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英国編
招いてしまった危機
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待てど待てど、なかなかセイが帰ってこない。
ぽつんと佇んでいる成彦を、勤務時間を終えた造船大工が不審な顔で振り返るばかり。
(おかしい。絶対に何かあったな)
何かとはトラブルだ。
他に考えようがない。
小屋に戻ると言って去っていったセイは尋常じゃない顔つきをしていた。
(探しに行かなきゃ・・・・・・)
遅すぎるくらいの判断だったと、足を踏み出した途端に頭の中が後悔だらけになる。
小屋にはコーナーが残っていた。
「は・・・ぁ・・・はぁ、ひゅ・・・ご」
「うん? 落ち着いてから話して」
「ヒューゴを見なかった? 戻ってきてたと思うんだけど」
息を整え、前のめりに質問する。だが、見ていないと即答された。
「小屋に戻るって言ってたのか?」
コーナーが小首を傾げる。
「間違いないよ。僕らが仕事を終えてすぐ。帰宅しようと思ってた時にね」
「ふぅん。残ってる大工たちに訊いてみるわ!」
ピョンと外へ出て行くコーナーを見送り、成彦は跳ねる心臓を胸を上からギュッと掴んだ。
自分のせいだ。自分の身勝手に付き合わせた挙句・・・。もしも危険な目に遭っていたらどうしたらいい? 自分ひとりに助け出せる力はあるのか。
いつになく弱きになる成彦は、しおしおと項垂れたままドアにもたれる。
数分でコーナーは従業員ではない男を連れてきた。
この男の仕業かとゾワっとしたが、よく見ると荷を運ぶ配達員だ。
「こいつが、ヒューゴが盗賊らしき男たちの荷台の中に押し込まれてるところを見たって言ってる」
「誘拐された?」
瞬間、「やめとけ」と手首を握られる。コーナーからの話を聞くと同時に成彦の足は助けに向かおうとしていた。
「どうして?」
「かわいそうだけど人攫いにあって帰ってこられた子はいないんだ。ロニーが一人で行ったところで罠に自らかかりに行くようなもんだぜ」
「でも僕の弟だ!」
「つーかさ、お前らデニスを見舞いに行って何した?」
「別に何も・・・」
ぱしんと、コーナーの手が成彦の頬を打っていた。
「俺は知ってる。あんな危ない場所で金持ってるのを見せびらかして馬鹿じゃねぇの? 格好の獲物になるのがわかんねぇのかよ」
「ごめんなさい」
「とにかくこうなったら大人の力が必要なんだよ。親父に言いにいくぞ。親父が社長に掛け合ってくれるかもしれない」
手を引かれたが、成彦は手首を引き戻した。
「ごめんっ、社長は駄目なんだ」
「はぁ?」
愕然と語尾を跳ね上げたコーナーを振り切り、成彦は駆け出していた。
(荷台ってことは馬が引いてる? 荷車・・・馬・・・大きさがあるはずだから隠れる場所は限られる)
あの日の成彦とセイを見ていたのなら、デニスと同じアパートメントの別の部屋に潜伏先があるのかもしれない。早くしないと。遠くに連れていかれたら追えなくなってしまう。
成彦はアパートメントの扉を叩いた。中から女性が出てくる。
「何あんた。デニスの友だちかい。デニスはまだ寝込んでいるけど」
「はいっ、わかっています。今日はお見舞いではなくて、上の階に住んでいる人を知っていますか?」
「上の住人?」
「はい、そうです! どんな人物ですか?」
「どんなって、上の階は空き家だよ」
眉をひそめて女性が答える。
「えっ、そんなはずは」
「だったら自分で確かめてみたらいいじゃないの!」
野良犬を追い払うように女性は嫌な顔をし、成彦の前で扉が閉まる。だが肩をさすった女性の着衣の下にあざがあり、扉の陰に入りかけた女性の顔が怯えた表情に変わったのを成彦は目にしてしまった。
なぜ今の今まで頭が回らなかったのか。
成彦とセイがデニスのためにと施した薬と食べ物を、盗賊が見ていたのなら奪わないわけがない。
上の階にいた盗賊たちはまだ潜んでいるのだろうか。
荷車は見当たらないが、もし潜伏していれば今の会話は聴かれており、成彦の存在はバレている。
(行くしかない・・・・・・!)
