63 / 91
第4章 ユリン編・弐
62 丞相ランライの戦い方——五分五分②
しおりを挟む
ユリンは皆と共にランライに注目する。
「妙案を思いついた。皆のもの聞きたまえ」
「もう聞いてますよ」
「うむ、そうじゃったな」
扇子を唇に当てる妖艶な仕草で、ランライが目を細めた。
「先日催された雪花見のような会を、我々も開こうと思う」
「また花見をするんですか?」
「ちがう。見せものにするのは花ではなく、彼らだ」
ゆるやかに、ランライの口元の扇子がユリンの方向にむく。
「え?」
「導術師どうしの対決。どうだ? 面白そうだろう」
大王派閥の導術師フェンひとりと、リュウホン派閥のリュウ家の総勢。どうあっても勝てる見込みは低い。
「もしもうちの導術師殿が勝利すれば、見物人のお偉い連中にこれでもかと実力を見せつけられる」
「勝てる可能性は低いですよ」
「やってみなければわからない。もちろん無茶は承知ぞ。だがの、今の二つの派閥の情勢は、甘く見積もって五分五分。わずかに、むこうに分がある。この状況が続けば・・・・・・」
それがお前のせいだと責められずとも、ひしひしと伝わってきた。前もって寛容に許しを与え、罪悪感で拒否できないようにしてから言うあたり、丞相というのはちゃっかりしている。
「そんなに心配するでない、みすみす負け戦を仕掛けたりはせんよ。詳細は追って決めていこう」
答えは一択、「わかりました」のみ。こうして旋風のごとく、まじない術対抗戦の開催があっさりと決定された。
◇
「シャオル? ・・・・・・いない、か」
鳥の羽音に振り返ったユリンは肩を落とした。
(導術師対決について相談しておこうと思ったんだけど、あいつはどこに行ったんだ)
シャオルに最後に会ってから二日。毎晩部屋にやってきていた彼は途端に姿を見せなくなってしまった。
ランライの独断により、対抗戦の日は十日後と決められた。種目は当日まで秘匿とされ、できるだけ公平を期して行われるよう配慮すると言っている。
(はあ。どうせ適当な物の怪を用意して、はやく祓ったほうが勝ち。そのとき人数的に不利な俺に多く得点が授与されるとか、そんな感じかな)
リュウホンに正体がバレて以降、目に見えて目立つ敵陣の動きはなかったが、この日に顔を合わせることになるのだろう。
ユリンは自身の予想にため息をつく。それから今度こそ確実に人の気配を感じ、聞こえた足音に振り返った。
ユリンを呼びにきたのはランライ。
「導術師殿、行きますよ」
「はい」
ランライと向かったのは、王宮内にある鳳凰の宮。
大王シアンに改めてフェンの顔見せを兼ね、決定事項の報告をしに行くのである。謁見の機会がこんなに先延ばしになってしまったのは、新しい導術師を連れていくと伝えるたびに、シアンが恐ろしさで熱を出していたから。
ようやく肝を据わらせたようだが、極力ランライの影に隠れているよう申しつけられている。包帯でぐるぐるの大男の姿をひと目見ただけで、シアンは再びふらふらと倒れてしまいそうな予感がする。ユリンは命じられていなくても近寄らなかっただろう。
身体検査を終え、二人は鳳凰の宮に足を踏み入れる。
甲の殿の倍はある広さと高い天井、紅絹布、金と銀、色とりどりの宝石、最高峰の調度品であふれた宮内。比較的贅沢に慣れた目にも驚きがある。
シアンが待っているという部屋の前にはいつもと同じ顔ぶれの近衛兵がいた。彼らはランライの来訪に気がついて黙礼を交わし合う。
大王直属の近衛兵はいわば、大王の命令に忠実な道具。信頼や意思に関係なく、大王のために死になさいといわれたら死なねばならない立場である。
ゆえに、大王が一兵士たちの顔色などを気にする必要は皆無。好きなだけ配置して顎で使ってやればよいものを、シアンは常に決まった人物しかそばに置いていない。
それは、シアンには心を許せる相手が極端に少ないことを示していた。
と、ランライが閉められたとびらの前で腰を低くする。ユリンも彼の取った最敬礼に倣った。
「大王さま、ランライでございます」
ランライの挨拶のあとに、近衛兵がとびらに取り付けられた小さな銅鑼を叩く。しばらくし、内側からも銅鑼が鳴り、入室が許可された。
最敬礼の姿勢を保ったまま、とびらが開かれる。
いつまで待っていれば・・・・・・と脳裏によぎった瞬間、「入りなさい」と蚊の鳴くような声で命じられ、ランライが頭を上げたのがわかった。
「妙案を思いついた。皆のもの聞きたまえ」
「もう聞いてますよ」
「うむ、そうじゃったな」
扇子を唇に当てる妖艶な仕草で、ランライが目を細めた。
「先日催された雪花見のような会を、我々も開こうと思う」
「また花見をするんですか?」
「ちがう。見せものにするのは花ではなく、彼らだ」
ゆるやかに、ランライの口元の扇子がユリンの方向にむく。
「え?」
「導術師どうしの対決。どうだ? 面白そうだろう」
大王派閥の導術師フェンひとりと、リュウホン派閥のリュウ家の総勢。どうあっても勝てる見込みは低い。
