55 / 91
第4章 ユリン編・弐
54 師弟の作戦①
しおりを挟む
調子に乗っていた。安易にダオに近づきすぎたのは、愚かな行為だった。その場で捕らえられずに逃げ帰れただけでも、御の字ではあった・・・・・・のだが。
愴然とする感情が抜けない。ぼんやりしたまま王宮の甲の殿に帰宅していたユリンは、弟子であるシャオルに普段どおり迎えられた。
「よう! おかえりユリン! って大丈夫かよ、すげぇ顔だぜ?」
「・・・・・・最悪なことになった。ダオと、リュウホンに俺のことがバレてしまった」
ユリンがぐしゃりと顔を歪めると、シャオルは眉根を寄せて難しい表情を作り、首を傾げる。
「おいっ、それで死んだみてぇな面なのか?」
なにも理解していない顔。見た感じ、彼はユリンほどに衝撃を受けていない。あの場の会話の内容を話してきかせても同じ顔をするだろうと、ユリンにはわかっていた。
(シャオルはダオの眼に起こった悲劇を知らない・・・・・・)
ユリンがシャオルの人生のすべてを把握していないように、シャオルもユリンの生き様を知る由もない。もちろん修行に必要なことは、惜しげなく伝えているつもりだけれど、そうでないところは意識して教えていないのだ。
無意識のうちにダオを慕っているシャオルが、なにを思うか・・・・・・、想像するたびに頭が痛い気分だった。
「ま、さ、か、ぜんぶ投げて終わりにするなんて言わないよな? ダオを見捨てて田舎の村に帰るなんて言ったら、ぶん殴るぞっっ」
小さなダオの親衛隊長は腑抜けたユリンを一喝する。
「俺たちのやってきたことはどうなる? 無駄になるのかよ・・・・・・」
勢いよく口を開いたものの、しおしおと声がか細くなっていく。ユリンはかわいそうに項垂れたシャオルを見て、落ち込んでいられないと気を取り直した。
「無駄にはならない、させない」
シャオルの頭を撫でると、未だに疑わしそうな目線を上げてくるが、「信じろ」とうなずいてやれば、シャオルは調子を取り戻した。
「ランライのおっさん、今日は後援者が増えそうだって喜んでたぜ。ま、半分はあんたに化けて上手くやってる俺のおかげだけどなっ!」
そう言い胸を張って、にししっと笑う。
「ああ、シャオルには感謝してる。これからもよろしく頼む」
「任せろ! でも明日からどう動けばいいんだよ。バレちまったのなら、もうリュウホンの屋敷には行けないんじゃねぇの?」
「そうなってしまうな。・・・・・・うん、今後の動きは起きたら考えるよ。悪いが少し休ませてくれ」
ユリンは弱々しく微笑み、寝台がある奥の間に向かう。倒れるように寝転んだときには、魔導力の使い過ぎで目が霞んでいた。
(ダオ・・・・・・)
微睡みながら目を閉じていても、ユリンの瞼の裏では、恐怖するダオの姿が焼きついて離れなかった。
◇
甲の殿の厩舎で思いがけない出逢いを果たしたユリンとシャオルは、リュウホンの魔の手からダオを救いだすという共通の目的をもって師弟となった。
導術師の才にあふれたシャオルはありがたい助っ人。
まじない術のなかでも、とくに自己流で取得した変化の術に関しては、磨けば磨くほど使い勝手のよい優秀な武器になる。ランライの目を盗んでシャオルを部屋に匿い、共に修行を重ね、彼のまじない術はみるみる上達した。
そして、年越しを終えたあの日。王宮で雪花見の会が開催された真冬の晴れた日に、ユリンとシャオルは行動を開始した。
大々的な宴にリュウホンが伴侶となる男を同行させる予定だと聞いたのは、当日の数日前で、ようやくという形で計画は遂行されようとしていた。
心もちで言えば、じゅうぶんに時間はあったのだが、そちらの方は久しぶりにダオを目にできるとあって、そわそわとしたまま落ち着けなかった。
計画は念密に密やかに、数ヶ月間かけて練り上げたもの。
ユリンは探索隊のねずみと、シャオルの証言により、リュウホンの屋敷の場所を割り出していた。屋敷と言いつつも、そこは宿。かつてランライに連れられて物の怪祓いに立ち寄った『銀餡亭』だった。
最初からきな臭いとは思っていたが、ねずみの調査は王都全体に行き渡っており、奇跡か偶然か、あの一匹が迷い込めていなければ判明しなかったことだろう。
銀餡亭を包む巨大な目くらまし術のせいで敷地内は出口のない迷路のようになっている。案内用の馬車のみが目的の屋敷にたどり着けるため、屋敷への侵入はほぼ不可能と言える。
ではなぜ、シャオルとねずみは入り込めたのか。
答えは簡単だった。
このような術は基本的に人間にしか作用しないのだ。物の怪も元は人間であるのでこれに含まれる。
抜群に再現されたシャオルの鳩と、紛れもなく動物であるねずみ。彼らの目には目くらまし術が効かず、好き勝手に動き回ることができた。
さらに、人間の場合にはもうひとつ、目的の屋敷を発見するための条件が必要らしい。
鍵になるのは、———そこに在ると知っていること。
そこにリュウホンの屋敷が存在すると明確に念じることで、導かれるように屋敷が現れるのだそうだ。
しかしながら、別の対策を用いて侵入者を排除しているだろうリュウホンの屋敷の内部にまで入り込めたのはやはり奇跡的。
よくできた仕掛けであり、そこで問題ができた。ユリンが頭を悩ませたのは、おそらく動物への変化で侵入ができるのはシャオルくらいなものだということ。
シャオルの変化の術は、まことに並外れていたのだった。
愴然とする感情が抜けない。ぼんやりしたまま王宮の甲の殿に帰宅していたユリンは、弟子であるシャオルに普段どおり迎えられた。
「よう! おかえりユリン! って大丈夫かよ、すげぇ顔だぜ?」
「・・・・・・最悪なことになった。ダオと、リュウホンに俺のことがバレてしまった」
ユリンがぐしゃりと顔を歪めると、シャオルは眉根を寄せて難しい表情を作り、首を傾げる。
「おいっ、それで死んだみてぇな面なのか?」
なにも理解していない顔。見た感じ、彼はユリンほどに衝撃を受けていない。あの場の会話の内容を話してきかせても同じ顔をするだろうと、ユリンにはわかっていた。
(シャオルはダオの眼に起こった悲劇を知らない・・・・・・)
ユリンがシャオルの人生のすべてを把握していないように、シャオルもユリンの生き様を知る由もない。もちろん修行に必要なことは、惜しげなく伝えているつもりだけれど、そうでないところは意識して教えていないのだ。
無意識のうちにダオを慕っているシャオルが、なにを思うか・・・・・・、想像するたびに頭が痛い気分だった。
「ま、さ、か、ぜんぶ投げて終わりにするなんて言わないよな? ダオを見捨てて田舎の村に帰るなんて言ったら、ぶん殴るぞっっ」
小さなダオの親衛隊長は腑抜けたユリンを一喝する。
「俺たちのやってきたことはどうなる? 無駄になるのかよ・・・・・・」
勢いよく口を開いたものの、しおしおと声がか細くなっていく。ユリンはかわいそうに項垂れたシャオルを見て、落ち込んでいられないと気を取り直した。
「無駄にはならない、させない」
シャオルの頭を撫でると、未だに疑わしそうな目線を上げてくるが、「信じろ」とうなずいてやれば、シャオルは調子を取り戻した。
「ランライのおっさん、今日は後援者が増えそうだって喜んでたぜ。ま、半分はあんたに化けて上手くやってる俺のおかげだけどなっ!」
そう言い胸を張って、にししっと笑う。
「ああ、シャオルには感謝してる。これからもよろしく頼む」
「任せろ! でも明日からどう動けばいいんだよ。バレちまったのなら、もうリュウホンの屋敷には行けないんじゃねぇの?」
「そうなってしまうな。・・・・・・うん、今後の動きは起きたら考えるよ。悪いが少し休ませてくれ」
ユリンは弱々しく微笑み、寝台がある奥の間に向かう。倒れるように寝転んだときには、魔導力の使い過ぎで目が霞んでいた。
(ダオ・・・・・・)
微睡みながら目を閉じていても、ユリンの瞼の裏では、恐怖するダオの姿が焼きついて離れなかった。
◇
甲の殿の厩舎で思いがけない出逢いを果たしたユリンとシャオルは、リュウホンの魔の手からダオを救いだすという共通の目的をもって師弟となった。
導術師の才にあふれたシャオルはありがたい助っ人。
まじない術のなかでも、とくに自己流で取得した変化の術に関しては、磨けば磨くほど使い勝手のよい優秀な武器になる。ランライの目を盗んでシャオルを部屋に匿い、共に修行を重ね、彼のまじない術はみるみる上達した。
そして、年越しを終えたあの日。王宮で雪花見の会が開催された真冬の晴れた日に、ユリンとシャオルは行動を開始した。
大々的な宴にリュウホンが伴侶となる男を同行させる予定だと聞いたのは、当日の数日前で、ようやくという形で計画は遂行されようとしていた。
心もちで言えば、じゅうぶんに時間はあったのだが、そちらの方は久しぶりにダオを目にできるとあって、そわそわとしたまま落ち着けなかった。
計画は念密に密やかに、数ヶ月間かけて練り上げたもの。
ユリンは探索隊のねずみと、シャオルの証言により、リュウホンの屋敷の場所を割り出していた。屋敷と言いつつも、そこは宿。かつてランライに連れられて物の怪祓いに立ち寄った『銀餡亭』だった。
最初からきな臭いとは思っていたが、ねずみの調査は王都全体に行き渡っており、奇跡か偶然か、あの一匹が迷い込めていなければ判明しなかったことだろう。
銀餡亭を包む巨大な目くらまし術のせいで敷地内は出口のない迷路のようになっている。案内用の馬車のみが目的の屋敷にたどり着けるため、屋敷への侵入はほぼ不可能と言える。
ではなぜ、シャオルとねずみは入り込めたのか。
答えは簡単だった。
このような術は基本的に人間にしか作用しないのだ。物の怪も元は人間であるのでこれに含まれる。
抜群に再現されたシャオルの鳩と、紛れもなく動物であるねずみ。彼らの目には目くらまし術が効かず、好き勝手に動き回ることができた。
さらに、人間の場合にはもうひとつ、目的の屋敷を発見するための条件が必要らしい。
鍵になるのは、———そこに在ると知っていること。
そこにリュウホンの屋敷が存在すると明確に念じることで、導かれるように屋敷が現れるのだそうだ。
しかしながら、別の対策を用いて侵入者を排除しているだろうリュウホンの屋敷の内部にまで入り込めたのはやはり奇跡的。
よくできた仕掛けであり、そこで問題ができた。ユリンが頭を悩ませたのは、おそらく動物への変化で侵入ができるのはシャオルくらいなものだということ。
シャオルの変化の術は、まことに並外れていたのだった。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
リクエストの更新が終わったら、舞踏会編をはじめる予定ですー!



[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く
小葉石
BL
今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。
10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。
妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…
アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。
※亡国の皇子は華と剣を愛でる、
のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。
際どいシーンは*をつけてます。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる