雨の日に再会した歳下わんこ若頭と恋に落ちるマゾヒズム

倉藤

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第三章

変わらないものと変わるもの

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 必死の思いで引き金を引く指に力を込めた・・・その時。伊津の両目が暗闇に覆われた。
 視界が暗くなった直後、バン、バン、バン、と銃声が三発鳴った。そうして聞こえたのは恐らく清景が倒れ込む音と、呻き声だ。
 伊津の代わりに誰かが引き金を引いてくれた。
 呆気に取られた伊津が目を覆うそれに触れると、それは大きくて優しい男の手だった。
 耳の後ろで「伊津さん」と呼ばれ、その声と息遣いに涙が溢れそうになる。

「本堂・・・。どうして俺がここにいるってわかった?」
「丹野を見張っていた組員がそこのぼんくらの名前を吐いたんだ。間に合って良かった」

 後ろを振り向いた伊津は、息を切らした本堂と目が合う。本堂は拘束された伊津の手と乱れかけた衣服に視線をやり、苦い顔をした。

「間に合って無かった。すまなかった」
「お前が謝ることじゃないだろ。俺が自分の判断で出掛けた結果の有り様なんだから」
「だけど・・・・・・」

 伊津の無事を心配してくれた理由は保身のためだ。
 どうしても、うがったように捉えてしまう。
 なのに真剣に詫びようとする本堂を見ていると、伊津の胸にも苦いものが走った。

「本当に助かった。これでお前の手柄になるよな? どうせ引き渡されるなら、俺は清景さんじゃなくてお前を選ぶよ」

 自分が犠牲になることで本堂が出世してくれるなら諦めもつく。
 本堂は伊津の言葉に瞠目した。倒れている清景を振り返り、伊津が真相を聞いてしまったことを察したようだった。

「伊津さんっ、聞いてくれ・・・俺は」
「言い訳はいい。全部聞いたんだ。俺が戻らないと組長になれないんだろ?」
「そのことなんだが、大事な話がある。俺は伊津さんを渡す気なんてさらさら無い」

 疑いの目を向けると、本堂に抱き締められる。

「最初から渡す気なんて無かったんだよ。伊津さんに宣言した告白は本気だ」
「んなことしたら竜善組のトップを敵に回すことになるんだぞ? お前が組長になるどころじゃなくなる。俺を連れ戻すって話と噛み合わないだろうが」

 伊津は本堂の胸を押し返した。と、本堂の後ろに別の一人がいたことに気がつく。

「いちゃいちゃ中に悪いね~」

 割って入ってきた男に驚かされる。

「綾都?!」

 谷渕は伊津に手を振って応え、倒れた清景のそばに膝をつく。すかさず撃たれた傷の具合を確かめる谷渕に向かって、本堂が口を開いた。

「急所は外した。死んでない。伊津さんの目の前で人を殺さないでくれ」
「わかってる。まぁ、しぶとそうだから大丈夫だね」

 二人のやり取りを、伊津はぽかんとしたまま聞いた。

「説明してる時間はないんだ。悪いけど、俺は彼を別室で治療してくる。向葵ちゃんのこと、しっかり頼んだよ」

 今度は本堂が「わかってる」と頷く。
 伊津は本堂と部屋に残され、ハッとして改めて室内を見回した。

「懐かしいな、この部屋。ここの窓から、伊津さんは俺を観察していた」

 十二畳の畳部屋。腰高の窓。薄いグレーのカーテン。伊津が飼い殺されていた頃はベッドが置かれ、壁際に箪笥が、他には何もなく殺風景な場所だった。
 伊津は窓辺に立った本堂の隣に並んだ。

「そうだった」
「なぁ伊津さん、俺はあなたがいなくなったこの部屋で自分の無力さを憎んだ。俺はそこから始まった。あなたを探し続けて、守れる力を持てる男になりたかった」
「・・・・・・おう」

 小っ恥ずかしい告白を、この男は恥ずかしげもなく何度も口にする・・・してくれる。
 何も恐れない無邪気な子どものようで、意志のある強い男の声だ。
 伊津は本堂の顔を見上げる。

「さっきのあれ。俺は期待していいってことですよね」
「えっ、あっ、あれは」

 伊津は自分の言葉を思い出して目を逸らした。お前を選ぶと言ってしまったことだろう。しかしあれは本堂の役に立てるならと思ったまでのことで、本堂の気持ちには応えられない。竜善組を背負っていかねばならない本堂の今後の道に、自分はお荷物になる。
 だがそう伝える前に、窓の外に黒塗りの外国車が停まった。竜善丈太郎が乗った車だ。

「ボスのお帰りだ」

 本堂は窓の外に目をすがめる。

「俺が爺いのもとに戻れば解決するんだよな?」

 いざ本物を見ると震えが止まらなくなる。遠目に見ても、相変わらずの禍々しい威圧感とオーラがある。伊津はきゅっと唇を噛んだ。

「そんな必要ない。伊津さんは俺のことを見ててくれ。俺は伊津さんが大事だ。だから組長には渡さない。一緒に来てくれますか?」

 伊津を促すように本堂は手を差し伸べて待つ。

「爺いに会いに行くのか?」
「はい、伊津さんは俺の大事な人だって証明したい」

 そこにいたのはもう痩せっぽっちで可哀想な少年じゃない。でも優しいままの、純粋に伊津を慕ってくれた少年の瞳があった。

「わかった、信じる」

 と、伊津は本堂の手のひらを掴んだ。
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