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第5章 ユリン編・参
76 過去——片想いのなれの果て②
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ダオに例のことが伝えられたのは翌日。
しばし茫然とし、ダオは椅子に座って話を聞いていたことも忘れて脚を踏み出そうとしたり、お茶を出していないのに湯呑みを手で探したり、目いっぱい混乱したあと号泣した。
ユリンは見ていられなくて目を逸らしたが、それではいけないとダオの手を優しく取った。
「俺がついてるよ、ダオ」
「でも、でも・・・・・・僕は目が見えなくなったばかりなのに・・・・・・」
このころのダオは十二歳。平静を保っていられなくても仕方がなかった。
「国を出て暮らせなんて、できっこない!」
と、泣きわめくダオをなだめ、ユリンは唇を噛む。
テンヤン国には何があっても遵守されなければいけない決まりがあった。
古から、呪いが人間から人間に伝染するものだと考えられてきたこの国では、民を守る手段として呪いを受けた者を『追放』する。
そうしなければ国は内から腐り落ち、滅びるとまで言い伝えられている。
導術師らの研究によって見聞が深まり、伝承はあくまで伝承に過ぎないと認識されていた当時も、その習慣は残されていた。
大人も子どもも、身分も関係なく、一度でも呪いを受けた者は二度とテンヤン国で暮らせなくなるのだ。
ユリンはダオと共に追放されるために地獄のふちから戻ってきた。
「俺もいっしょに追放だから」
いくらそう励ましても、ユリンの声は、当初はダオに届いていなかった。
ダオは不安定になり、さらには目のこと、そしてユリンの身体の状態のこと、様々なことを考慮されて、二人には追放までの猶予がもう一年間与えられた。
その間、ユリンは父に特別に稽古をつけてもらい、まじない術の修行に励んだ。先天的な才能に恵まれていたユリンは父からの教えを頭と身体に叩き込み、一年後には一人前の導術師へ文句なしの成長を遂げていた。
塞ぎ込みがちになったダオを支えてやるために、死にものぐるいで力をつけたのだった。
追放の日、ユリンとダオはたった二人で国を出た。追放者は見送ってはいけないのが決まりだった。だれにも背中を押してもらえなくても、ユリンは平気だった。ユリンはダオの手を引いていた。
心許なく震えるダオの手。ダオの手を引く役目を与えられ、ユリンは誇らしくも感じていた。
◇
ユリンが十五歳、ダオが十三歳。体格でいえばユリンはじゅうぶん大人になった。古傷が目立つ顔は良い意味でも役立ち、襲われる心配も少なかった。生活に困らないだけの金品は持たされているので、のんびりとさすらい、ただただ祖国から遠ざかることだけを目指して旅をした。
心が大人になるごとに、ダオは少しずつ現実を受け入れだした。ダオは決して頭が鈍い子ではなかったから、もしかしたら話を聞いた瞬間にちゃんと理解していたことを、ようやく認めたのかもしれなかった。
「この旅は悪くないね」
ある日にダオがそう言った。
「ユリンがいてくれるし。ほんとうは目が見えなくなったせいで、家から自由に出られなくなって、窮屈な暮らしに変わってしまうことが怖かったから」
その日を境にダオは明るさと笑顔を取り戻した。
訪れた先々でいちばん大きな街に寄り、美味しいものを食べ、生まれてはじめて聴くような賑やかで新鮮な人びとの営みの音をたくさん耳にした。
テンヤン国を出て二年、やがて二人はウォン国にたどり着く。ウォン国はユリンが見てきたなかでも格段に広く栄えた国だった。
戦で領土を広げ、大王国となって数十年。
しかし食事処で相席した街のひとが
「ウォン国が邪魔になってあちらさんの国々は右手側に攻め入れないみたいだね。ま、そうでなくても偉い強い国があるみてぇだから滅多に手を出せないんだろう」
と、ユリンに教えてくれたのだ。ここで言う「右手側」とは地図上の位置を示し、すなわちユリンたちが旅をしてきた道すじを意味していた。
二人が通ってきた側は平和だったけれど、ウォン国のむこうは乱れた戦情勢が続いているようだった。
他国同様に通過する予定だったのだが、そろそろ金を蓄えたいと思っていたころでもあり、ユリンはダオと相談して、ひとまずウォン国に身を置くことに決めた。
最初の数ヶ月は国境からいちばん近い城都市で暮らしていたのだが、そこで危惧していた事態が起きる。
十五歳になっていたダオに嫌な虫がつきはじめたのだ。外に働きに出ていたユリンは一日中そばに付いていてやれない。ひとりになったダオを狙って、よからぬことをしでかそうとする男はあとを絶たなかった。
話し合いの末、二人は農村地を転々と移り、腰を落ち着けたのがフーハン村だった。
地図上の左側に位置する村は人気がまばらで、静かに暮らしていくには良い環境だった。
けれど、どこへ行っても若い男の二人組は盗賊と思われて怪しまれる。
苦肉の策として、ユリンとダオは連れ合いを装った。
提案を持ちかけたのはもちろんユリンだった。
男どうしの恋愛はあまり見かけないが、禁止されてはいない。表立っていなくとも、王侯貴族に男色趣味が多いことを皆知っていた。
