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英国編
成彦が掴んだもの
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「はい。僕の身勝手でセイを危険な目に合わせて・・・・・・馬鹿なことをしたと思っています。エリオット様の信頼を裏切るような真似をしました」
と成彦は俯いた。
「成彦を責めているわけじゃないよ。もしかしてだが、君を悩ませていたのはこの男のことかな」
エリオットがシーツの上に叔父のクリストファーから受け取った手紙を置く。成彦の反応を見ると、当たりだねと目を細めた。
「狡猾な男さ。パートナーの口から言わせて私を納得させる目的もあっただろうが、同時に成彦を揺さぶっていたんだよ。優しい顔をしているがあわよくば追い出せたらと思っているかもしれないね。成彦が自分から出て行ってくれるなら大歓迎だろう」
「僕はクリストファー様の思う壺になっていたんですね」
成彦は膝の上で手の甲をさすった。エリオットはやや不機嫌そうに成彦の顎を持ち上げる。下を向くなと言われてるようだった。
「成彦を責めたくはないが心を鬼にして怒ろうか。これでも少し傷ついたんだよ? まず間違っても私は成彦以外のオメガも女性も家に迎えない。この気持ちは伝わっていると思っていた」
「ごめんなさい、でも」
成彦は唇を噛む。
「僕たち二人だけで生きているわけじゃないでしょう?」
傷心を滲ませているエリオットの目に訴えかけた。
「エリオット様の生きるこの国の貴族社会には、その世界なりのルールがある。僕は、エリオット様の生きる場所で生きたい。だから守らなければと思ったのです」
そう強く口にし、だが徐々に勢いを萎ませた。
「だけど、僕は弱くて狡くて、なかなか心が決まらなかった。これから先、エリオット様が魅力的だと感じる誰かが現れないとは限らない。取り柄のない僕は捨てられてしまうことが怖かったから、エリオット様に必要だと思ってもらえるように自分にできることを探したかった。ずっと番でいるために・・・」
エリオットがハッと薄く唇を開けて笑った。項垂れるように顔を覆っているところは初めて見た光景だ。感情の読めない笑い方に不安になり、成彦は俯きかける。
しかしエリオットは大きな手のひらを再び成彦の顎の下に添えた。
「番でいるためにだって? その番こそが成彦にしかできない役割じゃないか。私の運命の番はたった一人だよ、私はもう成彦なしでは生きられないというのに、違うかい?」
成彦は息を呑んだ。エリオットの瞳から目を逸せなくなる。
「違わないです。僕は死ぬまでエリオット様だけの運命の番」
「そのとおりだ」
エリオットの胸に頭を引き寄せられ、肩を抱かれる。安心できる匂いに包まれて成彦は心の底から自分を愚かだと思った。
「とはいえ予想していて手を打たなかった私の責任の方が大きい。すまなかったね、辛い思いをさせてしまった」
「いいえ、エリオット様。僕を見捨てないでくれたことが嬉しいです」
「離してくれと言われても離さないよ」
エリオットは成彦と手を重ねて指を絡める。二人は自然に唇を合わせると、より深まった仲を確かめるように微笑み合った。
「成彦、傷が治ったらロンドンに行こうか」
「本邸に戻るのですか?」
「そっちには立ち寄らない。ロンドンに用がある」
成彦は首を傾げ、ロンドンと聞いて思い当たる社交界に肩をすくませた。
「社交パーティーでしょうか。僕はふさわしくない場では? サテンスキー家の方々に出席を許されていると思えませんし」
「社交場には近いうちに連れて行く。正式に有力貴族家の者たちへ成彦を紹介したいと思っているからね」
「本当に僕を連れて歩いて大丈夫でしょうか・・・・・・」
「ロンドンには成彦が考えているような目的で行くわけじゃない」
眉を八の字に下げた成彦にエリオット不遜な笑みを見せ、クリストファーの手紙じゃないネイビー色の封筒をジャケットから取り出す。
「とやかくうるさい口を黙らせる材料が必要ならと準備していたのだが、もうその必要もないかもしれないね。成彦を招待したいと届いたよ」
成彦へ差し出された封筒はシーリングワックスで厳重に閉じられていた。
「招待状ですか? え、まさかこの封蝋の印はバッキンガム宮殿から・・・? イギリス王室が僕に何を」
「それも女王陛下直々に成彦をお呼びだ」
ギョッとしたなんてもんじゃない。成彦は口をぱくぱくさせて固まってしまった。
「相応の服装で行かないとね。明日は仕立て屋を屋敷に呼ぼう」
「ええ・・・はい」
夢を見ている気分になり、機嫌のいいエリオットとは対象的に、成彦の返事はおざなりだった。
× × ×
柄の入ったジャガードのウェストコートに、黒いコートを合わせて、胸元はクラバットをふんわりと結んだ。手袋、ステッキ、カフスと揃えて身につけ、成彦は鏡の前に立たされる。
「着せられているようではありませんか?」
線の細い体では英国紳士の服装は浮いて見えた。
「そんなことない。うん、コートは明るい色に変更しようか」
「かしこまりましてございます」
仕立て屋がエリオットに恭しく礼をする。
「ささ、パートナー様はこちらをどうぞ」
成彦は新しい別のコートに袖を通した。
エリオットがチョイスしてくれたのは臙脂色よりのブラウン。顔色がよく見えているような気もする。
「ここまでしなくても。僕も黒でいいです」
「そうもいかない。せっかく用意させたんだから着てほしいな」
鏡に映るエリオットは成彦の腰を抱いた。
「君が主役だからね、これに決めよう。ありがとうご亭主。最高の仕立てだ」
