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第二章

十年ごしの再会を経て

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 連絡してきた相手は夜見だった。

「どうした」

 本堂は着信に応える。

「新情報を掴みました。警察と麻取が合同で追っているのは、『toxic-09』という新種の違法薬物らしいです」
「あまり進んで身体に入れたくない名前だな」
「ええ。名のとおり、酷いものだそうです。この薬物の特徴は効果の持続時間が極めて短く、使用後の口渇感が著しく激しい」
「そんな薬を誰が好き好んで使うんだ?」
「たった数分間の天国を忘れられなくなるそうですよ。特に性行為中に使用すると、感度が十倍程度に上がると証言があります。使用者個人の感想なので事実の程はわかりませんが」
「なるほど、使用後の喉の乾きは中毒性をエスカレートさせるだろうしな」
「はい。詳しい捜査の過程は聞き出せませんでしたが、警察と麻取は薬を流通させ管理しているのが竜善組の誰かだと疑いを持っています。先日潜入捜査官が殺された件で確証が高まったでしょう」

 夜見は「しかし」と言葉を詰まらせた。

「全く身に覚えがない話です。聞いたこともありません」

 本堂は、耳に当てたスマホを握り締める。

「永木だ。永木という男が関わっている。それと組長もだ」

 打ち明けると、電話の向こうがしんと静かになった。

「だから、やはりもう手を引いてくれ。これ以上顔を突っ込めば裏社会で生きていけなくなる。竜善組を抜けたとしても、いいように立ち回れなくなるぞ?」
「愚問ですね」

 夜見は即答した。

「夜見っ!」
「余計なお世話です」

 もともと本堂の制止を聞く相手ではない。だが夜見が警察に粘り強く探りを入れたお陰によって、竜善組の最下部組織の中に、ほぼ実態のないフロント企業を持っている組があるとわかった。
 フロント企業はマンション管理を主とする会社であるが、管理契約実績は三部屋のみで、三部屋とも所有者は永木・・。その組は、本堂が怪しいと睨んでいた組と同一だった。
 滞りなく上納金を納めていたにも関わらず、組は数ヶ月前に解散している。突然。近頃解散続きだった弱小組に紛れるように。
 警察と麻取は永木が所有するマンションこそが『toxic-09』の隠し場所ではないかと睨んでいた。
 部屋番号の特定までされていて発見に至らないのは、部屋の所有者の永木と部屋を借りている入居者達の実態を掴めていないからだ。
 関係者の自供などの強制捜査の決め手になる証拠もなく、家宅捜索には踏み切れていなかった。
 永木と竜善組長は取り締まりの網の目を掻い潜り、裏で危なげな違法薬物を売買して金を得ている。それは確定だろう。
 そんな時に、伊津向葵を連れてこいと命じられた。
 十年間、探せど探せど掴めなかった情報が前触れもなく本堂の手にポンと与えられた。その点と点が繋がっていく。
 偶然か、本堂はこのタイミングの意図を図りかねる。
 伊津が関わっていないと誰か証明できる? 本堂に頭を抱えたくなる程の恐れが走った。
 恐らく組長は本堂が薬物売買の件に辿り着いても構わないと思っていた。伊津と組長の座を秤にかけて忠誠心を試している。

 ———馬鹿にされたものだ。いつまでも出来のいい忠犬だと思うな。
 ———俺は一瞬一秒たりとも組長に忠誠を誓った覚えはない。

 うだうだ悩んでいたって解決しないのだ。自分が伊津が関与していないことを証明してやる。
 本堂が忠実でいたいのは伊津だけだった。今も、出逢った頃も。
 この機を逃すべきじゃない。本堂は煙草を靴底で消し潰し、気合いを入れた。自分に伊津の居場所を教えたことを組長に後悔させてやる。
 本堂が刺されたのは伊津の自宅に向かっている途中だった。犯人は竜善清景。組長との話を盗み聞いていたのだ。父親の信頼を取り戻して若頭の座を取り戻すため、清景は本堂を出し抜こうとしていた。
 腹は痛かったが、本堂は殴り返してやった。
 いったいどちらが狙われたのかわからないくらいにボコボコにしてやり、「本堂を刺し、重傷を負わせた」と自分の口で報告するよう仕向けた。
 想定外の怪我は使えると思った。本堂が伝えるよりも信用性が増すと考えたのだ。
 本堂は痛みの代償に、怪我の回復を待つ間の猶予を稼いだ。


 ◇◆


「で、どうするよ」

 コタツを挟み、谷渕が深刻な声で言う。

「伊津さんは俺から逃げたかったんだと思いますか」

 苦虫を噛み潰したような顔をする本堂に、谷渕は溜息を吐いた。

「それは、俺は向葵ちゃんじゃないから答えられない。君らは俺の意見を頼りにしすぎよ。嬉しいけどもね」
「・・・ははっ、そうですね」

 本堂は真剣な顔で問い直す。

「谷渕さんは、何故俺の怪我の治療を受けてくれたんでしょうか。竜善組の人間だと一目でわかったんじゃないですか?」
「まあね。そんなの向葵ちゃんの前で人を死なせるわけにはいかないからだよ。俺は、もうあいつには悲しみも苦しみも恐怖も感じて欲しくないと願ってる。その後は竜善組組長が死にそうだと聞いたから様子見をしてた」

 谷渕は恨めしそうに顔をしかめて苦笑した。

「騙してすみません、伊津さんを大切にしてるんですね」
「そりゃあね。でも安心しなよ、れっきとした親友としてだし、俺のは褒められることじゃないから。向葵ちゃんが惨い扱いを受けていたのを、見て見ぬふりしていた償いだよ」

 俯いた谷渕は本気で悔いた顔をしていた。
 本堂よりも長く親密に伊津をそばで見てきた男だ。そして常に見守りやすい立ち位置にいた。手出しができなくても、伊津を助け出すための行動を怠らなかったのではないだろうか。
 本堂は、彼の影の努力に望みをかけられるかもしれないと直感した。

「谷渕さん、伊津さんのことは俺が必ず幸せにしてみせます。だから俺に協力してくれますか」

 谷渕は目を丸くすると、心を決めたように唇を引き結んだ。

「わかった。頼んだぞ」
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