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第4章 ユリン編・弐

61 丞相ランライの戦い方——五分五分①

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 ・・・・・・起きると、シャオルは部屋を出たあとだった。
 リュウホンの今後の動向などなど、注視しなければならないことが山積みだ。しかし今だけは頭を働かせたくない。
 ユリンはのろのろと着の身着のまま、昨晩寝室に入った服装で甲の殿をうろついた。気晴らしに厩舎を覗きに行こうかとしたところ、大食堂——仕切りをなくして部屋全体を広い造りにした講堂にて、複数名が集まっている。その中には食事をとっているランライがおり、胡桃饅頭くるみまんじゅうを摘んでいた。

「おはよう、導術師殿。今朝は睡魔と仲良しだったようだな」

 二度寝せずに降りきたが、朝寝坊をしていたようだ。甲の殿で寝起きを共にしている、いわゆる同派の仲間たちは「なははっ」とランライの声に親しげに笑い合った。
 ユリンに対しての警戒心は薄くなったと感じる。シャオルが成り代わるようになってからさらに、導術師フェンは彼らの雰囲気に馴染んだらしい。

「おはようございます」
「おや、睡眠時間のわりに疲れた声だのう」
「・・・・・・そうでしょうか」
「いつしかの失態の責任ならば、もうよいぞ? 人間なら誰しも上手くいかないときがある。導術師殿もふつうの人間だったのだとむしろ皆が安心したわい」
「ああ、いえ、そのことでは。・・・・・・ありがとうございます」

 陰気な顔をしていると続けざまにランライの口から質問が飛んできそうだったので、ユリンは肩をすくめて食卓の席に混ざった。不都合な詮索を受けるのは避けたかった。
 包帯でぐるぐるの容貌にようやく慣れた様子の侍女がお茶を注いでくれ、ひと息をつく。だが次のひと口で渋味の深さにむせ返った。

「うっ、げっほ! なんですかコレは?!」
「くふふ、青煎茶だ。今王都じゅうで大流行しとる」

 ランライが笑いを堪えながら、涼しい顔で扇子をあおぐ。ユリンは舌をべろっと突き出し、喉に残った苦味と格闘する。

「ちがうんだよフェン殿、ランライ殿が個人的に流行らせようと頑張ってるだけ」

 涙目のユリンを見かねて、共に食卓を囲んでいた文官のひとりが横から白湯を差し出した。

「うるさいのう。身体に良いのだぞ」
「こんな不味いもん、流行りませんて」

 彼らのやりとりを横目に見ながら、ユリンは白湯を口に含んだ。

「この茶葉は以前相談にきた商家の息子から?」
「うむ。なかなか良いやつなのだ。ぜひどうですかとすすめられて断れなかった。最初は苦いが飲んでいるうちにクセになるだろう?」
「それは、はは・・・・・・なんとも」

 飲め飲めと注ぎ直され、苦笑いする。皆には哀れな目で見られ、生贄になったユリンは殺人級のクソ不味まず茶をもうひと口飲んで白目をむきそうになった。

「そ、う・・・・・・げほっ、いえば、大王さまのお加減はいかがでしょう」

 ユリンの問いに、大食堂が静まりかえる。

「よくない。しかしまあ、平常どおりだ」

 人の会話をひょうひょうとかわすランライが、もっとも生真面目な返答をするのは、現大王シアンの話をするときである。
 ———シアン大王さまがお心を病んでいる・・・・・・という噂はもはや誰もが知るところ。
 常にびくびくと震え威厳の欠片も見せない大王を非難する世論の声は高まっていた。ここでいう世論に平民は除外されているため、王族貴族、宮廷に出席できる武官文官、それぞれの直近で働いている使用人たちと限られているのだが。

「シアンさまはご自身に自信がない。権力を持て余していると言われてしまえばそれまで。だが心を病んではおらぬ。怯えているだけなのだ。私はなんとかシアンさまの背中を押してやりたいと思う」

 ランライの返答を聞いたユリンは奥歯を噛み、青煎茶をぐいっと一気に飲み干した。見ていた人間は目を丸くする。

「おう、おう・・・・・・大丈夫か、フェン殿」
「ええ、平気です」

 差し出された白湯を制し、口を袖で拭った。ダオの冷遇を解いてやるためには彼を裏切るしかなかった。そう言い聞かせてきたが、ここにきて悔恨の念がググッと込み上げる。
 脈絡もなしに申しわけないと伝えたら、なぜだと首を傾げられてしまうだろう。謝ることさえできない、一方的なもやのような感情がたまる。
(せめて、できることを精一杯やって返そう。ひいてはそれがダオ奪還に繋がる。もう・・・・・・、二度と失敗はできない)
 そう考え込むユリンの前で、ぱちんと軽快な音を鳴らして扇子が閉じられた。

「そこでじゃ!」
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