雨の日に再会した歳下わんこ若頭と恋に落ちるマゾヒズム

倉藤

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第一章

三人で囲う楽しい夕飯

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 ———くそ、くそっ、薄情なやつらめ。

 苛立ち混じりに鍋に水をじゃばじゃばと注ぐ。わざわざ出汁まで取って味噌汁を作ってやるのは、決してもてなし気持ちからそうしているんじゃない。いかんせん毎日時間があり、習慣になっているからだ。
 文句をぶつぶつと呟きながら手を動かし、伊津はリクエスト通りのメニューを拵えた。プラスで汁物、副菜、サラダ、漬物。いつになく豪華になった食卓に、本堂と谷渕は賞賛の声を上げる。

「すごいじゃないか」
「ええ、すごい美味そう」
「ちっ、語彙が浅いな」

 しかし、褒められて悪い気はしない。食ってよしと二人に告げ、麦茶で喉を潤した。

「・・・・・・まじでうめぇ。こんなん生まれて初めてだ」

 と、本堂がおもむろに幼さを感じさせる口調で言う。

「なんだ、大袈裟だな。別に普通に家で出てくるような珍しくもないメニューだろ」
「俺には物心ついた時から親がいなかったんで」

 口をもぐもぐさせながら告白する話題じゃないだろうに。伊津と谷渕は顔を見合わせた。

「まあ、ヤクザの世界にゃ、普通の家庭で育った奴の方が特殊か」
「でもほら、恋人に手料理作らせたりしないの? 本堂くんなら引くて数多でしょうよ」
「女は好きじゃない。恋人も今はいない」

 伊津の頬が引き攣った。ちらちらと見てくる谷渕の憎たらしい顔! 引っ叩いてやりたくなる。

「喋ってねぇでさっさと食え。そんで帰れっ」
「へぇへぇ」

 横柄な返事にまたひと睨みする。
 谷渕は口を慎んだようで、以降は組の話に触れずに終わった。
 たらふく食べた本堂は居間でごろりと横になり、やがてイビキが聞こえ始めた。

「やれやれ、泣く子も黙る竜善組のカシラがこれとはね。見たか? あの安らかな顔。子どもみたいじゃん」
「実際、ガキだろ。俺らからしたら十も下だ」
「この歳になれば、大して変わんない」
「変わる」
「ハハっ、そう? 俺はこのまま手懐けちゃえばいいと思うけどな。向葵ちゃんのあの悩ましい問題も解決してくれるかもだし」

 だが鬼の形相の伊津の顔に、谷渕は口をつぐむ。

「うそうそ。俺は帰るわ。ご馳走様」
「おう」

 伊津は谷渕の車を見送り、玄関先に腰を下ろした。煙草に火を点け、夜空に向かって思い切り煙を吐き出す。

「ガキでいてくれなきゃ困るんだよ、俺が・・・・・・」

 煙に紛れて鬱憤をこぼすと、ガラッと後ろで玄関の戸が開いた。

「なにが困るんだ?」

 気まずさと驚きで飛び上がる。
 どっどっと激しく鳴っている心臓を押さえ、「なんでもない」と返すのが精一杯だった。

「ほんとに?」
「うるせぇよ! しつこい!」

 点けたばかりの煙草を地面に押し付けて消し、伊津は本堂の横をすり抜けた。

「ちょっと、伊津さん」
「なんだよっ、まだなんか文句あんのか?」
「文句なんて一言も言ってないでしょ」

 本堂は呆れて前髪を掻き回し、行く手を阻むように壁に手をつく。

「あなたは昔っから、顔は綺麗なのに言葉遣いが荒い」
「は? やめろ」
「俺のこと、めちゃくちゃ意識してるのに?」

 顎に本堂の指がかかる。
 色気を孕んだ鋭い目で見つめられる。

「ふざけんな。俺のなにを知ってるっていうんだ」
「知ってますよ」
「・・・・・・たった数日だったろうが」
「一週間です。ずっと覚えてましたよ、俺は。これからも忘れない。俺の中には伊津さんしかいなかった」

 じっと見入られて胸が詰まった。呼吸が止まりそうで、伊津は慌てて目を逸らした。

「わかった、わかったから中に入らせてくれないか?」

 しぶしぶ手を退ける本堂は、それでもひたすら伊津の背中を目で追っていた。その視線を感じ、仕方なく立ち止まる。

「悪いけどよ。あんまり思い出したくねぇんだわ。お前のことも含めて、あの頃のことは」
「それは、やっぱり」
「そうだよ。だから俺のことを想うなら、傷を抉るようなことはしないで欲しい」

 そう言うと、さすがに本堂は黙った。はいと返事をする気はなさそうだが、今この場で話を続けるほど、人の気持ちに無頓着ではないのだろう。
 伊津は返事がないのをいいことに、玄関に立ちすくむ本堂を残して、俯いたまま室内に逃げ込んだ。



 忘れられるものか。

 伊津は晩に悪夢にうなされた。

 あの頃の自分だった。自由もなく、若い野心も夢も何もかも全てを握られて、好きな男に甚振られる夢。
 しかしあの頃はいつか地獄の時間は終わり、屈辱に耐えた代償として、あの人の隣まで引き上げてもらえると信じて疑わなかった。
 どんなに苦しい仕打ちをされても、あの人への愛で己れを網羅もうらくさせ、必死にしがみついていた。

 ———俺は悦ぶように躾けられた自分の身体に絶望を感じつつも、そんな自分を半端に受け入れてもいたのだ・・・。
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