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第5章 ユリン編・参
82 盤上の駒たち②
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複雑な思惑が入り混じった空気を割り、ぱちんと聞こえたのは拍手ではなく閉じられた扇子の音。
「では、諸君、シアン大王さまよりお言葉を頂きましょう」
ランライの合図で声が止む。
できるだけ存在感を薄めていたように見えたシアンは回ってきた出番に身をすくめた。おもむろに大勢の視線に晒され、絶望に満ちた顔をしたあと、覚悟を決めた。
シアンは背筋を伸ばして立ち上がる。
「・・・・・・我がウォン国は」
声が小さい。震えているので、部分的にしか聞き取れない。
「かの・・・・・・帝国と・・・・・・不可侵・・・・・・及び、友好・・・・・・結び・・・・・・」
かいつまんで拾えた言葉を頭のなかで並べてみると、つまり、格上のナーロン帝国と我がウォン国で友好条約を締結する。帝国側は、約束が生きているうちは不可侵を貫き、ウォン国が他国に攻撃を受けた場合には武力で守ってくれるという。
ランライは大王派の力を示して各方面に上記の話を納得させるため、なおかつ、ダオの譲渡に関しては誘拐するなどといった後ろめたい証拠を残さないため、大掛かりな企画を用意した。
こちらから手を下さずとも、大将を潰したいリュウ家は内輪揉めを起こして自滅してくれる。
これにてリュウホン派が大人しくなれば、派閥争いは鎮火に向かい、ウォン国内は大王派が一挙に政権を担うようになるだろう。
外交面では絶対的な立ち位置の帝国が味方につき、ウォン国は実質無敵だ。
———少々、上手くいきすぎではないだろうか。
彼の手腕は疑いようもないが、ユリンはランライを見つめる。
くるくると胸で廻る明暗の風車。
ユリンの心臓がどくりと跳ねる。
と、帝がランライに耳打ちをした。口元を扇子で覆い頷いたランライは、よく聞こえる響きのよい声で皆に告げる。
「帝殿のご寵愛を受けるダオ殿を無礼に扱ったとして、リュウ家の処罰は避けられないものと考えよ。代わりに必要な導術師はナーロン帝国より派遣される」
途端に、誰の背中に隠れていたのか、リュウ家へ下される処遇に怯えて小さくなっていたリュウジーが沸騰したように真っ赤な顔で怒鳴り散らした。
「ホンのところにいる青年を連れ出せと言いだしたのはそちらではないかっ! 私は悪くないぞっ!」
「そんな話は知らぬな」
「なにぃっ!」
そう言いランライに飛び掛かっていったリュウジーは呆気なくシャオレイに鎮圧された。
捕まえられたのちも、床に押さえつけられた男は恨みがましく睨みつける。
「大王と帝殿に仇を成そうとした罪人だ、直ちにつまみ出せ。ついでにリュウ家全員を縛っておくように。何をしでかすかわかったものではない」
ランライが命じる。直ぐに近衛兵が彼を連れて行き、リュウ家の人間は手足を縄で拘束された。ユリンと共に園庭で待ちぼうけたままだったリュウホンのところにも兵が駆け寄りお縄につける。
一件落着の場面に感じる、違和感。
直感。背中にゾワッと悪寒が駆け抜けた。同時にユリンは帯革に仕込んだ護符を飛ばした。向けた先はランライだ。
飛ばされた護符は、目標に届くまえに火花を散らして弾かれた。
「・・・・・・そこにいたのか、麗鬼」
無関係な複数名が顔を合わせあい騒めき出したが、大王と帝を含めてその場の多くがユリンの逆心を静観している。
ダオが反応を示さないのは、今でも記憶がこぼれ落ちているからだ。
「おやおや、ずいぶんと手荒なことをするのう」
「白々しくランライ殿の真似をしなくていい。・・・・・・これはなんだ? どういうことだ?」
ユリンは目を白黒させる。ランライは口を開いた。
「導術師殿よ、持論だが、私は常に見返りは平等に与えられるべきだと思っておる。不均等や不平等は双方に不満と諍いを生むだけ。では何を差し出せば、天下の大帝国が破格の条件で条約を結んでくれるかの?」
「そちらの皇帝陛下がダオを望んだのでは?」
「惜しいの。たしかにダオ殿も望まれた重要人だが、真の傾国の美女は彼ではないのだ」
「は?」
「まだわからんか、自分で気がついたではないか。こんなものまで投げてきおって」
焦げついた護符の切れ端を拾い、ランライが不敵に笑う。
「麗鬼・・・・・・? やはりお前は」
