上 下
21 / 33
第二章

ほころび

しおりを挟む
 話の発端は二ヶ月前に遡った。
 晩夏の夜。本堂は竜善組の親組織となる清琳会の会合に竜善組長を出席させるため、会場となる日本料理屋を訪れていた。
 店を丸ごと貸し切っているので、御座敷の外の通路は髭面で強面の輩ばかりで埋められている。
 若頭の本堂は組長の護衛を兼ね、数名の舎弟を引き連れて、清琳会に派生する各組の組員らの中に混じっていた。

「おうよ、本堂。元気か」

 話しかけて来たのは矢戸やと組の波瀬はぜ。矢戸組の組長は竜善組長と兄弟盃を交わしている仲だ。

「波瀬さん。お久しぶりです」

 本堂は頭を下げる。
 波瀬は本堂よりも三十歳上、この業界じゃベテランの面倒見のいい男だ。模様を入れて剃り上げた頭のせいで、悪役レスラーのような巨漢に見える。スーツはいつも小さくてパツパツだが、懐は大きく、仔猫や仔犬を見れば優しい顔で笑う。

「紹介したい奴がいてな、今いいか」
「ええ、もちろんです」

 頷くと、近づいて来た波瀬の巨大な影から、まだ幼い面影を残した童顔の少年がひょっこりと現れた。

「どうも」

 少年が一言だけ口にすると、波瀬は派手に背中を叩く。

「こら、きちんと挨拶せんかいっ!」
「すいませんっ」

 少年はすっかり恐縮した様子だ。

「いいですよ。新しい子ですか? うちの丹野と同じくらいに見えますね」

 緊張しているというのもあるだろうか、本当はもっと下に見える。
 ガチガチに震えて怯えた鹿みたいな有り様だ。

「それがなぁ」

 波瀬は声をひそめた。

「最近になって、清琳会傘下のちっさい組が軒並み潰れてるのを知ってるか」
「えっ」

 本堂は慌てて口を塞ぐ。

「初耳です」
「そうか。どれも末端の組らしい。こいつのとこも細々と頑張ってたんだが、つい先日解散しちまって、向こうさんの組長の頼みでうちが引き取ることになったわけよ。若いんだから俺らよりもやり直しが効くだろうに、こいつもこう見えて頑固で困ったもんよ」
「へぇ、しかしどういうことですか?」

 波瀬が連れている少年は、突然慣れない場所に引っ張り出されてびびっているのだろう。それは仕方がないとして、軒並み潰れているとは何故なのか。

「ここだけの話。こいつが教えてくれた情報なんだけどな。どうにも竜善組の永木ながきって男が解散に絡んでるそうだ。永木って知ってるか」

 本堂は黙る。考えてもすぐに出てこない。

「いえ、聞いたことがないです。組員全員を調べれば、何処かにいるのかもしれませんが」
「だよなぁ。俺も聞いたことないんだよ。竜善組とはそれなりの付き合いをしてるんだ、把握してねぇはずないと思って不思議なんだよ」
「ええ、波瀬さんがご存知ないのは引っ掛かりますね」

 若頭とはいえ若造の本堂よりも、波瀬はヤクザとして長く生きており裏社会に精通する。
 本堂は「永木」と名乗る謎の人物を頭に留めておくことにした。


 ◇◆


 会合から一カ月ほどが経った頃、本堂のスマホに波瀬から連絡が入った。

「本堂、この間話したことを覚えているか。絶対に匂う」

 波瀬は確信を持った口調で言う。

「何があったんです?」
「昨日シマを彷徨いていた見ない顔の男を捕まえたんだがな、なんとそいつは麻取の人間だった」
「組対五課ではなく麻取ですか」

 麻取は麻薬取締官の略称だ。
 彼らが暴力団組織を監視するのは珍しいことでは無いが、違法薬物を専門に取り締まる麻取というのがどうも気になる。

「一応、矢戸組を洗ったんだが、怪しい動きをしてる奴はいなかった。んで、さっき仕入れた情報で、相楽島さがらじま会に大掛かりなガサ入れが入るそうだ。そっちは警察が動いている。もしかしたら警察と麻取は合同で何かを調べているのかもしれん」
「・・・余程、大きなヤマを追っていると考えられますね」

