雨の日に再会した歳下わんこ若頭と恋に落ちるマゾヒズム

倉藤

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第一章

尾行男

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 肌を刺すような視線。
 ———後を付けられている? 本堂ではなく、まさか俺を?
 彼を匿っていると怪しまれているなら妥当なのかもしれないが、面倒ごとが増えてしまった。
 どうせなら、悟らせないように忍んでいてほしかったものだ。気づいてしまったのなら気分がいいものではない。ド下手な尾行などさっさと巻いてしまおうと、伊津は足を早めた。
 駅前付近にまで辿り着ければ、人混みに紛れやすくなる。
 不審者だと思われない程度に辺りを警戒し、手早く蟹を購入すると、駅前のバス乗り場に向かった。バスの運転手が顔見知りだからだ。
 伊津が使っている経路のバスは乗客が少なく、なおかつ、帰宅時間でもないこの時間に駅から出発するバスに乗る客はもっと少なくなる。
 各バス停に人がいなければ停まらず通過してくれ、大抵誰もいない。客が自分一人のまま出発してしまえば、到着までは安全だと考えられた。

 伊津はバスに乗り、そわそわと出発時刻を待つ。
 あと一分という時間になるまで乗客は伊津一人だった。
 そして乗降口がプシューと閉まり肩の力を抜いた、瞬間。
 もう一人の乗客に気がつき、血の気が引いた。
 どう見ても近所の田舎民じゃない。今どきの若者らしいラフな服装で、何処となく伊津家に現れた時の本堂を彷彿とさせる雰囲気。どかりと座席に深く座った男の顔はフードに埋もれていて、確認できそうもなかった。
 伊津は隠れてスマホを握る。
 連絡を取るなら谷渕。
 ・・・・・やめとこう。ここ最近、迷惑をかけっぱなしだ。自分も男の端くれ、次で降りて、相手が仕掛けてくるのを利用して返り討ちにしてやるくらいできる。
 幸いなことに、運転手も異変を感じているようだった。車内ミラー越しに意思疎通を行い、バスは流れるようにバス停に停車した。

 伊津は降車ドアが開くと同時に外に飛び出した。
 男の狙いは自分、きっと追ってくる。運転手に迷惑はかからないだろうと賭けたのだ。
 狙いは当たり。すり抜けて降りる一瞬、男と目が合った。
 身動いた男を横目で捉え、伊津はバスを降りてから全力で走った。
 やられる前に先手を打ちたい。次の角を曲がったら迎え撃つと決め、伊津はひどく焦っているふりをして角に駆け込み、唐突に立ち止まった。

「そこまでだ」
「うおっとっ!」

 拳を構えて振り返り、曲がってきた男の脇腹に一発。

「うぐおっ」

 肋骨の一本でもやったか、そう願いたいと思いながら、もう一発の構えを見せる。すると男は「ギブ、ギブっす!」と情けない声で根をあげた。

「あ? 諦めが早いな」

 拍子抜け、むしろ潔ささえ感じる諦めの良さ。
 顔をよく見るとずっと若くて、高校生にも見えた。子ども相手に本気で暴力を振るってしまったのかと思ったが、若いからこそ油断はできない。
 根性のない悲鳴も、尻餅をついた姿勢も、こちらを油断させるための演技だったとしたらアウトだが、危険な気配はどうだろう、いまいち感じられなかった。

 不思議と。

 ———これからターゲットを殺ろうっていう緊張感みたいなものを感じない。

「いやあ、強いっすね」
「・・・・・・なんなのお前」

 まるで伊津を知っているような口ぶりに警戒を強めた。
 誰の差し金か。本堂と敵対する側の人間じゃないなら、まさか。考えて言葉に出す前に、ポンと頭に浮かんできた顔と名前があった。

「まさか、てめぇ、本堂の」
「うっす、もうバレちゃったから言ってもいいっすよね?」
「いや、それは俺に訊かれても知らん」

 大丈夫かこいつ。
 と、思うのが率直なところ。尾行も下手だし、馬鹿正直に真実を語る。いい意味で純朴、悪く言えば阿呆だ。

「舐められたものだな。あいつは何が狙いなんだ?」
「狙いなんてそんな」

 頭の悪そうな本堂の舎弟は、ヘラっと笑う。 

「俺は伊津さんを守れって指示されただけです」

 そう言って、曇りない表情で胸を張る。

「あ?」
「これでも自分は若頭から伊津さんのボディガードを任されているんすよ」
「はあ?」

 つまり尾行していたのではなくて見守っていたと。呆れた。

「本堂は俺のことをお姫様だとでも思っているのか」
「それはちょっと違うと思いますよ」

 伊津は男に向き直る。

「ほう、じゃあ何だってんだ」
「お姫様じゃなくて、姐さんって感じっす!」
「・・・・・・どう違うんだ」

 ———っす! じゃねぇ。女扱いされてるのは一緒だろう。
 こいつは可愛げだけでヤクザの世を渡れるとでも思ってるのだろうか。
 相当なお馬鹿さんは愛嬌のある顔でニカっと歯を見せた。
 伊津は三角座りをしている男の目線の高さに身を屈める。何故なら、やられっぱなしは悔しい。こいつを上手く利用してやろうとほくそ笑んだ。

「おい、いいか? よく聞け、お前は今日から俺の犬になれ」
「へ、無理っすよ。だって」
「わかってるよ。お前はあいつに命令されてやってんだよな。でも俺のボディガードでもあるんなら、俺の言うことも聞け。もちろん、あいつには内緒でだ」

 横暴なことを言っている自覚はある。しかしこの阿保だが使えるポジションを逃す手はない。
 本堂の自分に対する言動をありのまま信じてやるものか。こいつを使って腹の内の本音を探ってやる。
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