「これっ、そうすぐに護符をむけるな。導術師殿の言うとおり、麗鬼は私の胸にいる。しかし、私は麗鬼ではないぞ。いま導術師殿がこうして喋っているのも、れっきとした丞相ランライだ。麗鬼は私を乗っ取ろうとしたみたいだが、上手くいかなかったようでの」
「では、諸君、シアン大王さまよりお言葉を頂きましょう」
ランライの合図で声が止む。
できるだけ存在感を薄めていたように見えたシアンは回ってきた出番に身をすくめた。おもむろに大勢の視線に晒され、絶望に満ちた顔をしたあと、覚悟を決めた。
シアンは背筋を伸ばして立ち上がる。
「・・・・・・我がウォン国は」
声が小さい。震えているので、部分的にしか聞き取れない。
「かの・・・・・・帝国と・・・・・・不可侵・・・・・・及び、友好・・・・・・結び・・・・・・」
かいつまんで拾えた言葉を頭のなかで並べてみると、つまり、格上のナーロン帝国と我がウォン国で友好条約を締結する。帝国側は、約束が生きているうちは不可侵を貫き、ウォン国が他国に攻撃を受けた場合には武力で守ってくれるという。
ランライは大王派の力を示して各方面に上記の話を納得させるため、なおかつ、ダオの譲渡に関しては誘拐するなどといった後ろめたい証拠を残さないため、大掛かりな企画を用意した。
こちらから手を下さずとも、大将を潰したいリュウ家は内輪揉めを起こして自滅してくれる。
これにてリュウホン派が大人しくなれば、派閥争いは鎮火に向かい、ウォン国内は大王派が一挙に政権を担うようになるだろう。
外交面では絶対的な立ち位置の帝国が味方につき、ウォン国は実質無敵だ。
———少々、上手くいきすぎではないだろうか。
彼の手腕は疑いようもないが、ユリンはランライを見つめる。
くるくると胸で廻る明暗の風車。
ユリンの心臓がどくりと跳ねる。
と、帝がランライに耳打ちをした。口元を扇子で覆い頷いたランライは、よく聞こえる響きのよい声で皆に告げる。
「帝殿のご寵愛を受けるダオ殿を無礼に扱ったとして、リュウ家の処罰は避けられないものと考えよ。代わりに必要な導術師はナーロン帝国より派遣される」
途端に、誰の背中に隠れていたのか、リュウ家へ下される処遇に怯えて小さくなっていたリュウジーが沸騰したように真っ赤な顔で怒鳴り散らした。
「ホンのところにいる青年を連れ出せと言いだしたのはそちらではないかっ! 私は悪くないぞっ!」
「そんな話は知らぬな」
「なにぃっ!」
そう言いランライに飛び掛かっていったリュウジーは呆気なくシャオレイに鎮圧された。
捕まえられたのちも、床に押さえつけられた男は恨みがましく睨みつける。
「大王と帝殿に仇を成そうとした罪人だ、直ちにつまみ出せ。ついでにリュウ家全員を縛っておくように。何をしでかすかわかったものではない」
ランライが命じる。直ぐに近衛兵が彼を連れて行き、リュウ家の人間は手足を縄で拘束された。ユリンと共に園庭で待ちぼうけたままだったリュウホンのところにも兵が駆け寄りお縄につける。
一件落着の場面に感じる、違和感。
直感。背中にゾワッと悪寒が駆け抜けた。同時にユリンは帯革に仕込んだ護符を飛ばした。向けた先はランライだ。
飛ばされた護符は、目標に届くまえに火花を散らして弾かれた。
「・・・・・・そこにいたのか、麗鬼」
無関係な複数名が顔を合わせあい騒めき出したが、大王と帝を含めてその場の多くがユリンの逆心を静観している。
ダオが反応を示さないのは、今でも記憶がこぼれ落ちているからだ。
「おやおや、ずいぶんと手荒なことをするのう」
「白々しくランライ殿の真似をしなくていい。・・・・・・これはなんだ? どういうことだ?」
ユリンは目を白黒させる。ランライは口を開いた。
「導術師殿よ、持論だが、私は常に見返りは平等に与えられるべきだと思っておる。不均等や不平等は双方に不満と諍いを生むだけ。では何を差し出せば、天下の大帝国が破格の条件で条約を結んでくれるかの?」
「そちらの皇帝陛下がダオを望んだのでは?」
「惜しいの。たしかにダオ殿も望まれた重要人だが、真の傾国の美女は彼ではないのだ」
「は?」
「まだわからんか、自分で気がついたではないか。こんなものまで投げてきおって」
焦げついた護符の切れ端を拾い、ランライが不敵に笑う。
「麗鬼・・・・・・? やはりお前は」
「これっ、そうすぐに護符をむけるな。導術師殿の言うとおり、麗鬼は私の胸にいる。しかし、私は麗鬼ではないぞ。いま導術師殿がこうして喋っているのも、れっきとした丞相ランライだ。麗鬼は私を乗っ取ろうとしたみたいだが、上手くいかなかったようでの」
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