東流を思ってきたが、ついに爆発。
SM拘束物フェチ。
周りからはイケメン王子と呼ばれているが、脳内変態のため、いろいろかなり残念王子。
■野口誠士(18歳)
185cm 74kg
2人の親友。
角刈りで黒髪。無骨そうだが、基本軽い。
空手の国体選手。スポーツマンだがいろいろ寛容。
男の子たちの変態的な日常
M
BL
主人公の男の子が変態的な目に遭ったり、凌辱されたり、攻められたりするお話です。とにかくHな話が読みたい方向け。
※この作品はムーンライトノベルズにも掲載しています。
首輪 〜性奴隷 律の調教〜
M
BL
※エロ、グロ、スカトロ、ショタ、モロ語、暴力的なセックス、たまに嘔吐など、かなりフェティッシュな内容です。
R18です。
ほとんどの話に男性同士の過激な性表現・暴力表現が含まれますのでご注意下さい。
孤児だった律は飯塚という資産家に拾われた。
幼い子供にしか興味を示さない飯塚は、律が美しい青年に成長するにつれて愛情を失い、性奴隷として調教し客に奉仕させて金儲けの道具として使い続ける。
それでも飯塚への一途な想いを捨てられずにいた律だったが、とうとう新しい飼い主に売り渡す日を告げられてしまう。
新しい飼い主として律の前に現れたのは、桐山という男だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる