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第4章 ユリン編・弐
70 対抗戦の行方——因縁②
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しかし振り返ると、赤い壁の迷宮路が跡形もなく消えていた。
「ぅええ!?」
情けない声も出よう。悪態をつきながら、ユリンは代わりに広がっている王都街に逃げ出した。
迷宮路と違い、街の通路は一本道だけではない。
右折と左折ができる丁字路、十字路、さらには両脇の家屋に身を隠すことが可能だった。
だが武将の感というものがあるのか、生きた人間どうしの戦いの場ではリュウホンが一枚上手だ。ユリンが酒屋を見つけて侵入すると、先回りされており、狭い店内の勘定台に行儀悪く腰掛けたリュウホンと鉢合わせる結果となってしまった。
「ユリン、なぜ逃げる、追いかけっこは楽しいか?」
リュウホンは腰を上げるとわざとゆっくりと歩いてきた。ユリンは後ずさりして後ろでに戸を引いたが、開けられなくなっている。
それがこの男の仕業なのか、銀餡亭に張り巡らされた目くらまし術の仕業なのかはどうでもいい。
———詰んだ。
もはや逃げの一手は使えなくなった。
「楽しんでいるところ悪いが遊びはお終いだ。俺のダオが待っている。だが貴様にはいろいろと世話になったゆえ、その前にお灸をたっぷり据えてやらねばならないな」
「何をする気だ」
その問いには答えず、リュウホンは息をつくとユリンの額を鷲掴み、頭を壁に叩きつけた。
「・・・・・・っ、うっ!」
後頭部がめり込み壁にヒビが走る。激痛に目を剥いたユリンは、気を失わないために奥歯をきつく噛み締めた。
衝撃で結び目がほつれ、左の額から頬にかけて白く長い包帯が垂れ下がる。半端にあらわになった傷だらけの顔。リュウホンはユリンの前髪を掴み上げて、目をすがめた。
「忌々しい」
「何を言う・・・・・・ッ」
ユリンは引き攣った頭皮の痛みに呻きながら抵抗するが、瞳孔の開いた双眸で見詰められ、喉が乾いて息苦しくなった。
「瞳を失くす前のダオは、さぞや麗しかったろうな?」
「な・・・に・・・・・・」
「貴様はダオに否定をしなかった。ならば事実だと受け取る他ない」
「リュウホン・・・・・・離せっ」
「教えろ。ダオの瞳はどんな色をしていた? どんな景色を映していた? 答えぬつもりなら貴様の目も抉り取ってやらねば気が済まん」
苦痛の訴えを無視し、リュウホンは囁くように問うた。
「・・・・・・ぐ」
ユリンは眼前に迫りくる指先を凝視したまま、見開いた目を閉じられなくなった。
今のリュウホンが冗談を言うなんて馬鹿な話はない。怒りに理性を奪われ冷静さを欠いた男の顔は本気だ。
(・・・・・・ここまでか)
やり返さなければ、ものの数秒後にはユリンの目玉はくり抜かれてしまうだろう。
ユリンは意を決して自身の腰当て帯革に手を伸ばし、道具を指で確かめて選び抜く。そして魔導力を込めようとした瞬間、リュウホンの身体が揺らいだ・・・・・・?
ユリンは瞬きをする。どすんっと、かなりの勢いでリュウホンの頭の上に何かが落下してきたのだ。
木造の屋根を突き破って、なんと鳩が転げ落ちて来た。
「助かった」
小さな個体だけれど、全力の速さで激突されれば脳内が揺れて立っていられなくなる。
思ったとおり、リュウホンは頭を押さえてふらついた。
ユリンはその隙を突いて戸を蹴破り、床に伸びてしまった鳩を抱えて外に出た。
リュウホンが追ってこられないうちに、出来るだけ遠くに。ユリンは脇目も振らずに走りつづけ、目を覚ましたシャオルの第一声を聞くまで脚を止めなかった。
◇
ずいぶんと走って来たと思うのに、うんざりするほど街の景色は変わらない。
「~~~っっ!!」
ユリンの腕を抜け出し飛び上がった鳩は、一瞬で人間のシャオルに姿形を変えた。ぴょこんとした一本のおさげ髪、子どものシャオル。
シャオルは変化を解くと、ユリンの服の袖を掴んだ。
うんともすんとも声は出ていないが、切願するような目線でわかる。
「リュウホンとの話を聞いてたんだな。うん・・・・・・、そうだ。俺はダオにしたことを否定できない。ごめんなシャオル。お前にとっても俺は仇みたいなもんだな」
シャオルは目を瞠ったあとにうつむき、握った袖をくいくいと引っ張った。
「ん、なんだ?」
ユリンがシャオルの顔を見ると、喋れない彼は首を横に振った。それからじっとユリンの目を見つめてくる。
「・・・・・・聞きたいのか?」
まさかと疑いつつもそう言ってみると、シャオルは頷いた。真剣な目をした少年は、口を真一文字に引き結んでいる。
