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耽溺する心2

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 あらゆる思いが錯綜していた。
 父が自分の身を案じてくれていなかったのはわかっていたし、今さら気にすることじゃない。
 知らぬところで婚約話が進められていたことも、予想の範囲内だ。
 オメガの華族令息の足元に敷かれた人生のレール。
 普通の・・・。
 正しい道。
 そう思えば耐えられていたのに、変だ。

 ———それで、成彦は大人しく従っていると。

 ———普通で言う正しさになんの意味があるのだろうね。

 エリオットが、あんなことを言うから。
 なにを信じて頼ればよいのかわからなくなる。
 自室のドアに背をつけて、成彦はうずくまった。
 運命に流されて、エリオットに攫われて、彼の手で連れ出してもらえるのなら、道を違えてもバチは当たらないだろうか。
 とても勇気のいる、恐ろしい所業に思える。
 成彦の決断次第では十松子爵家が瓦解する。それほどの重圧に自分は耐えられるだろうか。世間の寒空のような蔑みの目を跳ね除けて、エリオットについてゆく選択ができるだろうか。

「んっ」

 不意に、ぞわりと悪寒を感じて己れをかき抱く。
 きゅっと卵のように背中を丸めると、背中に触れているドア越しにノックの音が耳に届いた。

「は、い・・・・・・、ちょっと今は具合が」
「だと思った。そろそろ薬が切れたころじゃないかなと感じて来たんだよ」
「エリオット様、でしたら客室にお帰りください。困ります」
「そうはいかないさ。君の様子が気になって、落ち着いていられない」
「うっ・・・」

 嬉しいと思ってしまう。そんな自分に罪深さを感じてしまう。
 もう、どうして良いかわからない。成彦の手には負えなかった。

「・・・・・・フェロモンを強く感じたら、すぐに出て行ってくださいね」
「承知した」

 念のために窓を開け、成彦はエリオットを部屋に通す。
 だが一瞬のことで、反応が遅れた。エリオットはドアを閉めると成彦を抱き寄せた。

「あっ」

 強く香ったアルファのフェロモン。己れのオメガのフェロモン。運命の番のそれを身体は明確に認識している。
 茹だるような頬の熱さは異常だ。足元が歪んで映るほどに、頭がくらくらした。

「はあ、は、息が」

 喘ぐ胸は激しく上下し、息を吸ったぶんだけ、耳を塞ぎたくなるふしだらな吐息に変えられてしまう。

「駄目・・・お願い」
「離さないよ。私は君をまだ抱かない。だからそんなに警戒しないでくれ。全てが叶った後に思う存分味わわせてもらうつもりだ。でもね、自分の存在価値を低く見ている君を見て、少しだけ思い知ってもらおうと思い直したのさ。父親の言動を気にする必要なんてない。成彦はただ私を見ていればいい」
「あ、耳、や、喋んないで」

 鼓膜を揺らした低音が、琴線みたいに震えを腹部まで伝える。キュンと尻を締めてしまい、成彦は赤面して羞恥した。

「もう反応して溢れてる? すごく濃厚なフェロモンだね」
「あ・・・あっ、あ、離れて・・・・・・」
「可愛いね、私の運命のオメガ」

 甘い、甘すぎて、きっとアルファの声は毒なのだ。
 前も後ろも、下半身がぐじゅぐじゅと爛れてゆくのだから。

「触るよ、成彦」
「ん、ンンッ!」

 エリオットは耳朶を軽く喰みながら、布越しに敏感になっている尻を掴んだ。

「今日は服の上からね」

 双丘の窪みを指で押されると、ちゅく・・・と桃を潰したみたいな音が鳴る。
 ———恥ずかしい。
 エリオットは後孔に指を添え、反対の手でペニスにも愛撫を加える。射精を求めて打ち震えているそれを執拗に揉まれ、成彦の腰は揺れた。

「は、は、あ、ん、ああっ」
「いいね。君の痴態はたまらなく美しいよ」
「あああっ、エリオット様っ、」

 耳孔に興奮じみた鼻息がかかる。エリオットは辛抱できなくなったふうに舌をねじ込み、耳孔を掻き回し始めた。
 ちゅる、ぬちゅ、と水音に犯される。

「み、み、やら」

 かき集めた理性を総動員させて頭を振るけれど、もどかしいと感じるということは、裏返すと「もっとしてほしい」と感じているということ。
 意地悪だと感じるのは、自分がはしたないオメガであるから。
 でもそんな自分をエリオットは可愛いと言う、そばに置きたいと言う、馬鹿みたいに盲目的に手に入れようとしてくれる。

 ———もう、どうでもいい。なんでもいい。

 成彦は駆り立てられている合間だけ現実から目を逸らした。
 その甘く心地いい快楽に身を預けると、腰をそらせて昇りつめた。

「んぐうっ、くっ、う、う」

 ピンと全身が強張るごとにとぷりと精液が吐き出され、窄まりの蜜液と混ざり、下着の中がぬるついて湿っていく。
 呼吸が落ち着いてきて身体が弛緩すると共に、成彦は自分を抱き締める男の胸に顔を押し当てて苦虫を噛んだ。
 エリオットは愛おしそうに成彦の頭を撫でた。

「心も身体も気持ちよかっただろう?」
「いいえ、最低ですっ」

 まさしく感じた心境を見抜かれてしまい、悔しくて言い返す。

「おや、そうか。残念だ。では早いところ退散するとしよう」
「そうしてください!」

 強がりに気づいているようだったが、エリオットは降参とばかりに両手を挙げて、くるりと背を向けた。

「ああ、そうだった」

 エリオットは出て行く寸前に振り返る。

「本題を忘れていた。伝えにきたことがあった。明日からバカンスに行くから支度をしておいてくれたまえ」
「バカンス?」

 日本人には、馴染みがない単語。
 成彦は小首を傾げた。
 エリオットは意味深な笑みだけを残して、足早に姿を消した。
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