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第5章 ユリン編・参
78 決着、別れの決意①
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シャオルの顔を見つめて、ユリンは言葉を切った。話をしているうちにユリン自身の気持ちも整理されたようだった。
「自分のせいで起きそうになった争いに心を痛め、ダオの身体は本能的に記憶を消したんだと思う。そうしなければきっと壊れてしまっていたから。俺は無神経だったんだ。ダオが止めてくれなければ俺は村人を皆殺しにしていた。いつまでも無邪気で無鉄砲な子どものままでいれるはずもなかったのに、そのあとにダオがどれだけ傷つくか考えもしなかった。俺自身も自分を責めた・・・・・・、でも、一方で俺はダオが記憶を失くしたことを良かったと思ってしまった」
目覚めたダオは幼いころに戻ったみたいに笑うようになった。
真っ白に明るいだけの心が、まるで作りもののようだと感じていたのに、ユリンは幸せだと思い込んだ。
ユリンは自分の幸せを、無理やりダオにも当てはめて納得させた。
・・・・・・それと。その理由だけだと言ってしまうのは詭弁かもしれない。
偽りの夫婦を演じていただけという真実を伝えて、ユリンはダオに愛されなくなるのが一番に怖かったのだ。
「シャオル」
ユリンの声に、シャオルがぴくんと肩を跳ねさせた。
「おりいってシャオルに頼みがある」
苦々しく唇を噛むシャオルに柔く微笑み、ユリンは続ける。
「俺はダオの伴侶でも旦那さまでもない。だから、ダオが俺に縛りつけられる理由はほんとうはないんだ。ダオを取り戻したい一心でここまでやってきたけれど、たぶん・・・・・・今はもう、ダオは俺を恐ろしい怪物とでも思っているだろう。恐ろしい男の元に帰ることはダオにとって幸せではない」
リュウホンの屋敷でダオに恐れられ拒否された瞬間が脳裏によぎり、ユリンは目頭を押さえて上を向いた。
「ずっと考えていたんだ。シャオルとシャオレイは野良の導術師じゃないね? どこかの国から派遣された導術師なんだろう? 君たちの、特にシャオレイの無駄のない動きを見ればわかる。この対決の趣旨から推測するなら、もしかしてシャオルたちの雇い主の狙いはダオじゃないのかな? きっとそうだよな」
うつむいたシャオルは答えられない。身振り手振りでも返事を返さない彼の反応が、肯定を表している。
「やっぱりな」
ユリンは頷き、最後の一言を添えた。
「シャオル、ダオを頼んだぞ」
「・・・・・・・・・・・・っっ!!!」
「いいんだ。シャオルの雇い主ならリュウホンよりはマシだろう。それから今後も様子を見に行って気にかけてやってほしい」
声を出せないシャオルは呻きながら掴みかかってくる。ユリンは睨みつけてくる少年を不意打ちで抱きすくめると、宙に放り投げた。
否応なく鳩に変化させられたシャオル。彼の背中には、ちょこんとねずみがしがみついていた。
「行ってくれ。そのねずみが案内してくれる」
ユリンは声をかける。いつになく真剣な眼差しを向ければ、鳩はバタバタッと怒って羽をばたつかせたあと、諦めたように濃霧が立ち込める空に消えていった。
◇
「さて」
———これで終わりじゃない。
リュウホンと、あいつと決着をつけないといけない。
不意にユリンとダオの前から姿を消し、現れなくなった麗鬼。
リュウホンとその屋敷からは、奴の匂いが感じられなかったために、自分の思いちがいだとしてきた。だがやはり、奴はまだウォン国内に潜んでいた。
ダオが連れ去られたのは不運なんかではない。
リュウホンがフーハン村を訪れたのも全てが仕組まれたこと。
テンヤン国で起きた過去の出来事を、麗鬼から教えられない限りあの男が知っているはずはないのだ。
ただ不思議なのは・・・・・・、物の怪を除ける目元の布を奪ったあとに、なぜ麗鬼はすぐにダオに近づかなかったのか。あれによってダオは護られていたのだから、取り去ってしまえばもう奴を阻む弊害はない。
