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第4章 ユリン編・弐
62 丞相ランライの戦い方——五分五分②
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ユリンは皆と共にランライに注目する。
「妙案を思いついた。皆のもの聞きたまえ」
「もう聞いてますよ」
「うむ、そうじゃったな」
扇子を唇に当てる妖艶な仕草で、ランライが目を細めた。
「先日催された雪花見のような会を、我々も開こうと思う」
「また花見をするんですか?」
「ちがう。見せものにするのは花ではなく、彼らだ」
ゆるやかに、ランライの口元の扇子がユリンの方向にむく。
「え?」
「導術師どうしの対決。どうだ? 面白そうだろう」
大王派閥の導術師フェンひとりと、リュウホン派閥のリュウ家の総勢。どうあっても勝てる見込みは低い。
「もしもうちの導術師殿が勝利すれば、見物人のお偉い連中にこれでもかと実力を見せつけられる」
「勝てる可能性は低いですよ」
「やってみなければわからない。もちろん無茶は承知ぞ。だがの、今の二つの派閥の情勢は、甘く見積もって五分五分。わずかに、むこうに分がある。この状況が続けば・・・・・・」
それがお前のせいだと責められずとも、ひしひしと伝わってきた。前もって寛容に許しを与え、罪悪感で拒否できないようにしてから言うあたり、丞相というのはちゃっかりしている。
「そんなに心配するでない、みすみす負け戦を仕掛けたりはせんよ。詳細は追って決めていこう」
答えは一択、「わかりました」のみ。こうして旋風のごとく、まじない術対抗戦の開催があっさりと決定された。
◇
「シャオル? ・・・・・・いない、か」
鳥の羽音に振り返ったユリンは肩を落とした。
(導術師対決について相談しておこうと思ったんだけど、あいつはどこに行ったんだ)
シャオルに最後に会ってから二日。毎晩部屋にやってきていた彼は途端に姿を見せなくなってしまった。
ランライの独断により、対抗戦の日は十日後と決められた。種目は当日まで秘匿とされ、できるだけ公平を期して行われるよう配慮すると言っている。
(はあ。どうせ適当な物の怪を用意して、はやく祓ったほうが勝ち。そのとき人数的に不利な俺に多く得点が授与されるとか、そんな感じかな)
リュウホンに正体がバレて以降、目に見えて目立つ敵陣の動きはなかったが、この日に顔を合わせることになるのだろう。
ユリンは自身の予想にため息をつく。それから今度こそ確実に人の気配を感じ、聞こえた足音に振り返った。
ユリンを呼びにきたのはランライ。
「導術師殿、行きますよ」
「はい」
ランライと向かったのは、王宮内にある鳳凰の宮。
大王シアンに改めてフェンの顔見せを兼ね、決定事項の報告をしに行くのである。謁見の機会がこんなに先延ばしになってしまったのは、新しい導術師を連れていくと伝えるたびに、シアンが恐ろしさで熱を出していたから。
ようやく肝を据わらせたようだが、極力ランライの影に隠れているよう申しつけられている。包帯でぐるぐるの大男の姿をひと目見ただけで、シアンは再びふらふらと倒れてしまいそうな予感がする。ユリンは命じられていなくても近寄らなかっただろう。
身体検査を終え、二人は鳳凰の宮に足を踏み入れる。
甲の殿の倍はある広さと高い天井、紅絹布、金と銀、色とりどりの宝石、最高峰の調度品であふれた宮内。比較的贅沢に慣れた目にも驚きがある。
シアンが待っているという部屋の前にはいつもと同じ顔ぶれの近衛兵がいた。彼らはランライの来訪に気がついて黙礼を交わし合う。
大王直属の近衛兵はいわば、大王の命令に忠実な道具。信頼や意思に関係なく、大王のために死になさいといわれたら死なねばならない立場である。
ゆえに、大王が一兵士たちの顔色などを気にする必要は皆無。好きなだけ配置して顎で使ってやればよいものを、シアンは常に決まった人物しかそばに置いていない。
それは、シアンには心を許せる相手が極端に少ないことを示していた。
と、ランライが閉められたとびらの前で腰を低くする。ユリンも彼の取った最敬礼に倣った。
「大王さま、ランライでございます」
ランライの挨拶のあとに、近衛兵がとびらに取り付けられた小さな銅鑼を叩く。しばらくし、内側からも銅鑼が鳴り、入室が許可された。
最敬礼の姿勢を保ったまま、とびらが開かれる。
