英国からやってきた運命の番に愛され導かれてΩは幸せになる

倉藤

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母の日記帳1

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「成彦さん? 成彦さん? さっきからぼーっとしていらっしゃるわよ」

 百合とのお茶の時間。手土産の栗羊羹を手にしたまま自分の世界に没頭していたらしい。成彦は「ごめん」と顔を上げる。

「いいのよ。でも少し心配ね。これまで見たことない顔だもの」
「え、そうかな?」

 あの後、成彦は事前に呼ばれていた馬車に乗って無事に帰宅できた。エリオットがどう言いくるめたのかわからないが、父と兄から詮索を受けることもなかった。
 今日はエリオットが訪れて二日目。昨晩成彦が帰ってきた頃には彼は客室に篭っており、今朝は早朝から出掛けている。別件があると断りを入れ、昼過ぎの今も十松家を留守にしていた。
 しかしながら記憶が怪しい。意識が正常ではなかったから、あのやり取りは夢だったんじゃないかと疑わしく思ってしまう。
 一人で盛り上がっていただけというオチもありうるのだ。昨晩が成彦の夢妄想じゃなければ、本調子に戻り切っていないこちらの体調に気をつかったと思えなくもないが。
 エリオットのことは、あからさまなアルファの空気感と表面上の肩書き以外まだよく知らない。良い人なのか、怖い人なのか、まだ判断できるほどの材料がないからだ。オメガの成彦に興味を抱いているようではあったし、肉欲的な目で見られた時もあった。
 けれど、運命の番と言われた瞬間を思い出す。
 あの場で成彦の身体を開こうと思えばできたはずなのに、どうぞと差し出された獲物に乱暴を働かなかった。
 瞼に受けた口付けは非常に優しいもので、柔らかく触れた感触が未だに残っている。

「ねぇ百合は・・・・・・」

 成彦はそこまで訊ねて躊躇った。
 百合は質問の続きを待っている。

「成彦さん?」
「んー、ははっ、なんでもない忘れて」

 オメガの結婚は自由ではなかった。日本の戸籍法では、華族間の婚姻は官庁への届出と、宮内大臣の許可が必要と明記されている。儀礼的な決まりであって、通常は簡単に許可が下りるのだが、オメガが関わる場合には加えて天皇陛下御本人のお許しが必要だった。
 平民の例でも同等に近い取り決めがある。
 今後生まれてくると予想される当オメガの子がアルファである可能性を考慮した上の処置であり、権力を持ちすぎる家を失くし、家同士の力関係を大きく変動させないためとされている。だが、その実それは日本に在するオメガは天皇の所有物という主張。オメガが国に「モノ」扱いされていることを暗に意味していた。
 価値のあるアルファを生み出すオメガは、他国に渡って暮らすことも、国際結婚も禁じられている。
 エリオットが安易に成彦に手を出さず、御法度と言っていたのはこのためであった。
 オメガに手を出した外国人は表沙汰にならない場所で姿を消しているという噂もあり、治外法権における唯一の例外だとも評されている。
 アルファがオメガのうなじを噛み一緒になることをつがう、それぞれのフェロモンに固い結びつきを感じてしまう者同士のことを運命の番と云うが、こういった見えない重圧の影響を受けて、日本では「運命の番」は禁句。公の場で口に出すことは重罪にあたる。本能的な運命に従うのならば、極刑もやむを得ない。
 迷信じみた話は本物。中央政府は強く惹かれ合った彼らによって反発が起きるのを恐れている。
 どんな小さな綻びも許してはならぬ。天皇制の均衡が破られては困る。
 日本帝国民の運命は特別な立場の「人間」の手により定められたものでなければならないのである。
 これの内容を子ども達は学校か、もしくは近親者から必ず口頭で習う。成彦は家庭教師に、百合は通っている学習院で習っている。
 どう思うかを訊ねても、困惑させてしまうだけだろう。

「そういえば、成彦さんのお母様の命日がもうすぐね」
「うん、来週だ」

 和服が似合うと褒めてくれた母は成彦が十二の頃に心労がたたり亡くなった。突然家を出て行った母は、海に身を投げて自ら命を絶った。帰ってきたのは母の靴だけ。
 母の死の原因が、末息子の第二の性がオメガだと判明したせいなのではないかと、成彦は密かに罪の意識を感じていた。

「今年もお墓参りさせてね」
「もちろん。母も喜ぶ」

 誰にも明かせない秘密、痛み。
 成彦は百合を帰したのち、亡き母の遺品がしまってある屋根裏に足を運んだ。
 収納型の階段を引き出して登ると、埃っぽくて暗い部屋の小さな窓から光りが差していた。
 蔵の用途で使用されているので、部屋の半分は雑多な物品で埋まっている。しかし小窓そばの日が当たる場所だけは物が退けられ、母が読み物をするのに座っていた肘掛け椅子と、嫁入り道具だった化粧台がぽつんと置かれていた。
 母が亡くなってから、不用品と混ざってしまわれていたのを見つけ、成彦が移動させたのだ。

 ———結局父は、嫁いできたオメガの母を愛していなかったんだろうか。

 母の遺品をさっさと片付けてしまった父の満善のことを、成彦はそんなふうに思って悲しんだ。わかっていた事実でも、痛みを伴い、幼い心には棘みたいに感じられた。
 大好きだった母なのだから尚さら。
 過酷な環境にいても母は母なりに家族を愛してくれていた。
 自分は可哀想な母を更に追い込んでしまったのではないか。もしかしたら母は末息子の人生に絶望をして死んだ。
 薄々だが、父が自分をぞんざいに扱うのも理解できる。納得はできなかったが、ますます母に似てきた息子が鬱陶しかったに違いない。父は意図的に自分を避けてきたのだ。
 成彦は椅子に深く腰を沈め、ため息をつくと、クッションの中に隠したある物を取り出した。
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