英国からやってきた運命の番に愛され導かれてΩは幸せになる

倉藤

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英国編

働きたい

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「変装するの面白かったね」
 
 屋敷からしばらく歩いたところで、成彦はケラケラと高らかに声を立てて笑っていた。
 
「さようですか。それは良かったです」
 
 セイはぐったり、ほんの短時間でげっそりしている。
 造船工場のある海岸沿いまでは徒歩で歩くにちょうど良い距離だ。天候は晴れ、風は気持ちよく、成彦の心は浮き足だった。
 
「成彦様、浮浪者じみた僕らのことを必ずしも雇ってくれるとは限らないですからね」
「わかってる。兄弟なんだから外で『成彦様』呼びはやめよう? 敬語もね」
 
 そう言うと、セイは恐ろしげな顔で口を開く。
 
「兄さんでいいですか?」
 
 脳裏に景彦の顔が浮かぶ。
 
「兄さんかぁ、うん。いいよ。ありがと」
 
 成彦は頰をゆるめた。
 
「ありがとう?」
「日本に残してきた双子の弟がいるんだけど思い出しちゃった」
「思い出して寂しくなったの間違いでは」
「寂しいなんて言ったら景彦に笑われてしまう」
「へぇ」
 
 セイに不思議そうな顔をされ言葉に迷ったが、あかんベェをする景彦が頭の中で想像できたのできっと間違いない。
 
「私・・・俺には姉しかいなかったので男兄弟というものがあまりわかりません」
「そっか。うちは男ばっかりだったなぁ懐かしい。そういえばセイはどうしてサテンスキー家で働いているの?」
「実は姉の一人の嫁ぎ先がややこしい相手でして、両親は乱暴される前に姉を連れ戻したんです。当然ながら我が家には莫大な違約金を請求され、うちはどうにもならなくなっていました。職を求めていた時にエリオット当主様に目をかけていただき、借金の全てを肩代わりしていただいたのです」
「なるほどね」
「すみません。つい慣れた口調で喋ってしまった」
「うん。でも君がエリオット様に心から尽くしてくれているんだってわかって嬉しい」
「旦那様が大切にされているあなたのことも例外じゃないですからね」
 
 先ほどより砕けた口調でセイが微笑む。
 成彦が笑い返すと、汐風が額を撫でた。海岸はすぐそこまで来ていた。大きな船着場の見える海岸に、たくさんの未完成前の船が並んでいる。船の上や下で働く男たちの声が響き、ガン、ゴン、カンと、工具の音で騒がしくて賑やかだ。
 成彦とセイはその中に近づき、「すみません」と声を張った。
 手を止めてこちらを向いたガタイのいい身体つきは造船大工だろう。
 
「今日から雇われたロニー・ランドレンと弟のヒューゴです」
 
 これは事前に決めていた働き手を装うための台詞だ。日本風の名前は目立つのでやめておいた。
 
「そんならあっちだ。お前らみたいなヒョロヒョロしたやつに船造りは務まらん。せいぜい下働きの雑用係だろうさ」
 
 あっちに行きなと案内されたのは、茅葺き屋根の小屋。
 小屋にいたのは十二歳前後の子どもたちが多い。

「新入り?」

 年長者と思われる闊達そうな少年が成彦たち二人を出迎える。

「俺はコーナー。一応ガキどものリーダーだ。よろしく」

 手を差し出され、成彦は少年と握手を交わした。
 日本人の外見が若く見えるというのは市民の間でも通用する現象らしい、どうやらスムーズに信じてもらえている。

「君たちはここで働けてラッキーだよ。サテンスキー侯爵家が経営するオリバー商会は他の会社に比べてずいぶんとマシなんだ。ちゃんと働けばきっちりお給料が貰える」

 しかしおもむろに鼻を近づけられ、成彦の鼓動が跳ねた。

「それより君たち、すっごい臭いね。シャワーくらい浴びてこないと社長に嫌われちゃうよ?」
「うん、そうだね。気をつけるよ」

 びっくりした。俊速でバレたかと思ったが、小屋の中の子たちは順々に匂いを嗅ぎ、腹をかかえて爆笑する。何がそんなに楽しいのか朗らかに笑う子どもたちに笑みを誘われる。
 
「おいおい、初日からそんなに笑ったらこいつら泣いちゃうぜ。牛の糞を踏んづけた足で現れたやつは誰だったっけな?」

 ひととおり好きに笑わせた後、コーナーは子どもらを諫める。
 その時、小屋の戸が無作法に殴られた。

「てめぇらいつまでお喋りしてんだよ。仕事しな」

 外から造船大工の濁声がする。

「へーへー。今行きますよぉだ」
 
 コーナーがぞんざいに返事をすると、これまた乱暴な口調が飛んできた。

「生意気なんだよクソガキめ!」

 ハラハラするやり取りだが、子どもたちはいつものことだからと肩をすくめる。

「うるせぇ! 親父!」

 コーナーが叫んだこの一言で納得した。
 
「コーナーと親方は喧嘩ばっかりだよ。大工の仲間に入れてもらえないから拗ねてんの」
 
 立ちすくんだ成彦とセイに一人の子が教えてくれる。
 
「おらっ、親父にゲンコツ喰らう前に仕事すんぞ」
 
 小屋で待機していた子どもたちは仕事に取り掛かった。
 雑用係とは名ばかりではなく本当に誰にでもできそうな簡単な仕事をさせられた。しかし重労働に変わりなく、休憩は昼にパンとスープを配られただけで、それらを競争するように腹に収めると、すぐに再開する。
 仕事の内容は主に掃除と、荷運びだ。大工が使う材料と工具を指定された船の場所に持っていく。大声で呼びつけてくる大工たちは、仕事はできるが気が短く、もたつくと途端に怒鳴り声がこだました。
 だが昼を過ぎた頃、一度だけエリオットとドミニクが現場を見にきた時だけは大工たちが大人しかった。
 成彦は慌てて帽子を深く被り、エリオットを遠くから見つめる。汚れて臭う自分には気づかないと思うが、心臓が高鳴って仕方ない。
 エリオットとドミニクは船着場をぐるりと一周し、現場を監督するコーナーの父と会話して帰った。
 ほぅ・・・と、大きなため息がこぼれる。知らずに緊張させていた指の先が痺れていた。
 
「肝が冷えます」
 
 セイが声をひそめたので、成彦は頷いて返事をした。
 成彦は興奮冷めやらぬ吐息を抑えるために口に手を当てる。見つかってはマズいという意味合いのほか、エリオットとの出逢いを思い出して緊張した。
 十松家の屋敷で玄関ホールの扉が開いたあの瞬間のように、一瞬で空気が支配され、背中が総毛だって震える感動を噛み締めていた。

(何度見ても同じことを思うんだな。エリオット様が立っているだけで空気に重みが増した。凄すぎてぞわぞわする。でも何だろうこの感じ。胸が苦しい)

 どう足掻いてもあの人にはなれない。しかし苦しいのはそのせいじゃない。
 歴然たる差が、エリオットとその他大勢にはある。けれども同時にその他大勢はたくさんいて、成彦はその中の一人であるという安堵感をもたらした。自分が劣った人間なのではなくて、エリオットが一段上のステージに立っている。だからどうしたという話なのだが、エリオットの孤独さが浮き彫りになったようにも見えた。

(鎌倉の別荘地で話してくれたエリオット様の話・・・、あれ以来エリオット様は弱音を吐かれないけれど・・・)

 自分を鍛えるための冒険のつもりが、思いがけないエリオットの姿を目にすることに繋がるとは、成彦には想定外の収穫となった。
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