「もしもうちの導術師殿が勝利すれば、見物人のお偉い連中にこれでもかと実力を見せつけられる」
「勝てる可能性は低いですよ」
「やってみなければわからない。もちろん無茶は承知ぞ。だがの、今の二つの派閥の情勢は、甘く見積もって五分五分。わずかに、むこうに分がある。この状況が続けば・・・・・・」
それがお前のせいだと責められずとも、ひしひしと伝わってきた。前もって寛容に許しを与え、罪悪感で拒否できないようにしてから言うあたり、丞相というのはちゃっかりしている。
「そんなに心配するでない、みすみす負け戦を仕掛けたりはせんよ。詳細は追って決めていこう」
答えは一択、「わかりました」のみ。こうして旋風のごとく、まじない術対抗戦の開催があっさりと決定された。
◇
「シャオル? ・・・・・・いない、か」
鳥の羽音に振り返ったユリンは肩を落とした。
(導術師対決について相談しておこうと思ったんだけど、あいつはどこに行ったんだ)
シャオルに最後に会ってから二日。毎晩部屋にやってきていた彼は途端に姿を見せなくなってしまった。
ランライの独断により、対抗戦の日は十日後と決められた。種目は当日まで秘匿とされ、できるだけ公平を期して行われるよう配慮すると言っている。
(はあ。どうせ適当な物の怪を用意して、はやく祓ったほうが勝ち。そのとき人数的に不利な俺に多く得点が授与されるとか、そんな感じかな)
リュウホンに正体がバレて以降、目に見えて目立つ敵陣の動きはなかったが、この日に顔を合わせることになるのだろう。
ユリンは自身の予想にため息をつく。それから今度こそ確実に人の気配を感じ、聞こえた足音に振り返った。
ユリンを呼びにきたのはランライ。
「導術師殿、行きますよ」
「はい」
ランライと向かったのは、王宮内にある鳳凰の宮。
大王シアンに改めてフェンの顔見せを兼ね、決定事項の報告をしに行くのである。謁見の機会がこんなに先延ばしになってしまったのは、新しい導術師を連れていくと伝えるたびに、シアンが恐ろしさで熱を出していたから。
ようやく肝を据わらせたようだが、極力ランライの影に隠れているよう申しつけられている。包帯でぐるぐるの大男の姿をひと目見ただけで、シアンは再びふらふらと倒れてしまいそうな予感がする。ユリンは命じられていなくても近寄らなかっただろう。
身体検査を終え、二人は鳳凰の宮に足を踏み入れる。
甲の殿の倍はある広さと高い天井、紅絹布、金と銀、色とりどりの宝石、最高峰の調度品であふれた宮内。比較的贅沢に慣れた目にも驚きがある。
シアンが待っているという部屋の前にはいつもと同じ顔ぶれの近衛兵がいた。彼らはランライの来訪に気がついて黙礼を交わし合う。
大王直属の近衛兵はいわば、大王の命令に忠実な道具。信頼や意思に関係なく、大王のために死になさいといわれたら死なねばならない立場である。
ゆえに、大王が一兵士たちの顔色などを気にする必要は皆無。好きなだけ配置して顎で使ってやればよいものを、シアンは常に決まった人物しかそばに置いていない。
それは、シアンには心を許せる相手が極端に少ないことを示していた。
と、ランライが閉められたとびらの前で腰を低くする。ユリンも彼の取った最敬礼に倣った。
「大王さま、ランライでございます」
ランライの挨拶のあとに、近衛兵がとびらに取り付けられた小さな銅鑼を叩く。しばらくし、内側からも銅鑼が鳴り、入室が許可された。
最敬礼の姿勢を保ったまま、とびらが開かれる。
いつまで待っていれば・・・・・・と脳裏によぎった瞬間、「入りなさい」と蚊の鳴くような声で命じられ、ランライが頭を上げたのがわかった。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
【完結】断罪を乞う
弥生
BL
「生存戦略! ちゃんと『フツーの子』に擬態するんだ」
いじめられていた少年は、気がつくと生まれ変っていて別の生が始まっていた。
断片的な過去の記憶。辛く悲しい前世の記憶。
次の人生は同じ轍は踏まないぞと、前世の自分とは違う生き方をしようとする。
だが、運悪く入学したのは前世と同じ高校で……。
前世の記憶、失われた遺書、月命日に花を手向ける教師。その先にあるのは……。
テーマ:
「断罪と救済」「贖罪と粛清」
関係性:
元カースト1位でいじめていた
影がある社会科美形教師×
元いじめられていた美術部平凡
生存したい前世記憶あり平凡
※いじめなどの描写が含まれます。
かなり暗い話ですが、最後に掬い上げるような救済はあります。
※夏芽玉様主催の現世転生企画に参加させていただきました。
※性描写は主人公が未成年時にはありません。
表紙はpome様(X@kmt_sr)が描いてくださいました。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる