雨の日に再会した歳下わんこ若頭と恋に落ちるマゾヒズム

倉藤

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第一章

追憶 3

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 側近幹部の中には伊津の世話を面倒がる者もいた。そのため、たまたまそこにいた本堂が役目を押し付けられたようだ。小遣いを握らされ、サボった事実を黙っているように口止めをされて。
 組の人間は、組長がそういった趣味を持っているのを知っているので、本堂に伊津を見せても問題はなかった。
 だが、十六歳の少年の目には衝撃的だったろう。
 それから数日間、本堂が伊津の世話を担当した。
 たまたまその週は竜善組長は出払っており、本堂が食事を運び風呂の準備をしてくれるわずかな時間、くだらない会話をして過ごした。
 罵倒される以外に、普段は話しかけられることもない退屈過ぎる日々。伊津にとっては、普通に受け応えをしてくれる本堂の存在はありがたかった。
 本堂は、そんな伊津に心揺れていた。会うごとに熱っぽく変わって行く視線に気付いていた。けれど可愛いものだった。
 ほんのいたずら心で軽くキスしてやっただけで、真っ赤になりながら、あそこを勃たせてしまうような初々しさがあった。
 本堂と過ごす時間が、伊津は楽しかった。
 あの頃から先に絆されていたのは、伊津の方だったのかもしれない。
 いたずら心だと誤魔化して、キスをしてあげたくなったのは伊津の方だったのかもしれない。
 しかし、それが原因だった。伊津がご主人様の逆鱗に触れてしまったのは。
 自分で気が付かない程度の変化を感じ取られてしまったのである。竜善組長はいつも暗く打ちのめされている伊津が、普段とは違う朗らかな表情をしていたのが気に食わなかった。
 伊津は厳しく咎められ伊津は頬を打たれた。
 そして、更なる惨い仕打ちを受け、捨てられたのだ。
 暴行と陵辱行為を受けた後に、目覚めた伊津は病院に放り込まれていた。自分が眠っていた間に始末整理は済んでおり、伊津向葵が竜善組に在籍していた記録は抹消されていた。
 散々踏み躙られたというのに、解放されたという安堵よりも喪失感が伊津を蝕んだ。
 十年経った今も同じ。
 恋愛感情はとうに薄れたが、ある日突然ぷつんと寸断されてしまった日々を消化できていない。

 ———いい加減に終わりにしなくちゃなぁ。

 苦しみの原因である男に死なれてしまったら、禍根は伊津の中で一生消えない。この先、死ぬまで抱えていかなければいけなくなる。
 伊津は現実から目を背けていた十年間と決別するために重い腰を上げた。


 ◇◆


 けりをつけに行くと決めたのなら、即行くべきだ。
 その日。あらかた家事を片付けた後、伊津は着替えをして襖越しに本堂に声を掛けた。

「本堂、ちょっと出掛けてくる」
「着物じゃないってことは、近所じゃなさそうだな」
「ああ、用事があって都心の方に行く。けど心配すんな。あいつ・・・を呼んだからよ」

 あいつ。名前は伏せて言ったが、すなわち丹野を迎えに寄越しておいた。

「あいつ? 谷渕さんか?」

 本堂はしらばっくれた顔をする。

「さぁな。とにかく遅くなるから、先に夕飯食っとけよ。おでんが出来上がってる」
「そうか、わかった」
「鍋を温める時にガスの火ぃ、気を付けろよ」
「わかってる」
「おう、じゃ行ってくる」

 帰って来たら、本堂にも別れを告げると決めている。
 伊津は本堂の申し出に了承しないつもりだった。
 組長に会いに行くのが最後だ。もう組には戻らない。
 丹野との待ち合わせには、以前使った路地を指定した。

 ———マンションの様子を見に行くだけだと嘘をついて呼び出してしまったが。

 迎えよりも早く着いた伊津は煙草をふかしながら待ち、エンジン音で顔を上げた。

「おいっ丹野、遅いじゃねぇか・・・・・・」

 息を詰めて目を見開く。丹野のオートバイの音ではなかった。

「お前は」

 相手の顔を瞳に焼きつけたのと同時に重たい拳が腹にめり込み、伊津は路地裏に崩れ落ちた。
 頭を殴られて意識が遠のく。すまき状に身体をぐるぐるに拘束されると、顔に袋を被せられ、車のボンネットに放り込まれたところまではわかった。
 しかしエンジン音と車体の揺れの中で、伊津は完全に意識を飛ばしてしまった。
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