恋心ゆえの色眼鏡を差し引いても、ダオは女性に劣らない美しさをもっていたので、村長らの腑に落ちるさまは滑らかだった。
しばし茫然とし、ダオは椅子に座って話を聞いていたことも忘れて脚を踏み出そうとしたり、お茶を出していないのに湯呑みを手で探したり、目いっぱい混乱したあと号泣した。
ユリンは見ていられなくて目を逸らしたが、それではいけないとダオの手を優しく取った。
「俺がついてるよ、ダオ」
「でも、でも・・・・・・僕は目が見えなくなったばかりなのに・・・・・・」
このころのダオは十二歳。平静を保っていられなくても仕方がなかった。
「国を出て暮らせなんて、できっこない!」
と、泣きわめくダオをなだめ、ユリンは唇を噛む。
テンヤン国には何があっても遵守されなければいけない決まりがあった。
古から、呪いが人間から人間に伝染するものだと考えられてきたこの国では、民を守る手段として呪いを受けた者を『追放』する。
そうしなければ国は内から腐り落ち、滅びるとまで言い伝えられている。
導術師らの研究によって見聞が深まり、伝承はあくまで伝承に過ぎないと認識されていた当時も、その習慣は残されていた。
大人も子どもも、身分も関係なく、一度でも呪いを受けた者は二度とテンヤン国で暮らせなくなるのだ。
ユリンはダオと共に追放されるために地獄のふちから戻ってきた。
「俺もいっしょに追放だから」
いくらそう励ましても、ユリンの声は、当初はダオに届いていなかった。
ダオは不安定になり、さらには目のこと、そしてユリンの身体の状態のこと、様々なことを考慮されて、二人には追放までの猶予がもう一年間与えられた。
その間、ユリンは父に特別に稽古をつけてもらい、まじない術の修行に励んだ。先天的な才能に恵まれていたユリンは父からの教えを頭と身体に叩き込み、一年後には一人前の導術師へ文句なしの成長を遂げていた。
塞ぎ込みがちになったダオを支えてやるために、死にものぐるいで力をつけたのだった。
追放の日、ユリンとダオはたった二人で国を出た。追放者は見送ってはいけないのが決まりだった。だれにも背中を押してもらえなくても、ユリンは平気だった。ユリンはダオの手を引いていた。
心許なく震えるダオの手。ダオの手を引く役目を与えられ、ユリンは誇らしくも感じていた。
◇
ユリンが十五歳、ダオが十三歳。体格でいえばユリンはじゅうぶん大人になった。古傷が目立つ顔は良い意味でも役立ち、襲われる心配も少なかった。生活に困らないだけの金品は持たされているので、のんびりとさすらい、ただただ祖国から遠ざかることだけを目指して旅をした。
心が大人になるごとに、ダオは少しずつ現実を受け入れだした。ダオは決して頭が鈍い子ではなかったから、もしかしたら話を聞いた瞬間にちゃんと理解していたことを、ようやく認めたのかもしれなかった。
「この旅は悪くないね」
ある日にダオがそう言った。
「ユリンがいてくれるし。ほんとうは目が見えなくなったせいで、家から自由に出られなくなって、窮屈な暮らしに変わってしまうことが怖かったから」
その日を境にダオは明るさと笑顔を取り戻した。
訪れた先々でいちばん大きな街に寄り、美味しいものを食べ、生まれてはじめて聴くような賑やかで新鮮な人びとの営みの音をたくさん耳にした。
テンヤン国を出て二年、やがて二人はウォン国にたどり着く。ウォン国はユリンが見てきたなかでも格段に広く栄えた国だった。
戦で領土を広げ、大王国となって数十年。
しかし食事処で相席した街のひとが
「ウォン国が邪魔になってあちらさんの国々は右手側に攻め入れないみたいだね。ま、そうでなくても偉い強い国があるみてぇだから滅多に手を出せないんだろう」
と、ユリンに教えてくれたのだ。ここで言う「右手側」とは地図上の位置を示し、すなわちユリンたちが旅をしてきた道すじを意味していた。
二人が通ってきた側は平和だったけれど、ウォン国のむこうは乱れた戦情勢が続いているようだった。
他国同様に通過する予定だったのだが、そろそろ金を蓄えたいと思っていたころでもあり、ユリンはダオと相談して、ひとまずウォン国に身を置くことに決めた。
最初の数ヶ月は国境からいちばん近い城都市で暮らしていたのだが、そこで危惧していた事態が起きる。
十五歳になっていたダオに嫌な虫がつきはじめたのだ。外に働きに出ていたユリンは一日中そばに付いていてやれない。ひとりになったダオを狙って、よからぬことをしでかそうとする男はあとを絶たなかった。
話し合いの末、二人は農村地を転々と移り、腰を落ち着けたのがフーハン村だった。
地図上の左側に位置する村は人気がまばらで、静かに暮らしていくには良い環境だった。
けれど、どこへ行っても若い男の二人組は盗賊と思われて怪しまれる。
苦肉の策として、ユリンとダオは連れ合いを装った。
提案を持ちかけたのはもちろんユリンだった。
男どうしの恋愛はあまり見かけないが、禁止されてはいない。表立っていなくとも、王侯貴族に男色趣味が多いことを皆知っていた。
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