「もったいないお言葉でございます」
仕立て上がった正装着と共に、成彦とエリオットはロンドンへ旅立った。
と成彦は俯いた。
「成彦を責めているわけじゃないよ。もしかしてだが、君を悩ませていたのはこの男のことかな」
エリオットがシーツの上に叔父のクリストファーから受け取った手紙を置く。成彦の反応を見ると、当たりだねと目を細めた。
「狡猾な男さ。パートナーの口から言わせて私を納得させる目的もあっただろうが、同時に成彦を揺さぶっていたんだよ。優しい顔をしているがあわよくば追い出せたらと思っているかもしれないね。成彦が自分から出て行ってくれるなら大歓迎だろう」
「僕はクリストファー様の思う壺になっていたんですね」
成彦は膝の上で手の甲をさすった。エリオットはやや不機嫌そうに成彦の顎を持ち上げる。下を向くなと言われてるようだった。
「成彦を責めたくはないが心を鬼にして怒ろうか。これでも少し傷ついたんだよ? まず間違っても私は成彦以外のオメガも女性も家に迎えない。この気持ちは伝わっていると思っていた」
「ごめんなさい、でも」
成彦は唇を噛む。
「僕たち二人だけで生きているわけじゃないでしょう?」
傷心を滲ませているエリオットの目に訴えかけた。
「エリオット様の生きるこの国の貴族社会には、その世界なりのルールがある。僕は、エリオット様の生きる場所で生きたい。だから守らなければと思ったのです」
そう強く口にし、だが徐々に勢いを萎ませた。
「だけど、僕は弱くて狡くて、なかなか心が決まらなかった。これから先、エリオット様が魅力的だと感じる誰かが現れないとは限らない。取り柄のない僕は捨てられてしまうことが怖かったから、エリオット様に必要だと思ってもらえるように自分にできることを探したかった。ずっと番でいるために・・・」
エリオットがハッと薄く唇を開けて笑った。項垂れるように顔を覆っているところは初めて見た光景だ。感情の読めない笑い方に不安になり、成彦は俯きかける。
しかしエリオットは大きな手のひらを再び成彦の顎の下に添えた。
「番でいるためにだって? その番こそが成彦にしかできない役割じゃないか。私の運命の番はたった一人だよ、私はもう成彦なしでは生きられないというのに、違うかい?」
成彦は息を呑んだ。エリオットの瞳から目を逸せなくなる。
「違わないです。僕は死ぬまでエリオット様だけの運命の番」
「そのとおりだ」
エリオットの胸に頭を引き寄せられ、肩を抱かれる。安心できる匂いに包まれて成彦は心の底から自分を愚かだと思った。
「とはいえ予想していて手を打たなかった私の責任の方が大きい。すまなかったね、辛い思いをさせてしまった」
「いいえ、エリオット様。僕を見捨てないでくれたことが嬉しいです」
「離してくれと言われても離さないよ」
エリオットは成彦と手を重ねて指を絡める。二人は自然に唇を合わせると、より深まった仲を確かめるように微笑み合った。
「成彦、傷が治ったらロンドンに行こうか」
「本邸に戻るのですか?」
「そっちには立ち寄らない。ロンドンに用がある」
成彦は首を傾げ、ロンドンと聞いて思い当たる社交界に肩をすくませた。
「社交パーティーでしょうか。僕はふさわしくない場では? サテンスキー家の方々に出席を許されていると思えませんし」
「社交場には近いうちに連れて行く。正式に有力貴族家の者たちへ成彦を紹介したいと思っているからね」
「本当に僕を連れて歩いて大丈夫でしょうか・・・・・・」
「ロンドンには成彦が考えているような目的で行くわけじゃない」
眉を八の字に下げた成彦にエリオット不遜な笑みを見せ、クリストファーの手紙じゃないネイビー色の封筒をジャケットから取り出す。
「とやかくうるさい口を黙らせる材料が必要ならと準備していたのだが、もうその必要もないかもしれないね。成彦を招待したいと届いたよ」
成彦へ差し出された封筒はシーリングワックスで厳重に閉じられていた。
「招待状ですか? え、まさかこの封蝋の印はバッキンガム宮殿から・・・? イギリス王室が僕に何を」
「それも女王陛下直々に成彦をお呼びだ」
ギョッとしたなんてもんじゃない。成彦は口をぱくぱくさせて固まってしまった。
「相応の服装で行かないとね。明日は仕立て屋を屋敷に呼ぼう」
「ええ・・・はい」
夢を見ている気分になり、機嫌のいいエリオットとは対象的に、成彦の返事はおざなりだった。
× × ×
柄の入ったジャガードのウェストコートに、黒いコートを合わせて、胸元はクラバットをふんわりと結んだ。手袋、ステッキ、カフスと揃えて身につけ、成彦は鏡の前に立たされる。
「着せられているようではありませんか?」
線の細い体では英国紳士の服装は浮いて見えた。
「そんなことない。うん、コートは明るい色に変更しようか」
「かしこまりましてございます」
仕立て屋がエリオットに恭しく礼をする。
「ささ、パートナー様はこちらをどうぞ」
成彦は新しい別のコートに袖を通した。
エリオットがチョイスしてくれたのは臙脂色よりのブラウン。顔色がよく見えているような気もする。
「ここまでしなくても。僕も黒でいいです」
「そうもいかない。せっかく用意させたんだから着てほしいな」
鏡に映るエリオットは成彦の腰を抱いた。
「君が主役だからね、これに決めよう。ありがとうご亭主。最高の仕立てだ」
「もったいないお言葉でございます」
仕立て上がった正装着と共に、成彦とエリオットはロンドンへ旅立った。
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