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第5章 ユリン編・参
71 過去——鬼の潜む湖①
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・・・・・・ダオの記憶は、以前にも一度失われている。
二人が生まれたのはウォン国ではない小さな国。テンヤン国という地名で、湖が三つもあった。山は大きいのがひとつ。国土の三分の二を大自然に支配されており、人間が住めるように開拓された居住区は一箇所に固められ、他に街や村はなかった。一千万人規模の城都市が七つ点在するウォン国と比べて、総国民数は国全体でも十分の一程度だっただろう。
小国ではあったが弱国ではなく、歴史のなかでほとんど形を変えずに生き残ってきた特殊な経緯がある。集落であったころの名残りから、王族や皇族はいなかった。身分制度は大国ほど重要視されておらず、国を取りまとめる最高位は頭——トウ——と呼ばれていた。
テンヤン国が列国の干渉を受けないでいられたのには、数多くの導術師の働きがあったから。
豊富な自然は導術師の修行にうってつけだった。国内に優秀な導術師の名家が永住していたために、どの国も手を出してはならないという暗黙条約のようなものが存在していた。
ユリンはその家の息子。
一方のダオは、ユリンが生まれて二年後にテンヤン国の頭家で産声をあげる。生まれた当時は頭一族に与えられる姓を持ちトウダオという名前であったが、ダオはこの名が嫌いだった。
トウ家の誰誰さまと呼ばれ、特別視されることが我慢ならなかったのだ。
国民らの認識が薄いとはいえ、普通の家の子どもとは異なった贔屓目で見られる。そういった扱いの差は皆無ではなかった。
互いに似たような境遇にいたユリンとダオは幼いころから顔を合わせる機会が多かった。国を担う家系どうし、繋がりは親密だった。
しかしながら幼いユリンは己れの才能ゆえに塞ぎ込みがちな子どもで、友だちはひとりもいなかった。恵まれた魔導力のせいで人の心が見えすぎたのだ。
ひとに話しかけられたときに、ユリンの目は最初に胸にいく。本音と建前。賢かったユリンは人間付き合いにおけるイロハを早くから理解していた。
けれどもなかには本気の悪意も混じっている。まだ知る必要のない時期から、ちぐはぐな心と口に翻弄され、自分自身が家族以外の人間と関わりあうことには尻込みしていた。
ユリンのほうから友だちを作ることは一度たりともなかったが、ダオの場合は例外だった。
頭家と導術師一族の会合の場に二人はいた。場所は頭家の屋敷。暇を持て余した子どもたちが部屋の外に何人もいたが、ユリンはそこには混ざらず、じっと大人たちの話を聞いていた。
ユリンは気がついていなかったけれど、そんなユリンをもの珍しく思って、ダオが向かい側の席から彼を見つめていた。
会合が長引くほどにパラパラと子どもたちが離脱していくなかで、ユリンとダオは毎回最後まで話し合いの席につき、立つことはなかった。
ある日、子どもには聞かせられない話だからという理由で、会合の途中に追い出されたときがあった。
仕方なく部屋を出たユリンであったが、すっかり遊びに夢中の子どもたちの仲間に入るつもりはない。行き場がなく、ぽつんと片隅でうずくまっていると、「隣り座ってもいい?」と長い銀髪の男の子に話しかけられた。
幼くも質のよい衣装を着て清廉さをまとった少年は頭家の子だとわかる。その特異な髪色のせいだろうか、子どもたちの輪に入っていても、飛び抜けて浮世離れして見えただろう。
ユリンは返事を返さなかったが、その子は気にする様子もなく腰掛けた。ユリンと異なり快活そうな表情。瞳は髪色と揃いで輝くように明るい。微笑みながら子どもたちの遊びを眺め、たまに手を振る。
「混ざらないの?」
不思議に思って訊ねてみると、その子は「うん」と頷き、「今は遊びたい気分じゃないし」となんの気なしに笑って答えた。
(あぁ・・・・・・そういえばこの子も、いつも最後まで会合部屋に残っていた)
ユリンはこのときに初めてダオをしっかりと認識した。
もちろん暗い事情で彼らのなかに入りたくない自分とは、まるでちがう理由であることも瞬時に理解できたけれど。『素直』な子だなと、ユリンはその子を見つめ返すことができた。
