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第5章 ユリン編・参
77 過去——片想いのなれの果て③
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しばらくは平穏に過ぎ。
ユリンとダオは仮の『伴侶』、ユリンは仮の『旦那さま』となった。祖国の家族や、麗鬼の脅威を忘れることはできないけれど、このまま周囲の目を騙しながら死ぬまでダオと暮らしていけたらと願望は強くなる一方だった。
ユリンは夢のような暮らしを守りたくて、念入りに時間をかけてフーハン村に結界を張っていた。
しかし突然、脅威は舞い戻ってきた。
物の怪は自身のつけた匂いをたどれる。父は麗鬼をテンヤン国の外に出さないよう尽力すると約束してくれたのに、奴の影は確実にダオに迫っていた。
最初の異変は不確かな第六感。老夫婦が亡くなったあとの空き小屋を買い取ったユリンたちは、村のなかで畑仕事をして暮らしていた。遠巻きにされていたユリンとは相反して、ダオは気さくに村人と打ち解けていた。盲目である彼に村人たちは優しく、ユリンが畑に出ているあいだは、そのそばで簡単な作業をしながらお喋りを楽しんでいた。
そんなとき、ダオが悲鳴をあげた。
何事かと見ると、膝の上に熱いお茶をこぼしてしまったらしかった。すぐに近くで休憩を取っていた数名が手当をしてくれ、ひどい火傷は免れたが、ユリンはかすかな違和感を覚えた。
それからも似たようなことが頻発した。
ダオの目が見えないのをいいことに、底意地の悪い悪戯をされているのではと考えられ、ダオのそばに潜んで聴き耳を立てていると、最悪にも捕まえた村人たちから麗鬼の気配が漂っていた。
直ちにユリンはダオを村人から遠ざけ、物の怪が触れられない特別な布を使い、ダオの目元を隠した。
結界を張ったフーハン村にいれば、どんな物の怪も直接手を出せない。麗鬼は村人たちの心に巣喰い、卑劣な方法で打撃を加えてきた。
毎日村人に陰険な嫌がらせを繰り返させ、追い詰められた二人が堕ちていくのを待っていたのだろう。
馴れ合いを好まないユリンとはちがい、あまつさえダオは人間の汚い部分を知らずに育った。人間の憎悪を一様に向けられたダオはワケがわからないまま心を痛めていた。さすがに居住地を移したほうがよいかと思われた矢先、決定的な出来事が起きた。
それが、ユリンとダオの運命を大きく変動させる。
これまでの御飯事じみた嫌がらせではなく、武器を手にした村人たちが全員で山小屋に押しかけて来たのだ。
本気で追い出しにかかってきた麗鬼にユリンは焦れていた。いっそのこと迎え撃ってやればいいと思った。くだらない口車に乗せられダオを虐げるフーハン村の連中ごと、麗鬼を葬り去ってしまえばいいと。
———呪いと呪いは同じ字を書く。
強すぎる呪いは、人間を殺せた。
けれど我慢の限界を越え、ユリンが立ちあがろうとしたとき、ダオはユリンの思惑を感じとったように首を振った。
感情を乱されていたユリンは、一度はダオの手を振り切ってしまう。それをダオは懸命に止めようとし、ある瞬間、窓を突き破った石がダオの額を直撃した。
ぐらついたダオは倒れ、ぐったりと動かなくなる。
「ダオ?」
ユリンの呼ぶ声に返答はなく、半狂乱になったユリンな怒りを外の連中にぶつけようとした。
だがそれでも、ダオは朦朧としながら意識を取り戻し、「ユリン、駄目だよ・・・・・・」と何度も何度も言い諭した。
結局ユリンは戦意を喪失し、小屋を出なかった。三日三晩、小屋に張り付いていた村人たちは気づけば消え、四日経つと外は静かになった。
村に降りてみれば、村人たちは毒気を抜かれたように元に戻っていたが、ダオは高熱を出してうなされ、目覚めたときには綺麗さっぱりそれ以前のことを忘れてしまっていた。
首を傾げたダオに二人の関係を訊かれたユリンは、咄嗟に嘘をついてしまう。
その日からユリンは、偽りであり本物のダオの『旦那さま』になった。
ダオはユリンの言うことを微塵も疑わずに信じたのだ。
