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第一章
陥落
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「っつう・・・オッサン相手に手加減しろってんだ。肩も手首も腰も膝もいてぇ。つぅか、全部がいてぇ」
気絶していた伊津は温かい居間で、布団をかけて寝かされていた。
だが全身が痛むが、挿入の痕跡は残っていない。寝転がった姿勢で身体を伸ばしてわかった。痛いのは全て関節や筋肉で、腹痛や気持ち悪さは一切感じなかった。
「意気地なしめ。気を使いやがって」
恥ずかしさからか。ぶつぶつ言いながら伊津は起き上がる。手洗いを済ませると、ふと振り返った。家の中に人がいる感覚にいつの間にか慣れていたようだ。姿を見ずしても、本堂の気配がないことに気がついた。
「は?」
———まさか。
急にいなくなってしまった本堂に嫌な予感を覚える。
ここに匿われていたことが見つかって・・・自分が眠りこけていた間に呼び出されて拉致されたのでは。
若頭ともあろう男が、危険を承知でのこのこと出向くとは考えにくいが。もしくはやはり四十近いおっさんの醜態に愛想をつかしたか。だとしたら後者の方が可能性は高いかもしれない。
仕方がないことだ。もともと、追い出す予定で誘ったのだから。
「顔も見たくねぇってことかよ」
己れの図々しさに呆れる。いざ姿を消されると、未練がましく縋りたくなってしまう。
たった二日間、同じ屋根の下で暮らしただけの男に。
「あああ、俺は何をしたいんだ・・・・・・っ」
久しぶりに受けた他人からの優しさに絆されてしまったのか。やつの身体の熱が忘れられないのか。かつての懐かしさが恋しいのか。文字どおり頭を抱えるしかなかった。
その時、引き戸が開けられる音が鳴る。
———玄関じゃなくて引き戸? この家の中で引き戸の場所といえばトイレ以外の各部屋のドアが全てそうだがどこに。
音の方向は縁側。庭。浮かんだワードに絶句し、
「伊津さん、何やってんだ」
と、声をかけられても振り向けずに震えた。
「なんでもねぇよ、ったく、紛らわしい!」
「え、なんでだ? 伊津さん、なんで?」
「うるさいっ、しつけぇなっ!」
「そう言うけど顔が赤いし、泣きそう・・・だな?」
「ちがっ、馬鹿かお前はっ、単にお前が出て行っちまったんじゃないかって不安になって」
しかし、そこで伊津は失言に気づいた。
「や、違うぞ」
「何が違うんです? つまり、俺がいなくなったのが寂しかったと」
したり顔で笑った本堂を見て、たまらず唇を噛んだ。
「・・・・・・ぐっ、お前こそ、庭で何をやってたんだ」
「暇だったから植木を整えてた」
「あ? 出来んのかよ」
「組長宅で手伝わされてたからな。道具は物置にあったのを借りた」
「ちっ、そうかよ。あーあ、心配して損したわ。煙草行ってくっからついて来んなよ」
強がって縁側に向かった伊津だが、本堂に抱きすくめられ、容易に身体の自由を奪われる。
体格差が成せるわざだ。本堂の胸にすっぽりと収まってしまった。行く手を阻まれて抵抗すると、顎を抑えられて強制的に上を向かされる。
「それで? 少しは俺と一緒に組に戻ってくれる気になりましたか?」
「はあ? だからその敬語やめろ、調子乗んなくそガキっ」
「はいはい、しょうがない人ですね」
「んだと、んなこと言ってると外に放り出すぞっ」
伊津が負けじと本堂を睨みつけると、すぐ次の瞬間にキスを受けた。かすめ取られるようなキスに、目をぱちくりさせてしまい、本堂が口の端を吊り上げた。
———やられた。もう完敗だ。
へなへなと大人しくなった伊津は強く抱き締められる。満足したように頭を撫でられ、溜息をついたが、満更じゃなかったのも事実だった。
気絶していた伊津は温かい居間で、布団をかけて寝かされていた。
だが全身が痛むが、挿入の痕跡は残っていない。寝転がった姿勢で身体を伸ばしてわかった。痛いのは全て関節や筋肉で、腹痛や気持ち悪さは一切感じなかった。
「意気地なしめ。気を使いやがって」
恥ずかしさからか。ぶつぶつ言いながら伊津は起き上がる。手洗いを済ませると、ふと振り返った。家の中に人がいる感覚にいつの間にか慣れていたようだ。姿を見ずしても、本堂の気配がないことに気がついた。
「は?」
———まさか。
急にいなくなってしまった本堂に嫌な予感を覚える。
ここに匿われていたことが見つかって・・・自分が眠りこけていた間に呼び出されて拉致されたのでは。
若頭ともあろう男が、危険を承知でのこのこと出向くとは考えにくいが。もしくはやはり四十近いおっさんの醜態に愛想をつかしたか。だとしたら後者の方が可能性は高いかもしれない。
仕方がないことだ。もともと、追い出す予定で誘ったのだから。
「顔も見たくねぇってことかよ」
己れの図々しさに呆れる。いざ姿を消されると、未練がましく縋りたくなってしまう。
たった二日間、同じ屋根の下で暮らしただけの男に。
「あああ、俺は何をしたいんだ・・・・・・っ」
久しぶりに受けた他人からの優しさに絆されてしまったのか。やつの身体の熱が忘れられないのか。かつての懐かしさが恋しいのか。文字どおり頭を抱えるしかなかった。
その時、引き戸が開けられる音が鳴る。
———玄関じゃなくて引き戸? この家の中で引き戸の場所といえばトイレ以外の各部屋のドアが全てそうだがどこに。
音の方向は縁側。庭。浮かんだワードに絶句し、
「伊津さん、何やってんだ」
と、声をかけられても振り向けずに震えた。
「なんでもねぇよ、ったく、紛らわしい!」
「え、なんでだ? 伊津さん、なんで?」
「うるさいっ、しつけぇなっ!」
「そう言うけど顔が赤いし、泣きそう・・・だな?」
「ちがっ、馬鹿かお前はっ、単にお前が出て行っちまったんじゃないかって不安になって」
しかし、そこで伊津は失言に気づいた。
「や、違うぞ」
「何が違うんです? つまり、俺がいなくなったのが寂しかったと」
したり顔で笑った本堂を見て、たまらず唇を噛んだ。
「・・・・・・ぐっ、お前こそ、庭で何をやってたんだ」
「暇だったから植木を整えてた」
「あ? 出来んのかよ」
「組長宅で手伝わされてたからな。道具は物置にあったのを借りた」
「ちっ、そうかよ。あーあ、心配して損したわ。煙草行ってくっからついて来んなよ」
強がって縁側に向かった伊津だが、本堂に抱きすくめられ、容易に身体の自由を奪われる。
体格差が成せるわざだ。本堂の胸にすっぽりと収まってしまった。行く手を阻まれて抵抗すると、顎を抑えられて強制的に上を向かされる。
「それで? 少しは俺と一緒に組に戻ってくれる気になりましたか?」
「はあ? だからその敬語やめろ、調子乗んなくそガキっ」
「はいはい、しょうがない人ですね」
「んだと、んなこと言ってると外に放り出すぞっ」
伊津が負けじと本堂を睨みつけると、すぐ次の瞬間にキスを受けた。かすめ取られるようなキスに、目をぱちくりさせてしまい、本堂が口の端を吊り上げた。
———やられた。もう完敗だ。
へなへなと大人しくなった伊津は強く抱き締められる。満足したように頭を撫でられ、溜息をついたが、満更じゃなかったのも事実だった。
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