 本堂は頭を捻った。
 相楽島会は清琳会と肩を並べる指定暴力団組織だ。
 ナワバリが隣り合っている傘下の組同士は睨み合いを行う機会も多い。小競り合いは日常茶飯事だが、小さな喧嘩を抜かせば表立った抗争もなく静か。
 二つの暴力団を繋げているものは何だ。
 警察と麻取は、どんなブツを追っている。
 正直な話、どちらの組においても違法薬物は密かに出回っている。しのぎとして稼ぎが大きく、さらに依存性が高い故に、御法度に手を出す組員はいなくならない。
 叩けばいくらでも埃は出ると思うが、警察と麻取が探しているのはそのようなちんけな埃じゃないだろう。もっと大きい何か。

「相楽島会から何かが出るでしょうか」
「さぁなぁ。警察や麻取がどの程度の情報を掴んでいるのかわからない。内も外もしっかり目を光らせておけよ」
「ええ、ご忠告ありがとうございます」

 本堂は通話を切り、すぐさま組長に伝えに行くべく動いたが、はたして必要あるだろうか。組長ならご存知のはずだろうと思い、一旦自分のもとで留めておこうと考え直した。
 その翌日、波瀬の遺体が発見された。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

くまさんのマッサージ♡

はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。 2024.03.06 閲覧、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。 2024.03.10 完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m 今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。 2024.03.19 https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy イベントページになります。 25日0時より開始です! ※補足 サークルスペースが確定いたしました。 一次創作2: え5 にて出展させていただいてます! 2024.10.28 11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。 2024.11.01 https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2 本日22時より、イベントが開催されます。 よろしければ遊びに来てください。

官能小説家の執筆旅行

市樺チカ
BL
山奥の家に籠って筆を執る毎日を送る官能小説家の真田伊織。新刊の発行を前に煮詰まった彼は、担当の勧めで創作意欲を掻き立てる旅に出ることにした。 手伝いとして雇った強面の大男、熊井と共に気の向くままに各地を巡る。 (性描写がある話には※をつけています) (ムーンライトノベルズにも投稿しています)

無理やりお仕置きされちゃうsubの話(短編集)

みたらし団子
BL
Dom/subユニバース ★が多くなるほどえろ重視の作品になっていきます。 ぼちぼち更新

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

ヤクザと捨て子

幕間ささめ
BL
執着溺愛ヤクザ幹部×箱入り義理息子 ヤクザの事務所前に捨てられた子どもを自分好みに育てるヤクザ幹部とそんな保護者に育てられてる箱入り男子のお話。 ヤクザは頭の切れる爽やかな風貌の腹黒紳士。息子は細身の美男子の空回り全力少年。

召喚された美人サラリーマンは性欲悪魔兄弟達にイカされる

KUMA
BL
朱刃音碧(あかばねあおい)30歳。 ある有名な大人の玩具の開発部門で、働くサラリーマン。 ある日暇をモテ余す悪魔達に、逆召喚され混乱する余裕もなく悪魔達にセックスされる。 性欲悪魔(8人攻め)×人間 エロいリーマンに悪魔達は釘付け…『お前は俺達のもの。』

年上が敷かれるタイプの短編集

あかさたな!
BL
年下が責める系のお話が多めです。 予告なくr18な内容に入ってしまうので、取扱注意です! 全話独立したお話です! 【開放的なところでされるがままな先輩】【弟の寝込みを襲うが返り討ちにあう兄】【浮気を疑われ恋人にタジタジにされる先輩】【幼い主人に狩られるピュアな執事】【サービスが良すぎるエステティシャン】【部室で思い出づくり】【No.1の女王様を屈服させる】【吸血鬼を拾ったら】【人間とヴァンパイアの逆転主従関係】【幼馴染の力関係って決まっている】【拗ねている弟を甘やかす兄】【ドSな執着系執事】【やはり天才には勝てない秀才】 ------------------ 新しい短編集を出しました。 詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。

華落つること知る多少

ましましろ
BL
親の借金のせいでヤクザに身を買われた主人公 鳴海蕾華は穂積璃葉に出会う。 蕾華は自分の願いを叶えられるのか⁈ ヤクザの残虐非道な行動に果たして蕾華は耐えていくことが出来るのか⁈ 『ドキドキ溺愛BL』 ヤクザなので途中過激な表現等が含まれます 生々しい表現や明らかにR-18なシーンが含まれる話にはタイトルに※が付きます。 第1〜2話修正いたしました。

処理中です...