英国からやってきた運命の番に愛され導かれてΩは幸せになる

倉藤

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助け合いの輪

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 しかし港に着いてみれば、香港マフィアの姿がなかった。

「どうなってる? 仲間が待っているんじゃないのか」

 すっからかんになった埠頭には一人の男が佇んでいる。

「エリオット様」

 成彦にはそのシルエットだけでわかる。
 成彦が国を出る前に間に合ってくれた。
 絶妙なタイミングは世の女性たちにすれば満点の登場だろうか。

「ヘイ、そこのハンサム、ここにいた奴らと船を知ってるか?」

 丸眼鏡の男がエリオットに問いかける。

「それなら、今さっき経った。俺が連れてきた別のΩを乗せてな」

 一言で風向きが変わった。

「大盤振る舞いして血赤みたいなルビーとセットにしてやった。チャイニーズ・マフィアの大好きなやつだ。大喜びで帰っていった」
「貴様、何をしたのかわかっているのか」
「汚泥に潜んだオメガは探せばもっといるぞ。もっと欲しけりゃ私の会社で取引してやろうか?」

 圧倒的な力の差だ。丸眼鏡の男に脅されようが凄まれようが歯牙にもかけない。

「国に戻ったらボスにこう言えばいい。さらにいいカモを見つけましたってな。必ずご満足させてみせますと」

 そう言いエリオットが手渡した名刺にはサテンスキー商会の文字がある。
 丸眼鏡の男が眼鏡をずらして名刺を凝視すると、途端にふてぶてしい態度が大人しくなった。

「悪いな、景彦、俺たちは降りるぜ」

 景彦の目に焦りが浮かぶ。

「なんでっ?」
「あんたは知らないだろうが、この世には逆らっちゃいけない人間てのがいる」

 ずる賢いことに関しては人一倍利口な頭を働かせて相手にする人間を変えたのだろう。丸眼鏡の男はサヨナラと言い残し、蜘蛛の子を散らすようにマフィアの仲間を纏めて去って行く。

「エリオット様・・・・・・っ!」

 ショックを受けて立ちすくむ景彦が気がかりだが、成彦は最も初めにエリオットに駆け寄った。

「あの巡査殿はエリオット様が用意した人だったんですね」
「よくわかったね。時間稼ぎと成彦が乗っていることの確認がしたかった」
「無茶をなさる・・・・・・」
「しかしどうしても救い出したかった」

 胸が絞られて苦しくなる。

「ごめんなさいエリオット様、僕は誤った行動を取りました。僕が十松家に戻ると言ったのは間違いでした」
「結果的に助かったんだから良かったじゃないか」
「いいえ、いけませんっ。罪のないオメガの子を巻き込んでしまった。これもごめんなさい。助けて頂いた身で生意気なことを言います。でも良くないやり方です。僕の替わりになったオメガの子を奪い返しに行かなきゃ」

 成彦は波打つ海を見下ろして、大きく息を吸った。

「泳いで行こうと思っているのかい? 無駄だよ。追いつけやしない」
「無駄でも無意味でもやらなきゃ」

 硬くなに飛び込もうとする成彦の腕をエリオットが捕まえ、自身の胸に抱える。両腕でがっちり抱きしめられて身動きが取れない。

「エリオット様! 僕が行きます。行かせてください!」
「何を必死になっているんだ?」

 エリオットは成彦の耳のそばで声を低くする。

「安心しなさい。彼のことは現地でチャイニーズ・マフィアから私の知り合いが買い取ってくれる。最初からそのつもりでオメガの子を探した。スムーズに計画が運んだのは、とても不思議なことだが、協力を申し出てくれたオメガの子がいたのだ」

 成彦はまさかと目を見開きエリオットをじっと見つめた。エリオットが「ああ」と頷く。

「ドミニクの話を聞いた?」
「はい、馬車の中でそれとなく」

 ここでもまた魂と助け合いの輪が流転した。
 成彦は貴方を信じるとエリオットに伝えて、腕の中から解放してもらい、景彦の前に立った。

「僕は君のことも助けるから。本当の父も母も、きっと助ける」
「力もないくせに。偉そうに」
「うん、でも僕に力は必要ない。力がないのなら、僕じゃない誰かを信じることだよ」
「意味わかんない」
「君には母さんは昔話をしなかった?」
「・・・した。嫌いだった。あやふやなものに頼ったって誰も助けてくれやしない。信じられるのは自分だけだ。じゃなきゃ俺たちみたいな日陰のオメガは生き残れない」

 奥歯を噛むようにして話す。そんな双子の弟のことを、成彦はそっと抱擁した。

「辛かったね。君の存在を今まで気づけなくてごめんなさい」
「っ、やめろ」
「景彦は母の話をちゃんと聞いたことがある?」
「だから昔話は大嫌いだったって」

 成彦は首を横に振る。

「父と母のことだよ」
「無いよ・・・あるわけないだろ」

 知りたくもないと景彦は強情に腕を突っぱねる。

「じゃあ訊いて・・・みようよ」
「嫌だよ。知りたくない。そもそも既に手遅れじゃないか?」

 景彦は嘲笑した。
 するとエリオットが景彦の肩に手を乗せた。

「やり方次第ではそうでもないかもしれない」
「さすがエリオット様です。行こう、景彦。僕も訊いてみたいことがあるからさ」

 ずっと、クッションの中にわざわざ鍵を隠すという凝った細工をしてまで成彦に日記帳を遺して去った母の気持ちが知りたかった。
 何度も無生物で声を持たない頁越しに一方的に話しかけ、返事がないのをわかっていつつも毎回落胆していた。
 だが今は確信を持てる。
 当時母の周囲で何が起こっていたのか、母はいつか息子にたどり着いてほしかったんじゃないだろうか。双子の兄弟の存在に気づいてほしかったんじゃないだろうか。
 その為に危険を犯して運命の番のことを日記内で仄めかしていた。
 そう考えると同時に、母が十松家を去ったわけが長年心に病んでいた理由ではなかったことに、成彦は少なからず救われていた。
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