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第5章 ユリン編・参
79 決着、別れの決意②
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酒屋があった場所まで戻ると、街並みは崩れた瓦礫で閑散としていた。リュウホンが腹いせに暴れ回ったのだろうか、目くらまし術によるものなのに打撃の影響を受けている。・・・・・・ように見える。
(緻密に術を操作するために、すぐそこで担当の術師に見られていたりして?)
まさか。目くらまし術を解いた敷地内を思い浮かべ、ユリンは唾を飲み込んだ。
(それより、リュウホンはどこに・・・・・・)
もはや自分の希望に近いが、リュウ家に裏切られ陥れられたリュウホンに、ダオは見つけられないようになっているのではないか。これだけの術を施せるのだ、不可能ではない。
(ぜひ、そうあってくれ。頼むぞ、シャオル)
願ったそのとき、鋭く空を切る音が聞こえ、ユリンの身体が吹き飛んだ。
武器は特定できないが、殴りつけられたのはわかった。めりめりと凄まじい力でそれが腹に食い込んでくる。
「ぐ・・・・・・かはっ」
迫り上がってきたものを吐き出すと、口のなかに錆びついた味が広がり地面が赤く染まった。
「立て、腰抜け」
倒れたユリンの胸ぐらをつかみリュウホンが唸る。鬼の形相をした男は木刀のような細長い棒切れを反対の手に持っていた。無防備なユリンは片手で持ち上げられ、したたかに頬を殴られる。
「・・・・・・うぐっ」
また口内が切れたのだろう、ぽたぽたと血が滴る。続けてこめかみを打たれ、視界がぼやけた。血濡れた包帯が外れて落ち、過去の古傷があらわになる。新しくできたあざが赤黒く腫れ、ユリンは痛みに顔を歪めた。
「どぶ色の、見るに耐えない醜い傷だな」
「よく言う・・・・・・。お前の呪いのせいだろうが」
ユリンが言い返すと、リュウホンは眉を吊り上げた。
「なんだと?」
「しらばっくれるなよ、麗鬼、お前はリュウホンに取り憑いているんだろう?」
「は、訳のわからないことを抜かすな。殴られすぎて頭が湧いたか?」
リュウホンは薄ら笑っていた。塵くずを見下ろしているような顔には、ユリンの話がまるで検討外れだと書いてある。
これは演技か? ダオに触れられない麗鬼が自身の代わりにリュウホンに近づいて獲物を連れ去らせ、目元の布を取らせたのではないのか。
ユリンはわからなくなった。
奴は移り香さえ残さず、人間を思いのままに操って好き勝手している。
この男にも誠と嘘を織り交ぜた甘言を吹き込み、リュウ家を掻き回し、焚き付けたとしか考えられない。
だが。
(そうか。俺は馬鹿だ)
睨み合い罵り合いながらユリンは確信した。
先ほど自分で思ったじゃないか、———リュウホンは裏切られ陥れられたと。ようは使い捨てられたあと。
ならば、今は違うのだ。今はリュウホンのところに麗鬼は取り憑いていない。
奴の行方が気になるところだが、ひとつ、気がついたことがある。
「おい、リュウホン」
大人しくやられているだけだったユリンは声色を変えた。
それから見えやすく魔導力を手に込め、突きつけられていた棒切れを粉々に握りつぶす。その手で胸元を掴み上げているリュウホンの拳を握ると、一瞬、怯んだように目に映ったのは見せかけではなかろう。
(浅ましい暴力で取り繕う間もなくなったか? リュウホン殿下?)