それが十年前のこと。ユリンはダオを抱きしめて、またこっそりと涙した。
ユリンとダオは仮の『伴侶』、ユリンは仮の『旦那さま』となった。祖国の家族や、麗鬼の脅威を忘れることはできないけれど、このまま周囲の目を騙しながら死ぬまでダオと暮らしていけたらと願望は強くなる一方だった。
ユリンは夢のような暮らしを守りたくて、念入りに時間をかけてフーハン村に結界を張っていた。
しかし突然、脅威は舞い戻ってきた。
物の怪は自身のつけた匂いをたどれる。父は麗鬼をテンヤン国の外に出さないよう尽力すると約束してくれたのに、奴の影は確実にダオに迫っていた。
最初の異変は不確かな第六感。老夫婦が亡くなったあとの空き小屋を買い取ったユリンたちは、村のなかで畑仕事をして暮らしていた。遠巻きにされていたユリンとは相反して、ダオは気さくに村人と打ち解けていた。盲目である彼に村人たちは優しく、ユリンが畑に出ているあいだは、そのそばで簡単な作業をしながらお喋りを楽しんでいた。
そんなとき、ダオが悲鳴をあげた。
何事かと見ると、膝の上に熱いお茶をこぼしてしまったらしかった。すぐに近くで休憩を取っていた数名が手当をしてくれ、ひどい火傷は免れたが、ユリンはかすかな違和感を覚えた。
それからも似たようなことが頻発した。
ダオの目が見えないのをいいことに、底意地の悪い悪戯をされているのではと考えられ、ダオのそばに潜んで聴き耳を立てていると、最悪にも捕まえた村人たちから麗鬼の気配が漂っていた。
直ちにユリンはダオを村人から遠ざけ、物の怪が触れられない特別な布を使い、ダオの目元を隠した。
結界を張ったフーハン村にいれば、どんな物の怪も直接手を出せない。麗鬼は村人たちの心に巣喰い、卑劣な方法で打撃を加えてきた。
毎日村人に陰険な嫌がらせを繰り返させ、追い詰められた二人が堕ちていくのを待っていたのだろう。
馴れ合いを好まないユリンとはちがい、あまつさえダオは人間の汚い部分を知らずに育った。人間の憎悪を一様に向けられたダオはワケがわからないまま心を痛めていた。さすがに居住地を移したほうがよいかと思われた矢先、決定的な出来事が起きた。
それが、ユリンとダオの運命を大きく変動させる。
これまでの御飯事じみた嫌がらせではなく、武器を手にした村人たちが全員で山小屋に押しかけて来たのだ。
本気で追い出しにかかってきた麗鬼にユリンは焦れていた。いっそのこと迎え撃ってやればいいと思った。くだらない口車に乗せられダオを虐げるフーハン村の連中ごと、麗鬼を葬り去ってしまえばいいと。
———呪いと呪いは同じ字を書く。
強すぎる呪いは、人間を殺せた。
けれど我慢の限界を越え、ユリンが立ちあがろうとしたとき、ダオはユリンの思惑を感じとったように首を振った。
感情を乱されていたユリンは、一度はダオの手を振り切ってしまう。それをダオは懸命に止めようとし、ある瞬間、窓を突き破った石がダオの額を直撃した。
ぐらついたダオは倒れ、ぐったりと動かなくなる。
「ダオ?」
ユリンの呼ぶ声に返答はなく、半狂乱になったユリンな怒りを外の連中にぶつけようとした。
だがそれでも、ダオは朦朧としながら意識を取り戻し、「ユリン、駄目だよ・・・・・・」と何度も何度も言い諭した。
結局ユリンは戦意を喪失し、小屋を出なかった。三日三晩、小屋に張り付いていた村人たちは気づけば消え、四日経つと外は静かになった。
村に降りてみれば、村人たちは毒気を抜かれたように元に戻っていたが、ダオは高熱を出してうなされ、目覚めたときには綺麗さっぱりそれ以前のことを忘れてしまっていた。
首を傾げたダオに二人の関係を訊かれたユリンは、咄嗟に嘘をついてしまう。
その日からユリンは、偽りであり本物のダオの『旦那さま』になった。
ダオはユリンの言うことを微塵も疑わずに信じたのだ。
それが十年前のこと。ユリンはダオを抱きしめて、またこっそりと涙した。
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