———この子の心は見ていて安らぐ。
そう思え、ダオとだけは、安心して話ができたのだった。
二人が生まれたのはウォン国ではない小さな国。テンヤン国という地名で、湖が三つもあった。山は大きいのがひとつ。国土の三分の二を大自然に支配されており、人間が住めるように開拓された居住区は一箇所に固められ、他に街や村はなかった。一千万人規模の城都市が七つ点在するウォン国と比べて、総国民数は国全体でも十分の一程度だっただろう。
小国ではあったが弱国ではなく、歴史のなかでほとんど形を変えずに生き残ってきた特殊な経緯がある。集落であったころの名残りから、王族や皇族はいなかった。身分制度は大国ほど重要視されておらず、国を取りまとめる最高位は頭——トウ——と呼ばれていた。
テンヤン国が列国の干渉を受けないでいられたのには、数多くの導術師の働きがあったから。
豊富な自然は導術師の修行にうってつけだった。国内に優秀な導術師の名家が永住していたために、どの国も手を出してはならないという暗黙条約のようなものが存在していた。
ユリンはその家の息子。
一方のダオは、ユリンが生まれて二年後にテンヤン国の頭家で産声をあげる。生まれた当時は頭一族に与えられる姓を持ちトウダオという名前であったが、ダオはこの名が嫌いだった。
トウ家の誰誰さまと呼ばれ、特別視されることが我慢ならなかったのだ。
国民らの認識が薄いとはいえ、普通の家の子どもとは異なった贔屓目で見られる。そういった扱いの差は皆無ではなかった。
互いに似たような境遇にいたユリンとダオは幼いころから顔を合わせる機会が多かった。国を担う家系どうし、繋がりは親密だった。
しかしながら幼いユリンは己れの才能ゆえに塞ぎ込みがちな子どもで、友だちはひとりもいなかった。恵まれた魔導力のせいで人の心が見えすぎたのだ。
ひとに話しかけられたときに、ユリンの目は最初に胸にいく。本音と建前。賢かったユリンは人間付き合いにおけるイロハを早くから理解していた。
けれどもなかには本気の悪意も混じっている。まだ知る必要のない時期から、ちぐはぐな心と口に翻弄され、自分自身が家族以外の人間と関わりあうことには尻込みしていた。
ユリンのほうから友だちを作ることは一度たりともなかったが、ダオの場合は例外だった。
頭家と導術師一族の会合の場に二人はいた。場所は頭家の屋敷。暇を持て余した子どもたちが部屋の外に何人もいたが、ユリンはそこには混ざらず、じっと大人たちの話を聞いていた。
ユリンは気がついていなかったけれど、そんなユリンをもの珍しく思って、ダオが向かい側の席から彼を見つめていた。
会合が長引くほどにパラパラと子どもたちが離脱していくなかで、ユリンとダオは毎回最後まで話し合いの席につき、立つことはなかった。
ある日、子どもには聞かせられない話だからという理由で、会合の途中に追い出されたときがあった。
仕方なく部屋を出たユリンであったが、すっかり遊びに夢中の子どもたちの仲間に入るつもりはない。行き場がなく、ぽつんと片隅でうずくまっていると、「隣り座ってもいい?」と長い銀髪の男の子に話しかけられた。
幼くも質のよい衣装を着て清廉さをまとった少年は頭家の子だとわかる。その特異な髪色のせいだろうか、子どもたちの輪に入っていても、飛び抜けて浮世離れして見えただろう。
ユリンは返事を返さなかったが、その子は気にする様子もなく腰掛けた。ユリンと異なり快活そうな表情。瞳は髪色と揃いで輝くように明るい。微笑みながら子どもたちの遊びを眺め、たまに手を振る。
「混ざらないの?」
不思議に思って訊ねてみると、その子は「うん」と頷き、「今は遊びたい気分じゃないし」となんの気なしに笑って答えた。
(あぁ・・・・・・そういえばこの子も、いつも最後まで会合部屋に残っていた)
ユリンはこのときに初めてダオをしっかりと認識した。
もちろん暗い事情で彼らのなかに入りたくない自分とは、まるでちがう理由であることも瞬時に理解できたけれど。『素直』な子だなと、ユリンはその子を見つめ返すことができた。
———この子の心は見ていて安らぐ。
そう思え、ダオとだけは、安心して話ができたのだった。
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