英国からやってきた運命の番に愛され導かれてΩは幸せになる

倉藤

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出逢い3

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 五日後。予感していたとおりに仕事の話をされた当日にヒートが訪れたせいで、成彦の身体にはヒートの影響が色濃く出ていた。熱っぽく、フェロモンも完全には治まっていないだろう。けれども二倍の量の薬を飲み、満善によって用意されていた洋装に袖を通した。
 母はよく、雪を纏った枝葉のように白くほっそりとした息子には繊細な和服姿が似合うと言っていた。成彦は母の趣味から普段は着物を身につけていることがほとんどで、着慣れないシャツもスラックスもサスペンダーも羽織りも、総じて窮屈に感じてしまった。
 万全ではない体調に追い打ちをかけるようであったものの、成彦はぐっと堪えて背筋を伸ばす。

「しっかりしよう」

 父に恥じぬ男子でありたい。
 十松邸はエル字型の擬洋風建築で建てられた屋敷。
 正面の門に面したエル字の内側部分には最近になりガラス張りのサンルームが増設されて、使用人がせっせと観葉植物の世話をする。見た目にも真新しく、屋根には町屋の家庭では珍しい煙突があった。
 華族の屋敷には必ずといっていいほど見かけられるステンドグラスが階段天井に映え、その下の玄関ホールでは外国人かぶれをした帽子にステッキを持っている満善がすでに姿を見せていた。横の秀彦は普段どおりの洋装姿であるが、一張羅だ。
 二人ともこれからやってくる英国人に舐められまいという意気込みは並々ならない。

「父さん、兄さん、遅れました」

 気を引き締めてきたつもりだが、自覚が足りなかったかもしれない。これはいけないと急いで詫びを入れる。

「構わん」

 満善は成彦の装いを一瞥すると、わずかに口の端を引き上げた。
 しかしその陰に隠れて秀彦が顔を俯ける。
 見えない場所にいるので、成彦は気づけなかったが、下を向くだけでなく鼻を押さえていた。秀彦は人一倍嗅覚に敏感だった。

「父さん、やはり成彦はやめた方が。具合が悪そうですよ」
「いいえ、秀彦兄さん。僕はやれます。頑張ります」

 気遣われる言葉に、懸命に首を横に振った。大事な場面で使い物にならない、己れのオメガの身体を憎く思う。

「成彦がこう言っているのだ。それよりもお前の方がしっかりしてもらわねば。そろそろ着く頃合いであろう」

 まさしくそのタイミングで門の前に馬車が着いた音がした。

「いらっしゃったぞ」
「はいっ」

 秀彦の声には変に力が入っており、同じ方の手と脚を同時に出してしまいそうな有り様だ。成彦も緊張に染まっていた。
 門には常田と彼の選別した使用人が事前に待機している。間もなく客人が玄関ホールに案内されて来る。
 今か今かと、扉が開かれる時を待って唾を飲み込んだ。
 成彦の心臓は激しさを増す。
 ついに扉が開き、客人の頭のてっぺんから靴のつま先まで目に飛び込んできた瞬間、その威風堂々とした雅びな出立ちに息を呑んだ。
 時代が変わって以降、街中を歩いている外国人を頻繁に見かける。それでも、空気をぴりりと張り詰めさせる気迫や威厳といった類いの何かが成彦が知っている彼等のそれと違ったのだ。
 父と兄とは(・・・もちろん自分とも)骨格からして異なる立派な体躯、まるで職人が丹精込めて彫り込んだような西洋の神話像そのものを彷彿とさせる完成された顔立ち、額を出すようにセットされたプラチナブロンドの髪が吸い込まれそうな青い瞳を引き立てていた。
 そばには通訳の付き添い人がおり、その方もまた立派で、濃い色の肌をして、きつくウェーブがかった髪を整髪料で纏めており、とても知性的で落ち着いた雰囲気の人だった。
 成彦は圧倒的な存在感に目を奪われ、呆然とする。

「ご挨拶しなさい。成彦」

 満善の声で現実に引き戻されたが、目を合わせるなんてとてもできなかった。麗しい英国人は上手く口をきけない成彦を値踏みし、ふわりと微笑む。
 と、何かを母国の言葉で呟いた。
 聞き取れないでいるうちに、満義が間に入る。

「申し訳ない。末の息子はこういった場に出るのが初めてなものでして、緊張しているようです。これが滞在中はエリオット殿のお世話を致しますのでお見知り置きを」

 エリオット・・・と名前を胸の中で繰り返し、成彦は通訳がこちらの言葉を彼に伝えているのをぼんやりと見つめた。
 どうしたのか。
 やけに頭が酩酊したようだった。
 息が上がってしまうのを隠すので苦しくて、「商談の話をするから下がっていなさい」と父から言い伝えられ、成彦はいたく安堵したのだった。
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