挑発的にほくそ笑んでやれば、リュウホンは顔を青ざめさせ、手荒くユリンを後ろに押し飛ばした。ユリンは無様に転倒したが、地に転がったまま腹を抱えて笑ってやった。
「殿下がなぜリュウ家にこだわり続けるのかが、やっとわかりましたよ。本来なら貴方は、王族家の姓を名乗るべきですものね。家を譲りたくないのは意地ですか? 心を真っ黒く腐らせた自尊心のためですか?」
「・・・・・・貴様、踏みつぶすぞ」
「ふっ、貴方にできますか? まあ、できるでしょうね。お得意の体術でなら」
ユリンが身体を起こすと、リュウホンは頬を引き攣らせ見せたことのない顔を見せる。
「魔導力が怖いですか? そうですよね。この世に生まれたときから、こんなに素晴らしいまじない術を目の当たりにしてきたんですものね。わかりますよ。俺もそうですから。導術師は幼いころからこれの危険性を知らしめられて育ち・・・・・・、誰しも憧れを抱く」
身近な大人。ユリンの場合は父親。幸運にもユリンは力に恵まれており、才能もあり、父から受け継いだ術を難なく使うことができた。
だがユリンにとって当たり前だった流れから、こぼれ落ちてしまう者もいる。
リュウホンの叔父がまさにそうだった。落ちこぼれの程度が違うだけで、リュウホンは叔父と同じだ。
「それでも貴方は叔父とちがって魔導力は持ち得ていた。しかし力はあるのに、修行を重ねても技術面が向上しなかった。貴方はがむしゃらになって身体を鍛え、武の才能の下にそれを隠した。どんな形であれ秀でているものがあれば、ひとは凄いと認めてくれる。そうして当主の席を守ろうとしたが、予期せぬ邪魔者が現れた。・・・・・・けれど、新しく優秀な後続が生まれたとしても、一家の長として人望さえあればふつうはそこまで焦る必要などない。仮に己れが落ちこぼれだったとしても、今後の一族の繁栄を祝って喜ぶだけだ。力を誇示し自身を着飾っても誰もついてこないぞ、リュウホン。そんなことよりも貴方は慕われる努力をすべきだった」
そう言いながらも、ユリンは臍を噛んでいた。かつてはリュウホンもしていたはずだ。シアン大王との仲が拗れるそのときまでは。
やはりここで、麗鬼の影が落ちたのだ。
しかしだからといって同情はするが許してはやれない。自尊心のためにダオを痛めつけた報いはきっちりと受けさせる。
(緻密に術を操作するために、すぐそこで担当の術師に見られていたりして?)
まさか。目くらまし術を解いた敷地内を思い浮かべ、ユリンは唾を飲み込んだ。
(それより、リュウホンはどこに・・・・・・)
もはや自分の希望に近いが、リュウ家に裏切られ陥れられたリュウホンに、ダオは見つけられないようになっているのではないか。これだけの術を施せるのだ、不可能ではない。
(ぜひ、そうあってくれ。頼むぞ、シャオル)
願ったそのとき、鋭く空を切る音が聞こえ、ユリンの身体が吹き飛んだ。
武器は特定できないが、殴りつけられたのはわかった。めりめりと凄まじい力でそれが腹に食い込んでくる。
「ぐ・・・・・・かはっ」
迫り上がってきたものを吐き出すと、口のなかに錆びついた味が広がり地面が赤く染まった。
「立て、腰抜け」
倒れたユリンの胸ぐらをつかみリュウホンが唸る。鬼の形相をした男は木刀のような細長い棒切れを反対の手に持っていた。無防備なユリンは片手で持ち上げられ、したたかに頬を殴られる。
「・・・・・・うぐっ」
また口内が切れたのだろう、ぽたぽたと血が滴る。続けてこめかみを打たれ、視界がぼやけた。血濡れた包帯が外れて落ち、過去の古傷があらわになる。新しくできたあざが赤黒く腫れ、ユリンは痛みに顔を歪めた。
「どぶ色の、見るに耐えない醜い傷だな」
「よく言う・・・・・・。お前の呪いのせいだろうが」
ユリンが言い返すと、リュウホンは眉を吊り上げた。