成彦は二階に上がり、ひと思いに扉を開けた。
しかしそこに誰もおらず、部屋は空っぽ。成彦はもぬけの殻の室内にくず折れた。
どうしよう。家に帰れない。
屋敷のみんなに、ドミニクに、エリオット様に、なんて話せばいいのだ。
自分がエリオットの仕事場を見たいと言わなければ、外を見たいと言わなければ、せめてあと一日だけでも屋敷の中で我慢すれば、セイは攫われずに済んでいたかもしれない。
全部成彦が招いたことだ。それなのに成彦は無事で、セイが辛い思いをしている。セイは成彦の身代わりになって攫われたも同然だった。
(ごめん・・・セイ・・・絶対助けるから)
短い間だったけれど、本当の兄弟のように接したセイに日本の景彦や兄たちの姿が重なり、成彦を暗いどん底に突き落とした。
その時、先ほどの女性——デニスの母が二階に顔を出した。
「ねぇ、あんたがもしかして二日前に施しをしてくれた子かい?」
成彦は目を伏せる。
「そうです。ごめんなさい。僕たちのせいで怖い思いをさせてしまいましたよね」
「何言ってんだい。薬はちゃんと守ったさ。あんたたちのおかげでデニスは死なないでいてくれた。ありがとうね」
女性は成彦の横に膝をつき、成彦の背中を撫でる。手つきは優しい。
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
元気のない成彦を見て、女性の顔が険しくなった。
「あんたみたいな子がここにいた集団とどんな関係なんだい? 窃盗を生業にしてる集まりだって知ってんだろう?」
「弟が拐かされました」
女性が息を詰めたのがわかった。そしてため息をつく。
「人を攫って逃げるなら鉄道を使うんじゃないのかい。この辺の港はオリバー商会が仕切っていて管理が厳しいからね、船で逃げるのは無理だよ。汽車の乗客に紛れて内陸に逃げるのが取っとり早いのさ。
「それです。鉄道です・・・!」
欲しくてたまらない行き先をどんぴしゃで与えてもらった。足をどこかに動かしていないと気が気じゃなくなりそうなのだ。行かないと・・・と、立ち上がった成彦を、女性は冗談だろうと笑った。
「待ちなよ、薬のお礼と言っちゃ安くてすまないけど今夜は泊まっていきなさい。駅を通る列車は昼に一本なんだよ。お日様が出てからここを出ても間に合うから」
「でも・・・急がないと」
「馬鹿だね。夜中は危険な輩がごろごろいるんだ。そいつらに捕まったら助けられるもんも助けられなくなっちまうよ」
屋根の下で自分だけぬくぬくと眠れなんてしないが、危険だというのは彼女の指摘どおりだ。
成彦は奥歯を噛み締め、素直に従うことに決めた。
ぽつんと佇んでいる成彦を、勤務時間を終えた造船大工が不審な顔で振り返るばかり。
(おかしい。絶対に何かあったな)
何かとはトラブルだ。
他に考えようがない。
小屋に戻ると言って去っていったセイは尋常じゃない顔つきをしていた。
(探しに行かなきゃ・・・・・・)
遅すぎるくらいの判断だったと、足を踏み出した途端に頭の中が後悔だらけになる。
小屋にはコーナーが残っていた。
「は・・・ぁ・・・はぁ、ひゅ・・・ご」
「うん? 落ち着いてから話して」
「ヒューゴを見なかった? 戻ってきてたと思うんだけど」
息を整え、前のめりに質問する。だが、見ていないと即答された。
「小屋に戻るって言ってたのか?」
コーナーが小首を傾げる。
「間違いないよ。僕らが仕事を終えてすぐ。帰宅しようと思ってた時にね」
「ふぅん。残ってる大工たちに訊いてみるわ!」
ピョンと外へ出て行くコーナーを見送り、成彦は跳ねる心臓を胸を上からギュッと掴んだ。
自分のせいだ。自分の身勝手に付き合わせた挙句・・・。もしも危険な目に遭っていたらどうしたらいい? 自分ひとりに助け出せる力はあるのか。
いつになく弱きになる成彦は、しおしおと項垂れたままドアにもたれる。
数分でコーナーは従業員ではない男を連れてきた。
この男の仕業かとゾワっとしたが、よく見ると荷を運ぶ配達員だ。
「こいつが、ヒューゴが盗賊らしき男たちの荷台の中に押し込まれてるところを見たって言ってる」
「誘拐された?」
瞬間、「やめとけ」と手首を握られる。コーナーからの話を聞くと同時に成彦の足は助けに向かおうとしていた。
「どうして?」
「かわいそうだけど人攫いにあって帰ってこられた子はいないんだ。ロニーが一人で行ったところで罠に自らかかりに行くようなもんだぜ」
「でも僕の弟だ!」
「つーかさ、お前らデニスを見舞いに行って何した?」
「別に何も・・・」
