雨の日に再会した歳下わんこ若頭と恋に落ちるマゾヒズム

倉藤

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第一章

幼馴染からの吉報

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綾都あやとか」

 音の犯人はテーブルに置きっぱなしにしているスマートフォン。
 着信の相手は幼馴染で腐れ縁の、谷渕綾都たにぶち あやとだった。谷渕はありふれた街の歯医者の顔と、闇医者の顔をもっている頭が切れる男。友人としては申し分なく頼れるやつで、伊津のこれまでの経歴を全て知っている親しい仲だ。
 伊津は居間に足を運び、振動を繰り返している端末を拾い上げる。

「はい」
「おっ、おはようさん向葵ちゃん、今日も朝から無愛想だねぇ」
「ほっとけ」

 いつも谷渕は伊津の耳元でやたらとテンションが高い。産院の隣りのベッドで寝ていた赤ん坊の頃から換算すれば、四十年近くうるさいかもしれない。
 こちらも平常運転で返事をすると、愉快そうに笑い声を上げた。

「いやあ、本当に傑作。まさか昔につまみ食いした男が転がり込んでくるとはね。しかも血だらけで」
「つまみ食いはしてない。あれは・・・不可抗力だった」

 伊津は苛々と煙草の箱を触る。そうだ、完全に知らないやつなら、谷渕に任せて適当な病院に放り込んでいた。

「うんうん、わかってる。向葵ちゃんの魅力が破壊的すぎるんだよね。昔っから、何もしなくても虫は寄ってきてた」
「お前から言ったんじゃねぇかよ。古傷を抉るな」
「ははっ、そうだね。ごめんね」

 この話題でふざけるのは恒例みたいなもんで、むしろ茶化してくれるのは谷渕の優しさだったりする。
 伊津は煙草に火をつけながら本題を振った。

「それで、調べはついたか?」
「ああ」

 ちゃらんぽらんな声色が低く変わった。

「竜善組は荒れに荒れてるらしい」
「ほう、原因は?」
「現在の組長、竜善丈太郎りゅうぜん じょうたろう七十八歳がそろそろやばいんだと」
「くたばりそうってことか?」
「んまあ、そういうこと。もうちょいオブラートに包んでって言いたいところだけど、向葵ちゃんには無理か。憎い爺さんだもんね」

 そのとおりだ。実際、思っていたより早死にしてくれそうだと知り小躍りしたいほど嬉しい。不謹慎だとは思うが、長年ずっと死んでくれないかと思っていたのだ。あっちの方も現役だと思ってたが、極道一の色男も呆気ないものだ。

「は、ざぁみろ、ふっぐふふ」
「気持ち悪い笑みが溢れてるぞ」
「ああ、すまん」

 伊津は口元を引き締める。

「ふう、それでな、次期組長の座を巡って対立が起きてる」
「・・・・・・ん? そうか」

 ゆえにあの男は命を狙われて逃げ込んできたのかと合点がいった。
 組は基本的に世襲制。丈太郎には一人息子がおり、後を継ぐならば彼が選ばれなければ道理に合わない。しかし、よく考えてみると、若頭をまったくの他人の子である本堂が務めていること自体おかしい。
 なぜなら、若頭こそが次期組長に最も相応しいポジションだから。よっぽどのことがない限り、組長が引退もしくは死亡した場合、若頭を務めていた人間が持ち上がりで組長の座に収まる。そうなることを前提として、若頭は選ばれている。
 生前に弁護士の立ち合いの元で封をされる遺言状にも、若頭の名前と並んで似たような内容が記載されているはず。
 近くで見ていたのだから、伊津はよく知っていた。
 だが当時は一人息子が若頭だったが・・・・・・。

「ややこしい話になりそうだな」
「そうなんだよね~。てことで、本人に直接訊いたらいいよ」
「え、おいっ」
「俺は仕事の準備があるから切るぞ。そうだ忘れてた。多分だが、今日あたり熱が出ると思うから薬だけはちゃんと飲ませておけよ。んじゃな」

 ものすごく雑に会話を切り上げられ、一方的に通話は切られた。

「訊けって、はあ?」

 そんなことはしたくない。
 巻き込まれ事故は避けたかったが、———けど、薬は与えないといけない。高熱を出して死なれても困るのだ。
 気が重いったらない。
 伊津は渋々と台所に向かった。
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