【中華BL】明天《めいてん》の恋文〜ぼくはもう一度『旦那さま』に恋をする

倉藤

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第5章 ユリン編・参

84 盤上の駒たち④

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「はい、ランライ」
「全軍の指揮をお願いいたします」

 ユリンらが息を呑んで見守るなか、シアンはギョッとした。

「む、無理です・・・・・・っ」
「無理でもやるのです、貴方にしかできないことです」
「しかし、リュウホン将軍がいます。彼がいちばんの適任者です」
「いいえ、リュウホン殿下は今はさばきを待つ身。軍の指揮は任せられない」

 シアンは目を逸らす。

「・・・・・・そんなっ、私には」
「大王、刻一刻と事態は困窮していきます。早くせねば前線の軍は全滅するでしょう。そうなれば次はわかりますね?」
「はい・・・・・・」

 歳若い王の震える手が、膝の上でぎゅっと握り締められるのが見える。

「大王さま! 丞相さま!」

 またも連絡係が駆け込んできた。ランライは大王から顔を逸らさずに「申せ」と告げる。

「ウォン国軍、総兵数八万、出陣準備完了間もなくとのこと!」
「了解した、敵国の特定は」
「前線の報告はまだなのですが、これまでの動きから予想をつけるとおそらくセウ国ではないかと」
「・・・・・・ふむ、なるほど、よい見解だ。引き続いて出陣命令を待つように」
「はっ」

 慌ただしく連絡係が出ていき、シアンは目に見えて身体を縮こませた。まるでそうすればこの場から姿を消せると思っているかのような動きだ。

「大王」
「・・・・・・できません、は、八万なんて・・・リュウホン将軍の軍よりも倍も多い・・・・・・っ。それに、いま、兵はセウ国と言いました。セウ国は昨今ますます勢いを増していると聞いています・・・・・・」
「まこと、大王のおっしゃるとおり。しかし、シアンさま、よく聞いていただきたい。此度の軍、八万の内わけはおおよそ半分が平民出身の兵で構成された部隊です。それも、王都のみならず各地から志願してきた者たちなのです。皆が、大王と共に戦うことを望み、貴方のもとに集ったのですよ」
「どうして・・・・・・」
「シアンさま、貴方のお母上は平民出身。その噂を知らぬ民はおりません。もちろん、それだけで奮い立ちはしない。ゆえに貴方の家臣らは誠実に信頼を得るための行動をしてきました。王都に継ぐ巨城都市、ウージェンの城主であるズゥ家の働きかけを筆頭に、貴方のお人柄を民に広めたのです。この先は、あとは貴方の仕事。国民全員に嘘ではないことを示して来てください。今や貴方のひと声は、兵士にとって最強の武器にも匹敵するでしょう。国を背負う大王というのはそういう存在なのです」

 そのとき、みたび連絡係の兵が駆け込んできた。

「伝承鳩の通達より! セウ国はウォン国に進軍を進め、約半日で国境に到達することが予想される! その数、十万! 増援を急がれたし!」

 ランライは報告を聞き、連絡係の兵に「そこで待て」と命じた。

「国境に待機している兵は二万。・・・・・・大王、渋っている時間はございませんぞ。待っているのは貴方の兵です。出陣命令を」

 そう言い、重ねた手を掲げて頭を下げる。家臣らはそれに倣い、連絡係がその横で軍礼を取った。
 、リュウホンの声が続いた。
 誰もが、耳を疑う。
 この瞬間まで黙って聞いていただけのリュウホンは、立ち上がれないシアンに告げる。

「大王軍の先導には俺の兵を使え。俺の騎馬隊がこの国でいちばん早い。有能な軍師もいる。俺は許されずとも俺の兵ならいいだろう? どうだ丞相」
「ええ、それなら構いません。指揮権は大王さまに移行されますが」
「よい、今は国土を守ることが先決だ。大王よ、もう少し肩の力を抜け。お前が戦の素人であることぐらい皆が知っている」
「だそうです。大王?」

 ユリンの視線の先でシアンは頭を抱えていた。しかし、リュウホンの声は彼の耳に届いていたようだった。彼の震えはおそらく止まらないだろうとユリンは思う。
 それでも、彼は立ち上がれる。
 シアンは震える手を押さえながら腰を上げた。


 ◇


 ユリンは広く席の空いた縁側を見つめていた。
 シアンが出陣の準備のために宴会の席を抜け、大勢が彼に付き添って出ていった。流れが大きく変わったのだと、ユリンは確信できた。
 自分の気持ちは別にして、ダオはリュウホンの手から救い出され、シアンは大王として成長を見せた。
 全体をとおして見れば完全勝利。これで一件落着だ。

「私も大王に同行する。導術師殿はここで家族と再会を果たしてくれ。使用人に伝えておくからの」
「はい。ランライ殿、心から感謝を申し上げる」
「やめい、やめい。まだ戦が終わっとらん。無事に戻ってきたら宴の続きじゃ」
「・・・・・・では、ご武運を祈らせてください」

 ユリンは微笑んで拱手を解き、両翼のついた形代かたしろにまじない術をかけた。頭上に放られ空に舞った形代は、炎を散らして鳳凰の形を取った。
 形代から生まれた火の鳥は雄々しく鳴く。鳥はランライの周りを旋回したのち、かがやきながら燃え尽きて消えた。

「麗鬼がついている貴方には必要ないかもしれませんが・・・・・・」
「いや、ありがたく。導術師殿のまじないは良いものじゃな。では」

 ひらりと袖を振り、ランライは戸口へ向かう。だが、いざ外へ出ようかというとき、シャオレイが勢いのままに飛び込んできた。

「どうしたのだ?!」

 ランライの表情が変わる。

「・・・・・・もうしわけ、ありません。ダオさんが何者かに連れていかれました」

 ユリンの顔からさっと血の気が引く。

「詳しく話してくださいっ」
「少しばかり目を離してしまった隙に。部屋に戻ったらもぬけの殻で、私がついていながら、申しわけございませんっ」
「・・・・・・今、ダオは」
「シャオルが捜索しています」

 ユリンは唇を噛む。

「がははは! 父上じゃ! 父上がやってくれたんじゃ! ダオというやつはセウ国への土産なのだ」

 その声にユリンは振り返った。
 見苦しく下品に唾を飛ばしながら、リュウウが叫ぶ。

「ほう、セウ国をそそのかしたのはリュウジーだったか」

 ランライは顎に手をやる。

「貴様、ダオに何かあったらどうしてくれる・・・・・・っ」

 ユリンはヘラヘラしているリュウウをきつく問いただした。
 落ち着いていられない。
 話の途中で退出させられたリュウジーは、ユリンが勘違いをしていたように、ダオこそが帝国を思いのままに動かせる鍵だと思っている。ダオをセウ国に渡して自身は匿ってもらい、ウォン国共々脅すつもりなのだろう。

「我らは準備が整わねば出られぬ。すぐに救いに行けるのは・・・・・・うーむ、導術師殿だけになるのう」
「ランライ殿」
「行ってくれるか?」

 ユリンは一瞬、喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
 気にしてはいられない。
 今はなによりも、ダオの無事が最優先だった。
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