【中華BL】明天《めいてん》の恋文〜ぼくはもう一度『旦那さま』に恋をする

倉藤

文字の大きさ
上 下
80 / 91
第5章 ユリン編・参

79 決着、別れの決意②

しおりを挟む
 酒屋があった場所まで戻ると、街並みは崩れた瓦礫で閑散としていた。リュウホンが腹いせに暴れ回ったのだろうか、目くらまし術によるものなのに打撃の影響を受けている。・・・・・・ように見える。

(緻密に術を操作するために、すぐそこで担当の術師に見られていたりして?)

 まさか。目くらまし術を解いた敷地内を思い浮かべ、ユリンは唾を飲み込んだ。

(それより、リュウホンはどこに・・・・・・)

 もはや自分の希望に近いが、リュウ家に裏切られおとしいれられたリュウホンに、ダオは見つけられないようになっているのではないか。これだけの術を施せるのだ、不可能ではない。

(ぜひ、そうあってくれ。頼むぞ、シャオル)

 願ったそのとき、鋭く空を切る音が聞こえ、ユリンの身体が吹き飛んだ。
 武器は特定できないが、殴りつけられたのはわかった。めりめりと凄まじい力でそれが腹に食い込んでくる。

「ぐ・・・・・・かはっ」

 迫り上がってきたものを吐き出すと、口のなかに錆びついた味が広がり地面が赤く染まった。

「立て、腰抜け」

 倒れたユリンの胸ぐらをつかみリュウホンが唸る。鬼の形相をした男は木刀のような細長い棒切れを反対の手に持っていた。無防備なユリンは片手で持ち上げられ、したたかに頬を殴られる。

「・・・・・・うぐっ」

 また口内が切れたのだろう、ぽたぽたと血が滴る。続けてこめかみを打たれ、視界がぼやけた。血濡れた包帯が外れて落ち、過去の古傷があらわになる。新しくできたあざが赤黒く腫れ、ユリンは痛みに顔を歪めた。

「どぶ色の、見るに耐えない醜い傷だな」
「よく言う・・・・・・。お前の呪いのせいだろうが」

 ユリンが言い返すと、リュウホンは眉を吊り上げた。

「なんだと?」
「しらばっくれるなよ、麗鬼、お前はリュウホンに取り憑いているんだろう?」
「は、訳のわからないことを抜かすな。殴られすぎて頭が湧いたか?」

 リュウホンは薄ら笑っていた。ごみくずを見下ろしているような顔には、ユリンの話がまるで検討外れだと書いてある。
 これは演技か? ダオに触れられない麗鬼が自身の代わりにリュウホンに近づいて獲物を連れ去らせ、目元の布を取らせたのではないのか。
 ユリンはわからなくなった。
 奴は移り香さえ残さず、人間を思いのままに操って好き勝手している。
 この男にも誠と嘘を織り交ぜた甘言を吹き込み、リュウ家を掻き回し、焚き付けたとしか考えられない。
 だが。

(そうか。俺は馬鹿だ)

 睨み合い罵り合いながらユリンは確信した。
 先ほど自分で思ったじゃないか、———リュウホンは裏切られ陥れられたと。ようは使い捨てられた
 ならば、今は違うのだ。今はリュウホンのところに麗鬼は取り憑いていない。
 奴の行方が気になるところだが、ひとつ、気がついたことがある。

「おい、リュウホン」

 大人しくやられているだけだったユリンは声色を変えた。
 それから見えやすく魔導力を手に込め、突きつけられていた棒切れを粉々に握りつぶす。その手で胸元を掴み上げているリュウホンの拳を握ると、一瞬、怯んだように目に映ったのは見せかけではなかろう。

(浅ましい暴力で取り繕う間もなくなったか? リュウホン殿下?)

 挑発的にほくそ笑んでやれば、リュウホンは顔を青ざめさせ、手荒くユリンを後ろに押し飛ばした。ユリンは無様に転倒したが、地に転がったまま腹を抱えて笑ってやった。

「殿下がなぜリュウ家にこだわり続けるのかが、やっとわかりましたよ。本来なら貴方は、王族家の姓を名乗るべきですものね。家を譲りたくないのは意地ですか? 心を真っ黒く腐らせた自尊心プライドのためですか?」
「・・・・・・貴様、踏みつぶすぞ」
「ふっ、貴方にできますか? まあ、できるでしょうね。お得意のでなら」

 ユリンが身体を起こすと、リュウホンは頬を引き攣らせ見せたことのない顔を見せる。

「魔導力が怖いですか? そうですよね。この世に生まれたときから、こんなに素晴らしいまじない術を目の当たりにしてきたんですものね。わかりますよ。俺もそうですから。導術師は幼いころからこれの危険性を知らしめられて育ち・・・・・・、誰しも憧れを抱く」

 身近な大人。ユリンの場合は父親。幸運にもユリンは力に恵まれており、才能もあり、父から受け継いだ術を難なく使うことができた。
 だがユリンにとって当たり前だった流れから、こぼれ落ちてしまう者もいる。
 リュウホンの叔父がまさにそうだった。落ちこぼれの程度が違うだけで、リュウホンは叔父と同じだ。

「それでも貴方は叔父とちがって魔導力は持ち得ていた。しかし力はあるのに、修行を重ねても技術面が向上しなかった。貴方はがむしゃらになって身体を鍛え、武の才能の下にそれを隠した。どんな形であれひいでているものがあれば、ひとは凄いと認めてくれる。そうして当主の席を守ろうとしたが、予期せぬ邪魔者が現れた。・・・・・・けれど、新しく優秀な後続が生まれたとしても、一家の長として人望さえあればふつうはそこまで焦る必要などない。仮に己れが落ちこぼれだったとしても、今後の一族の繁栄を祝って喜ぶだけだ。力を誇示し自身を着飾っても誰もついてこないぞ、リュウホン。そんなことよりも貴方は慕われる努力をすべきだった」

 そう言いながらも、ユリンはほぞを噛んでいた。かつてはリュウホンもしていたはずだ。シアン大王との仲が拗れるそのときまでは。
 やはりここで、麗鬼の影が落ちたのだ。
 しかしだからといって同情はするが許してはやれない。自尊心のためにダオを痛めつけたむくいはきっちりと受けさせる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…

まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。 5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。 相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。 一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。 唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。 それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。 そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。 そこへ社会人となっていた澄と再会する。 果たして5年越しの恋は、動き出すのか? 表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】雨降らしは、腕の中。

N2O
BL
獣人の竜騎士 × 特殊な力を持つ青年 Special thanks illustration by meadow(@into_ml79) ※素人作品、ご都合主義です。温かな目でご覧ください。

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

「恋みたい」

悠里
BL
親友の二人が、相手の事が好きすぎるまま、父の転勤で離れて。 離れても親友のまま、連絡をとりあって、一年。 恋みたい、と気付くのは……? 桜の雰囲気とともにお楽しみ頂けたら🌸

処理中です...