雨の日に再会した歳下わんこ若頭と恋に落ちるマゾヒズム

倉藤

文字の大きさ
上 下
25 / 33
第二章

十年ごしの再会を経て

しおりを挟む
 連絡してきた相手は夜見だった。

「どうした」

 本堂は着信に応える。

「新情報を掴みました。警察と麻取が合同で追っているのは、『toxic-09』という新種の違法薬物らしいです」
「あまり進んで身体に入れたくない名前だな」
「ええ。名のとおり、酷いものだそうです。この薬物の特徴は効果の持続時間が極めて短く、使用後の口渇感が著しく激しい」
「そんな薬を誰が好き好んで使うんだ?」
「たった数分間の天国を忘れられなくなるそうですよ。特に性行為中に使用すると、感度が十倍程度に上がると証言があります。使用者個人の感想なので事実の程はわかりませんが」
「なるほど、使用後の喉の乾きは中毒性をエスカレートさせるだろうしな」
「はい。詳しい捜査の過程は聞き出せませんでしたが、警察と麻取は薬を流通させ管理しているのが竜善組の誰かだと疑いを持っています。先日潜入捜査官が殺された件で確証が高まったでしょう」

 夜見は「しかし」と言葉を詰まらせた。

「全く身に覚えがない話です。聞いたこともありません」

 本堂は、耳に当てたスマホを握り締める。

「永木だ。永木という男が関わっている。それと組長もだ」

 打ち明けると、電話の向こうがしんと静かになった。

「だから、やはりもう手を引いてくれ。これ以上顔を突っ込めば裏社会で生きていけなくなる。竜善組を抜けたとしても、いいように立ち回れなくなるぞ?」
「愚問ですね」

 夜見は即答した。

「夜見っ!」
「余計なお世話です」

 もともと本堂の制止を聞く相手ではない。だが夜見が警察に粘り強く探りを入れたお陰によって、竜善組の最下部組織の中に、ほぼ実態のないフロント企業を持っている組があるとわかった。
 フロント企業はマンション管理を主とする会社であるが、管理契約実績は三部屋のみで、三部屋とも所有者は永木・・。その組は、本堂が怪しいと睨んでいた組と同一だった。
 滞りなく上納金を納めていたにも関わらず、組は数ヶ月前に解散している。突然。近頃解散続きだった弱小組に紛れるように。
 警察と麻取は永木が所有するマンションこそが『toxic-09』の隠し場所ではないかと睨んでいた。
 部屋番号の特定までされていて発見に至らないのは、部屋の所有者の永木と部屋を借りている入居者達の実態を掴めていないからだ。
 関係者の自供などの強制捜査の決め手になる証拠もなく、家宅捜索には踏み切れていなかった。
 永木と竜善組長は取り締まりの網の目を掻い潜り、裏で危なげな違法薬物を売買して金を得ている。それは確定だろう。
 そんな時に、伊津向葵を連れてこいと命じられた。
 十年間、探せど探せど掴めなかった情報が前触れもなく本堂の手にポンと与えられた。その点と点が繋がっていく。
 偶然か、本堂はこのタイミングの意図を図りかねる。
 伊津が関わっていないと誰か証明できる? 本堂に頭を抱えたくなる程の恐れが走った。
 恐らく組長は本堂が薬物売買の件に辿り着いても構わないと思っていた。伊津と組長の座を秤にかけて忠誠心を試している。

 ———馬鹿にされたものだ。いつまでも出来のいい忠犬だと思うな。
 ———俺は一瞬一秒たりとも組長に忠誠を誓った覚えはない。

 うだうだ悩んでいたって解決しないのだ。自分が伊津が関与していないことを証明してやる。
 本堂が忠実でいたいのは伊津だけだった。今も、出逢った頃も。
 この機を逃すべきじゃない。本堂は煙草を靴底で消し潰し、気合いを入れた。自分に伊津の居場所を教えたことを組長に後悔させてやる。
 本堂が刺されたのは伊津の自宅に向かっている途中だった。犯人は竜善清景。組長との話を盗み聞いていたのだ。父親の信頼を取り戻して若頭の座を取り戻すため、清景は本堂を出し抜こうとしていた。
 腹は痛かったが、本堂は殴り返してやった。
 いったいどちらが狙われたのかわからないくらいにボコボコにしてやり、「本堂を刺し、重傷を負わせた」と自分の口で報告するよう仕向けた。
 想定外の怪我は使えると思った。本堂が伝えるよりも信用性が増すと考えたのだ。
 本堂は痛みの代償に、怪我の回復を待つ間の猶予を稼いだ。