大きく息を吸って吐き出すあいだにユリンは思い迷い———
(この子になら)
と、口を開こうと決めた。
「ぅええ!?」
情けない声も出よう。悪態をつきながら、ユリンは代わりに広がっている王都街に逃げ出した。
迷宮路と違い、街の通路は一本道だけではない。
右折と左折ができる丁字路、十字路、さらには両脇の家屋に身を隠すことが可能だった。
だが武将の感というものがあるのか、生きた人間どうしの戦いの場ではリュウホンが一枚上手だ。ユリンが酒屋を見つけて侵入すると、先回りされており、狭い店内の勘定台に行儀悪く腰掛けたリュウホンと鉢合わせる結果となってしまった。
「ユリン、なぜ逃げる、追いかけっこは楽しいか?」
リュウホンは腰を上げるとわざとゆっくりと歩いてきた。ユリンは後ずさりして後ろでに戸を引いたが、開けられなくなっている。
それがこの男の仕業なのか、銀餡亭に張り巡らされた目くらまし術の仕業なのかはどうでもいい。
———詰んだ。
もはや逃げの一手は使えなくなった。
「楽しんでいるところ悪いが遊びはお終いだ。俺のダオが待っている。だが貴様にはいろいろと世話になったゆえ、その前にお灸をたっぷり据えてやらねばならないな」
「何をする気だ」
その問いには答えず、リュウホンは息をつくとユリンの額を鷲掴み、頭を壁に叩きつけた。
「・・・・・・っ、うっ!」
後頭部がめり込み壁にヒビが走る。激痛に目を剥いたユリンは、気を失わないために奥歯をきつく噛み締めた。
衝撃で結び目がほつれ、左の額から頬にかけて白く長い包帯が垂れ下がる。半端にあらわになった傷だらけの顔。リュウホンはユリンの前髪を掴み上げて、目をすがめた。
「忌々しい」
「何を言う・・・・・・ッ」
ユリンは引き攣った頭皮の痛みに呻きながら抵抗するが、瞳孔の開いた双眸で見詰められ、喉が乾いて息苦しくなった。
「瞳を失くす前のダオは、さぞや麗しかったろうな?」
「な・・・に・・・・・・」
「貴様はダオに否定をしなかった。ならば事実だと受け取る他ない」
「リュウホン・・・・・・離せっ」
「教えろ。ダオの瞳はどんな色をしていた? どんな景色を映していた? 答えぬつもりなら貴様の目も抉り取ってやらねば気が済まん」
苦痛の訴えを無視し、リュウホンは囁くように問うた。
「・・・・・・ぐ」
ユリンは眼前に迫りくる指先を凝視したまま、見開いた目を閉じられなくなった。
今のリュウホンが冗談を言うなんて馬鹿な話はない。怒りに理性を奪われ冷静さを欠いた男の顔は本気だ。
(・・・・・・ここまでか)
やり返さなければ、ものの数秒後にはユリンの目玉はくり抜かれてしまうだろう。
ユリンは意を決して自身の腰当て帯革に手を伸ばし、道具を指で確かめて選び抜く。そして魔導力を込めようとした瞬間、リュウホンの身体が揺らいだ・・・・・・?
ユリンは瞬きをする。どすんっと、かなりの勢いでリュウホンの頭の上に何かが落下してきたのだ。
木造の屋根を突き破って、なんと鳩が転げ落ちて来た。
「助かった」
小さな個体だけれど、全力の速さで激突されれば脳内が揺れて立っていられなくなる。
思ったとおり、リュウホンは頭を押さえてふらついた。
ユリンはその隙を突いて戸を蹴破り、床に伸びてしまった鳩を抱えて外に出た。
リュウホンが追ってこられないうちに、出来るだけ遠くに。ユリンは脇目も振らずに走りつづけ、目を覚ましたシャオルの第一声を聞くまで脚を止めなかった。
◇
ずいぶんと走って来たと思うのに、うんざりするほど街の景色は変わらない。
「~~~っっ!!」
ユリンの腕を抜け出し飛び上がった鳩は、一瞬で人間のシャオルに姿形を変えた。ぴょこんとした一本のおさげ髪、子どものシャオル。
シャオルは変化を解くと、ユリンの服の袖を掴んだ。
うんともすんとも声は出ていないが、切願するような目線でわかる。
「リュウホンとの話を聞いてたんだな。うん・・・・・・、そうだ。俺はダオにしたことを否定できない。ごめんなシャオル。お前にとっても俺は仇みたいなもんだな」
シャオルは目を瞠ったあとにうつむき、握った袖をくいくいと引っ張った。
「ん、なんだ?」
ユリンがシャオルの顔を見ると、喋れない彼は首を横に振った。それからじっとユリンの目を見つめてくる。
「・・・・・・聞きたいのか?」
まさかと疑いつつもそう言ってみると、シャオルは頷いた。真剣な目をした少年は、口を真一文字に引き結んでいる。
大きく息を吸って吐き出すあいだにユリンは思い迷い———
(この子になら)
と、口を開こうと決めた。
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