ぱしんと、コーナーの手が成彦の頬を打っていた。
「俺は知ってる。あんな危ない場所で金持ってるのを見せびらかして馬鹿じゃねぇの? 格好の獲物になるのがわかんねぇのかよ」
「ごめんなさい」
「とにかくこうなったら大人の力が必要なんだよ。親父に言いにいくぞ。親父が社長に掛け合ってくれるかもしれない」
手を引かれたが、成彦は手首を引き戻した。
「ごめんっ、社長は駄目なんだ」
「はぁ?」
愕然と語尾を跳ね上げたコーナーを振り切り、成彦は駆け出していた。
(荷台ってことは馬が引いてる? 荷車・・・馬・・・大きさがあるはずだから隠れる場所は限られる)
あの日の成彦とセイを見ていたのなら、デニスと同じアパートメントの別の部屋に潜伏先があるのかもしれない。早くしないと。遠くに連れていかれたら追えなくなってしまう。
成彦はアパートメントの扉を叩いた。中から女性が出てくる。
「何あんた。デニスの友だちかい。デニスはまだ寝込んでいるけど」
「はいっ、わかっています。今日はお見舞いではなくて、上の階に住んでいる人を知っていますか?」
「上の住人?」
「はい、そうです! どんな人物ですか?」
「どんなって、上の階は空き家だよ」
眉をひそめて女性が答える。
「えっ、そんなはずは」
「だったら自分で確かめてみたらいいじゃないの!」
野良犬を追い払うように女性は嫌な顔をし、成彦の前で扉が閉まる。だが肩をさすった女性の着衣の下にあざがあり、扉の陰に入りかけた女性の顔が怯えた表情に変わったのを成彦は目にしてしまった。
なぜ今の今まで頭が回らなかったのか。
成彦とセイがデニスのためにと施した薬と食べ物を、盗賊が見ていたのなら奪わないわけがない。
上の階にいた盗賊たちはまだ潜んでいるのだろうか。
荷車は見当たらないが、もし潜伏していれば今の会話は聴かれており、成彦の存在はバレている。
(行くしかない・・・・・・!)
成彦は二階に上がり、ひと思いに扉を開けた。
しかしそこに誰もおらず、部屋は空っぽ。成彦はもぬけの殻の室内にくず折れた。
どうしよう。家に帰れない。
屋敷のみんなに、ドミニクに、エリオット様に、なんて話せばいいのだ。
自分がエリオットの仕事場を見たいと言わなければ、外を見たいと言わなければ、せめてあと一日だけでも屋敷の中で我慢すれば、セイは攫われずに済んでいたかもしれない。
全部成彦が招いたことだ。それなのに成彦は無事で、セイが辛い思いをしている。セイは成彦の身代わりになって攫われたも同然だった。
(ごめん・・・セイ・・・絶対助けるから)
短い間だったけれど、本当の兄弟のように接したセイに日本の景彦や兄たちの姿が重なり、成彦を暗いどん底に突き落とした。
その時、先ほどの女性——デニスの母が二階に顔を出した。
「ねぇ、あんたがもしかして二日前に施しをしてくれた子かい?」
成彦は目を伏せる。
「そうです。ごめんなさい。僕たちのせいで怖い思いをさせてしまいましたよね」
「何言ってんだい。薬はちゃんと守ったさ。あんたたちのおかげでデニスは死なないでいてくれた。ありがとうね」
女性は成彦の横に膝をつき、成彦の背中を撫でる。手つきは優しい。
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
元気のない成彦を見て、女性の顔が険しくなった。
「あんたみたいな子がここにいた集団とどんな関係なんだい? 窃盗を生業にしてる集まりだって知ってんだろう?」
「弟が拐かされました」
女性が息を詰めたのがわかった。そしてため息をつく。
「人を攫って逃げるなら鉄道を使うんじゃないのかい。この辺の港はオリバー商会が仕切っていて管理が厳しいからね、船で逃げるのは無理だよ。汽車の乗客に紛れて内陸に逃げるのが取っとり早いのさ。
「それです。鉄道です・・・!」
欲しくてたまらない行き先をどんぴしゃで与えてもらった。足をどこかに動かしていないと気が気じゃなくなりそうなのだ。行かないと・・・と、立ち上がった成彦を、女性は冗談だろうと笑った。
「待ちなよ、薬のお礼と言っちゃ安くてすまないけど今夜は泊まっていきなさい。駅を通る列車は昼に一本なんだよ。お日様が出てからここを出ても間に合うから」
「でも・・・急がないと」
「馬鹿だね。夜中は危険な輩がごろごろいるんだ。そいつらに捕まったら助けられるもんも助けられなくなっちまうよ」
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