 ◇◆


「で、どうするよ」

 コタツを挟み、谷渕が深刻な声で言う。

「伊津さんは俺から逃げたかったんだと思いますか」

 苦虫を噛み潰したような顔をする本堂に、谷渕は溜息を吐いた。

「それは、俺は向葵ちゃんじゃないから答えられない。君らは俺の意見を頼りにしすぎよ。嬉しいけどもね」
「・・・ははっ、そうですね」

 本堂は真剣な顔で問い直す。

「谷渕さんは、何故俺の怪我の治療を受けてくれたんでしょうか。竜善組の人間だと一目でわかったんじゃないですか?」
「まあね。そんなの向葵ちゃんの前で人を死なせるわけにはいかないからだよ。俺は、もうあいつには悲しみも苦しみも恐怖も感じて欲しくないと願ってる。その後は竜善組組長が死にそうだと聞いたから様子見をしてた」

 谷渕は恨めしそうに顔をしかめて苦笑した。

「騙してすみません、伊津さんを大切にしてるんですね」
「そりゃあね。でも安心しなよ、れっきとした親友としてだし、俺のは褒められることじゃないから。向葵ちゃんが惨い扱いを受けていたのを、見て見ぬふりしていた償いだよ」

 俯いた谷渕は本気で悔いた顔をしていた。
 本堂よりも長く親密に伊津をそばで見てきた男だ。そして常に見守りやすい立ち位置にいた。手出しができなくても、伊津を助け出すための行動を怠らなかったのではないだろうか。
 本堂は、彼の影の努力に望みをかけられるかもしれないと直感した。

「谷渕さん、伊津さんのことは俺が必ず幸せにしてみせます。だから俺に協力してくれますか」

 谷渕は目を丸くすると、心を決めたように唇を引き結んだ。

「わかった。頼んだぞ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

いつかコントローラーを投げ出して

せんぷう
BL
 オメガバース。世界で男女以外に、アルファ・ベータ・オメガと性別が枝分かれした世界で新たにもう一つの性が発見された。  世界的にはレアなオメガ、アルファ以上の神に選別されたと言われる特異種。  バランサー。  アルファ、ベータ、オメガになるかを自らの意思で選択でき、バランサーの状態ならどのようなフェロモンですら影響を受けない、むしろ自身のフェロモンにより周囲を調伏できる最強の性別。  これは、バランサーであることを隠した少年の少し不運で不思議な出会いの物語。  裏社会のトップにして最強のアルファ攻め  ×  最強種バランサーであることをそれとなく隠して生活する兄弟想いな受け ※オメガバース特殊設定、追加性別有り .

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

変異型Ωは鉄壁の貞操

田中 乃那加
BL
 変異型――それは初めての性行為相手によってバースが決まってしまう突然変異種のこと。  男子大学生の金城 奏汰(かなしろ かなた)は変異型。  もしαに抱かれたら【Ω】に、βやΩを抱けば【β】に定着する。  奏汰はαが大嫌い、そして絶対にΩにはなりたくない。夢はもちろん、βの可愛いカノジョをつくり幸せな家庭を築くこと。  だから護身術を身につけ、さらに防犯グッズを持ち歩いていた。  ある日の歓楽街にて、β女性にからんでいたタチの悪い酔っ払いを次から次へとやっつける。  それを見た高校生、名張 龍也(なばり たつや)に一目惚れされることに。    当然突っぱねる奏汰と引かない龍也。  抱かれたくない男は貞操を守りきり、βのカノジョが出来るのか!?                

秘花~王太子の秘密と宿命の皇女~

めぐみ
BL
☆俺はお前を何度も抱き、俺なしではいられぬ淫らな身体にする。宿命という名の数奇な運命に翻弄される王子達☆ ―俺はそなたを玩具だと思ったことはなかった。ただ、そなたの身体は俺のものだ。俺はそなたを何度でも抱き、俺なしではいられないような淫らな身体にする。抱き潰すくらいに抱けば、そなたもあの宦官のことなど思い出しもしなくなる。― モンゴル大帝国の皇帝を祖父に持ちモンゴル帝国直系の皇女を生母として生まれた彼は、生まれながらの高麗の王太子だった。 だが、そんな王太子の運命を激変させる出来事が起こった。 そう、あの「秘密」が表に出るまでは。

処理中です...