いつまで待っていれば・・・・・・と脳裏によぎった瞬間、「入りなさい」と蚊の鳴くような声で命じられ、ランライが頭を上げたのがわかった。
「妙案を思いついた。皆のもの聞きたまえ」
「もう聞いてますよ」
「うむ、そうじゃったな」
扇子を唇に当てる妖艶な仕草で、ランライが目を細めた。
「先日催された雪花見のような会を、我々も開こうと思う」
「また花見をするんですか?」
「ちがう。見せものにするのは花ではなく、彼らだ」
ゆるやかに、ランライの口元の扇子がユリンの方向にむく。
「え?」
「導術師どうしの対決。どうだ? 面白そうだろう」
大王派閥の導術師フェンひとりと、リュウホン派閥のリュウ家の総勢。どうあっても勝てる見込みは低い。
「もしもうちの導術師殿が勝利すれば、見物人のお偉い連中にこれでもかと実力を見せつけられる」
「勝てる可能性は低いですよ」
「やってみなければわからない。もちろん無茶は承知ぞ。だがの、今の二つの派閥の情勢は、甘く見積もって五分五分。わずかに、むこうに分がある。この状況が続けば・・・・・・」
それがお前のせいだと責められずとも、ひしひしと伝わってきた。前もって寛容に許しを与え、罪悪感で拒否できないようにしてから言うあたり、丞相というのはちゃっかりしている。
「そんなに心配するでない、みすみす負け戦を仕掛けたりはせんよ。詳細は追って決めていこう」
答えは一択、「わかりました」のみ。こうして旋風のごとく、まじない術対抗戦の開催があっさりと決定された。
◇
「シャオル? ・・・・・・いない、か」
鳥の羽音に振り返ったユリンは肩を落とした。
(導術師対決について相談しておこうと思ったんだけど、あいつはどこに行ったんだ)
シャオルに最後に会ってから二日。毎晩部屋にやってきていた彼は途端に姿を見せなくなってしまった。
ランライの独断により、対抗戦の日は十日後と決められた。種目は当日まで秘匿とされ、できるだけ公平を期して行われるよう配慮すると言っている。
(はあ。どうせ適当な物の怪を用意して、はやく祓ったほうが勝ち。そのとき人数的に不利な俺に多く得点が授与されるとか、そんな感じかな)
リュウホンに正体がバレて以降、目に見えて目立つ敵陣の動きはなかったが、この日に顔を合わせることになるのだろう。
ユリンは自身の予想にため息をつく。それから今度こそ確実に人の気配を感じ、聞こえた足音に振り返った。
ユリンを呼びにきたのはランライ。
「導術師殿、行きますよ」
「はい」
ランライと向かったのは、王宮内にある鳳凰の宮。
大王シアンに改めてフェンの顔見せを兼ね、決定事項の報告をしに行くのである。謁見の機会がこんなに先延ばしになってしまったのは、新しい導術師を連れていくと伝えるたびに、シアンが恐ろしさで熱を出していたから。
ようやく肝を据わらせたようだが、極力ランライの影に隠れているよう申しつけられている。包帯でぐるぐるの大男の姿をひと目見ただけで、シアンは再びふらふらと倒れてしまいそうな予感がする。ユリンは命じられていなくても近寄らなかっただろう。
身体検査を終え、二人は鳳凰の宮に足を踏み入れる。
甲の殿の倍はある広さと高い天井、紅絹布、金と銀、色とりどりの宝石、最高峰の調度品であふれた宮内。比較的贅沢に慣れた目にも驚きがある。
シアンが待っているという部屋の前にはいつもと同じ顔ぶれの近衛兵がいた。彼らはランライの来訪に気がついて黙礼を交わし合う。
大王直属の近衛兵はいわば、大王の命令に忠実な道具。信頼や意思に関係なく、大王のために死になさいといわれたら死なねばならない立場である。
ゆえに、大王が一兵士たちの顔色などを気にする必要は皆無。好きなだけ配置して顎で使ってやればよいものを、シアンは常に決まった人物しかそばに置いていない。
それは、シアンには心を許せる相手が極端に少ないことを示していた。
と、ランライが閉められたとびらの前で腰を低くする。ユリンも彼の取った最敬礼に倣った。
「大王さま、ランライでございます」
ランライの挨拶のあとに、近衛兵がとびらに取り付けられた小さな銅鑼を叩く。しばらくし、内側からも銅鑼が鳴り、入室が許可された。
最敬礼の姿勢を保ったまま、とびらが開かれる。
いつまで待っていれば・・・・・・と脳裏によぎった瞬間、「入りなさい」と蚊の鳴くような声で命じられ、ランライが頭を上げたのがわかった。
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