【中華BL】明天《めいてん》の恋文〜ぼくはもう一度『旦那さま』に恋をする

倉藤

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第3章 ダオ編・弐

51 恋煩い、茶番【ちゃばん】③

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 最近の自分はわがままです。ため息が多い。
 手のひらにふたつの小瓶を転がして、ぼくは眉間に皺を寄せました。
 フェンさまの親切を、親切だと素直に受け入れられなかった。
 なぜなら、ふたつを使い切るまでは新しい墨汁を頼むことができません。前回、練習用の紙もいっしょに補充してくれたので、どちらもたっぷりとあります。
 フェンさまが屋敷にいつまで通ってくれるかわからないのに、のんびり悩みごとをしている場合ではないのです。
 とにかく一日でも早く墨と紙を消費しなくちゃいけない。ぼくは巾着袋をひっくり返しました。けれど中身が詰まっているのか、なかなか落ちてきません。袋は補充された紙でいっぱいになっています。
 その一枚を引っ張りだして、墨の瓶を開けました。
 上手く書けているか見てくれるシャオルがいなくなり、書いたら書きっぱなし。使った紙は分けてしまうようにしていますが、上に重ねて書いてしまっているのもあるでしょう。

(あ、フェンさまに字の先生の代わりを頼んだらどうだろう?)

 ぼくは筆を感覚で走らせながら、ふと思いました。

「そうだよね。道具を届けに来てくれたくらいなんだから、それならきっと迷惑じゃないよね」

 リュウホンさまの目を誤魔化す方法はあとから考えればいいのです。言ってみるだけしてみようと、胸を躍らせました。
 数日後、墨と紙を使いきり、フェンさまを部屋の外で待ち伏せました。さっそく思いつきを伝えると、あっさりと了承され、少しばかり拍子抜けします。

「ほんとにいいんですか?」
「いや、じつは俺も気になってはいたんです。でも、あなたから提案されるなんて思っていませんでした」

 心から意外そうに笑い、フェンさまは「良い心がけです」と言いました。この屋敷に来てから、ぼくの神経は図太くなったのかもしれません。
 そうなれたのは、ぼくの心が折れてしまいそうになるたびに、シャオルとフェンさまが順番こに支えてくれたからです。
 それともうひとり、支えの柱の一本になっているひとがいる。リュウホンさまに真実を伝えられたころより、ずっと曖昧で儚くなってしまった川べりに立った幻影。
 悩ましい存在でありつつも、未だにぼくの心のなかで消えないでいるひと。
 そのひとがいたから、彼のために手紙を書きたいという目標を見出せ、シャオルのお陰で目標が現実に近づいた。今はフェンさまに引き継がれ、ぼくはまた自分の脚で前を向くことができている。
 そのすべてに、ぼくは生かされているのです。

「では、こうしましょうか。リュウホン殿下には俺からあなたと二人きりで祈祷をしなければならなくなったと伝えます」
「祈祷・・・・・・、それで疑われないでしょうか?」
「ええ。詳しくはお伝えできないのですが、これでもリュウホン殿下に信頼されております。上手くいくように話しておきますよ」

 丸投げになってしまうけれど、ぼくには別の方法を考える頭と実行する力ががないので、フェンさまに任せるのが得策でしょう。

「お願いします」

 と頭を下げ、ぼくたちは共通の秘密ごとを持ったのでした。
 三日に一度、リュウホンさまの目を盗んで口裏を合わせ、蝋燭が一本燃え尽きるまでの短いあいだ、フェンさまと二人きりで過ごしました。
 夢のような甘美な心地です。
(でも、これは、いけないことなんだよね)
 いけないという感覚が、ぼくの背中を積極的に押す。いつ見つかってしまうかもわからない緊張感を、ぼくたちはとても楽しんでいたように思えました。
 フェンさまは優しくて、教えかたが上手です。笑い声が低く落ち着いていて、ひとを安心させる魅力があります。
 ついこの前なんて、一筆で真っ黒になってしまったという紙を見て、おかしそうに笑うのです。馬鹿にされたと思ったのに、ぼくは不快な気持ちにならなかった。
 墨のつけ過ぎが原因ですねと、後ろから包み込むようにぼくの手を持ち、小瓶への筆の浸し具合と力加減を教えてくれます。その体勢が抱きしめられているみたいで、ぼくはわざとできないフリをしてしまう。
 そして今日、すっかりと覚えた文字を訊ね、「それは教えましたよ?」といよいよ返されてしまいました。
 ぼくは胸がつきんと痛みました。

「ごめんなさい・・・・・・。気を悪くさせてしまいましたね」
「いいんですよ。そんなことは気にしていません。続けましょう。次は、あなたの名前を書けますか?」

 ぼくのたくらみをさらりと流し、次へ次へと話を進めてしまうフェンさまに、ぼくはどうしてか地団駄を踏みたい気持ちになります。
 筆をもったぼくの手の甲に重ねられた、フェンさまの手。
 誘導されながら、線を引く。

(これは、いけないことだ・・・・・・)

 心の底に沈んでいった鉛の石が、ずしんと胸に響いたようでした。
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