「なんだと?」
「しらばっくれるなよ、麗鬼、お前はリュウホンに取り憑いているんだろう?」
「は、訳のわからないことを抜かすな。殴られすぎて頭が湧いたか?」
リュウホンは薄ら笑っていた。塵くずを見下ろしているような顔には、ユリンの話がまるで検討外れだと書いてある。
これは演技か? ダオに触れられない麗鬼が自身の代わりにリュウホンに近づいて獲物を連れ去らせ、目元の布を取らせたのではないのか。
ユリンはわからなくなった。
奴は移り香さえ残さず、人間を思いのままに操って好き勝手している。
この男にも誠と嘘を織り交ぜた甘言を吹き込み、リュウ家を掻き回し、焚き付けたとしか考えられない。
だが。
(そうか。俺は馬鹿だ)
睨み合い罵り合いながらユリンは確信した。
先ほど自分で思ったじゃないか、———リュウホンは裏切られ陥れられたと。ようは使い捨てられたあと。
ならば、今は違うのだ。今はリュウホンのところに麗鬼は取り憑いていない。
奴の行方が気になるところだが、ひとつ、気がついたことがある。
「おい、リュウホン」
大人しくやられているだけだったユリンは声色を変えた。
それから見えやすく魔導力を手に込め、突きつけられていた棒切れを粉々に握りつぶす。その手で胸元を掴み上げているリュウホンの拳を握ると、一瞬、怯んだように目に映ったのは見せかけではなかろう。
(浅ましい暴力で取り繕う間もなくなったか? リュウホン殿下?)
挑発的にほくそ笑んでやれば、リュウホンは顔を青ざめさせ、手荒くユリンを後ろに押し飛ばした。ユリンは無様に転倒したが、地に転がったまま腹を抱えて笑ってやった。
「殿下がなぜリュウ家にこだわり続けるのかが、やっとわかりましたよ。本来なら貴方は、王族家の姓を名乗るべきですものね。家を譲りたくないのは意地ですか? 心を真っ黒く腐らせた自尊心のためですか?」
「・・・・・・貴様、踏みつぶすぞ」
「ふっ、貴方にできますか? まあ、できるでしょうね。お得意の体術でなら」
ユリンが身体を起こすと、リュウホンは頬を引き攣らせ見せたことのない顔を見せる。
「魔導力が怖いですか? そうですよね。この世に生まれたときから、こんなに素晴らしいまじない術を目の当たりにしてきたんですものね。わかりますよ。俺もそうですから。導術師は幼いころからこれの危険性を知らしめられて育ち・・・・・・、誰しも憧れを抱く」
身近な大人。ユリンの場合は父親。幸運にもユリンは力に恵まれており、才能もあり、父から受け継いだ術を難なく使うことができた。
だがユリンにとって当たり前だった流れから、こぼれ落ちてしまう者もいる。
リュウホンの叔父がまさにそうだった。落ちこぼれの程度が違うだけで、リュウホンは叔父と同じだ。
「それでも貴方は叔父とちがって魔導力は持ち得ていた。しかし力はあるのに、修行を重ねても技術面が向上しなかった。貴方はがむしゃらになって身体を鍛え、武の才能の下にそれを隠した。どんな形であれ秀でているものがあれば、ひとは凄いと認めてくれる。そうして当主の席を守ろうとしたが、予期せぬ邪魔者が現れた。・・・・・・けれど、新しく優秀な後続が生まれたとしても、一家の長として人望さえあればふつうはそこまで焦る必要などない。仮に己れが落ちこぼれだったとしても、今後の一族の繁栄を祝って喜ぶだけだ。力を誇示し自身を着飾っても誰もついてこないぞ、リュウホン。そんなことよりも貴方は慕われる努力をすべきだった」
そう言いながらも、ユリンは臍を噛んでいた。かつてはリュウホンもしていたはずだ。シアン大王との仲が拗れるそのときまでは。
やはりここで、麗鬼の影が落ちたのだ。
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