しかし今いくら考えても、答えは見つからないだろう。
(それなら本人に聞くしかない)
そうしてユリンは踵を返した。
「自分のせいで起きそうになった争いに心を痛め、ダオの身体は本能的に記憶を消したんだと思う。そうしなければきっと壊れてしまっていたから。俺は無神経だったんだ。ダオが止めてくれなければ俺は村人を皆殺しにしていた。いつまでも無邪気で無鉄砲な子どものままでいれるはずもなかったのに、そのあとにダオがどれだけ傷つくか考えもしなかった。俺自身も自分を責めた・・・・・・、でも、一方で俺はダオが記憶を失くしたことを良かったと思ってしまった」
目覚めたダオは幼いころに戻ったみたいに笑うようになった。
真っ白に明るいだけの心が、まるで作りもののようだと感じていたのに、ユリンは幸せだと思い込んだ。
ユリンは自分の幸せを、無理やりダオにも当てはめて納得させた。
・・・・・・それと。その理由だけだと言ってしまうのは詭弁かもしれない。
偽りの夫婦を演じていただけという真実を伝えて、ユリンはダオに愛されなくなるのが一番に怖かったのだ。
「シャオル」
ユリンの声に、シャオルがぴくんと肩を跳ねさせた。
「おりいってシャオルに頼みがある」
苦々しく唇を噛むシャオルに柔く微笑み、ユリンは続ける。
「俺はダオの伴侶でも旦那さまでもない。だから、ダオが俺に縛りつけられる理由はほんとうはないんだ。ダオを取り戻したい一心でここまでやってきたけれど、たぶん・・・・・・今はもう、ダオは俺を恐ろしい怪物とでも思っているだろう。恐ろしい男の元に帰ることはダオにとって幸せではない」
リュウホンの屋敷でダオに恐れられ拒否された瞬間が脳裏によぎり、ユリンは目頭を押さえて上を向いた。
「ずっと考えていたんだ。シャオルとシャオレイは野良の導術師じゃないね? どこかの国から派遣された導術師なんだろう? 君たちの、特にシャオレイの無駄のない動きを見ればわかる。この対決の趣旨から推測するなら、もしかしてシャオルたちの雇い主の狙いはダオじゃないのかな? きっとそうだよな」
うつむいたシャオルは答えられない。身振り手振りでも返事を返さない彼の反応が、肯定を表している。
「やっぱりな」
ユリンは頷き、最後の一言を添えた。
「シャオル、ダオを頼んだぞ」
「・・・・・・・・・・・・っっ!!!」
「いいんだ。シャオルの雇い主ならリュウホンよりはマシだろう。それから今後も様子を見に行って気にかけてやってほしい」
声を出せないシャオルは呻きながら掴みかかってくる。ユリンは睨みつけてくる少年を不意打ちで抱きすくめると、宙に放り投げた。
否応なく鳩に変化させられたシャオル。彼の背中には、ちょこんとねずみがしがみついていた。
「行ってくれ。そのねずみが案内してくれる」
ユリンは声をかける。いつになく真剣な眼差しを向ければ、鳩はバタバタッと怒って羽をばたつかせたあと、諦めたように濃霧が立ち込める空に消えていった。
◇
「さて」
———これで終わりじゃない。
リュウホンと、あいつと決着をつけないといけない。
不意にユリンとダオの前から姿を消し、現れなくなった麗鬼。
リュウホンとその屋敷からは、奴の匂いが感じられなかったために、自分の思いちがいだとしてきた。だがやはり、奴はまだウォン国内に潜んでいた。
ダオが連れ去られたのは不運なんかではない。
リュウホンがフーハン村を訪れたのも全てが仕組まれたこと。
テンヤン国で起きた過去の出来事を、麗鬼から教えられない限りあの男が知っているはずはないのだ。
ただ不思議なのは・・・・・・、物の怪を除ける目元の布を奪ったあとに、なぜ麗鬼はすぐにダオに近づかなかったのか。あれによってダオは護られていたのだから、取り去ってしまえばもう奴を阻む弊害はない。
しかし今いくら考えても、答えは見つからないだろう。
(それなら本人に聞くしかない)
そうしてユリンは踵を返した。
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