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第3章 ダオ編・弐
46 ふたたびの地獄——訪問客①
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冷たい床の上のまま、意識が戻った。起き上がる前に耳を凝らし、物音が聴こえないことを確認します。
(リュウホンさまは・・・・・・おそらく、いらっしゃらない)
ぼくはゆっくりと上半身を起こしました。ざっと、自分の身体の状態に触れる。裸で放置され、足首につけられた頑丈な筒状の重たい枷と、繋がった鎖に愕然とする。
身体中が痛くて、立ち上がるのも一苦労です。鎖をたどり、四つん這いで進めば、終わりは柱のような場所で留められていました。
(なんだろう)
柱は間隔をあけて近くにもう一本。上に手を滑らせると、床と並行した板のようなものがあります。その上にはさらさらとした布・・・・・・。申しわけ程度の薄さですが指が沈みます。なかには綿が入っていて、これは布団?
ということは、反対側にも、二本の柱が前方と同じくして横板を支えるように付いています。
(寝台だ・・・・・・。よかった)
あの冷血な男にも、弱い者を思いやる心が少しは残っていたのでしょう。粗末な寝台でも、床の上とでは天と地の差がありました。
ぼくは掛け布団を引き寄せ、身体を包みます。
体温が戻り、比例して肘、膝、関節すべての痛みが増します。酷使された喉にも違和感を感じ、じっとしていると、悪夢に喰われそうな気持ちが襲う。熱くもないのに冷や汗をかき、ぐったりと横になりました。
「ぼくは、なにをして日々を耐えていたんだっけ」
そう考えるたびに、無意識に手を動かしていました。何を書くでもなく・・・・・・、スゥと指を滑らせます。
視覚だけでなく音までも奪われて、ぼくは沈黙の世界に押しつぶされそうだった。
その日から、屋敷の侍女たちと接触する機会も絶たれました。あの宣言は脅しではなかったのです。リュウホンさまが運んでくる食事は一日に多くて一回。屋敷に帰ってこなければ、無い日もあります。
飲み水の量も決められており、身体の清めはリュウホンさまがぼくを抱きたいときのみに行われます。
抵抗しなければ、ひどい目に遭わない。
ぼくは考えることをやめ、心を殺して生きるすべを身につけました。
必要のない能力ばかりが増えていくようで、悲しい。でも大丈夫です。悲しい感情も、必ずいつかは消すことができる。
じっと寝台の上で丸くなり、蛹のように時間をやり過ごしていると、ある瞬間に、コッ、コッと一定の音律が刻まれているのに気がつきました。
どこかで聴いた記憶がある、硬いところを硬いなにかで叩く音。
(これは・・・・・・この音は・・・・・・・・・・・・シャオル?)
まさか———そんなはずはという思いが脳を駆け巡ります。だってシャオルは、ぼくのせいで捕まったのですから。
ばくばくと、心臓が息を吹きかえす。
ぼくはぐるりと首を動かし、音がどの位置で鳴っているのかを探っていった。
数日のうちに部屋のなかを歩きまわり、窓がひとつもないことを確認している。
「どこ? どこ? シャオル、どこですか?」
声をかけながら、ぼくは寝台を降りました。
床 壁、厳重に閉じられたとびらはあり得ないでしょう。
最後に寝台のうえに立ち、筋力の衰えた脚で背伸びをする。天井を触っていると、見つけました。
手のひらにも満たない大きさの通気口です。小さいうえにびっしりと細かい格子で覆われていたため、数日前は見過ごしていた箇所。
「シャオル? シャオル? そこにいるの?」
ぼくは指をねじ込むようにして、隙間に差し込みました。
すると、指先が温かく包まれました。シャオルの手でしょうか。ちょっとだけカサカサしていて、見ないうちに成長して大きくなった。
「シャオル、やっぱりシャオルがいるんだね? よかった・・・・・・よかった・・・・・・」
涙ぐむと、指先を握ってくれる力が強くなりました。
「ぼくは平気。シャオルが生きていてくれたから、思い残すことはなくなった」
それを言ったとき、ぼくの胸が変なふうに痛んだのだけれど、ぼくは無視をした。数ある痛みのなかの、ひとつ。ぼくにとっての痛みは、その程度の認識になっていたのです。
(リュウホンさまは・・・・・・おそらく、いらっしゃらない)
ぼくはゆっくりと上半身を起こしました。ざっと、自分の身体の状態に触れる。裸で放置され、足首につけられた頑丈な筒状の重たい枷と、繋がった鎖に愕然とする。
身体中が痛くて、立ち上がるのも一苦労です。鎖をたどり、四つん這いで進めば、終わりは柱のような場所で留められていました。
(なんだろう)
柱は間隔をあけて近くにもう一本。上に手を滑らせると、床と並行した板のようなものがあります。その上にはさらさらとした布・・・・・・。申しわけ程度の薄さですが指が沈みます。なかには綿が入っていて、これは布団?
ということは、反対側にも、二本の柱が前方と同じくして横板を支えるように付いています。
(寝台だ・・・・・・。よかった)
あの冷血な男にも、弱い者を思いやる心が少しは残っていたのでしょう。粗末な寝台でも、床の上とでは天と地の差がありました。
ぼくは掛け布団を引き寄せ、身体を包みます。
体温が戻り、比例して肘、膝、関節すべての痛みが増します。酷使された喉にも違和感を感じ、じっとしていると、悪夢に喰われそうな気持ちが襲う。熱くもないのに冷や汗をかき、ぐったりと横になりました。
「ぼくは、なにをして日々を耐えていたんだっけ」
そう考えるたびに、無意識に手を動かしていました。何を書くでもなく・・・・・・、スゥと指を滑らせます。
視覚だけでなく音までも奪われて、ぼくは沈黙の世界に押しつぶされそうだった。
その日から、屋敷の侍女たちと接触する機会も絶たれました。あの宣言は脅しではなかったのです。リュウホンさまが運んでくる食事は一日に多くて一回。屋敷に帰ってこなければ、無い日もあります。
飲み水の量も決められており、身体の清めはリュウホンさまがぼくを抱きたいときのみに行われます。
抵抗しなければ、ひどい目に遭わない。
ぼくは考えることをやめ、心を殺して生きるすべを身につけました。
必要のない能力ばかりが増えていくようで、悲しい。でも大丈夫です。悲しい感情も、必ずいつかは消すことができる。
じっと寝台の上で丸くなり、蛹のように時間をやり過ごしていると、ある瞬間に、コッ、コッと一定の音律が刻まれているのに気がつきました。
どこかで聴いた記憶がある、硬いところを硬いなにかで叩く音。
(これは・・・・・・この音は・・・・・・・・・・・・シャオル?)
まさか———そんなはずはという思いが脳を駆け巡ります。だってシャオルは、ぼくのせいで捕まったのですから。
ばくばくと、心臓が息を吹きかえす。
ぼくはぐるりと首を動かし、音がどの位置で鳴っているのかを探っていった。
数日のうちに部屋のなかを歩きまわり、窓がひとつもないことを確認している。
「どこ? どこ? シャオル、どこですか?」
声をかけながら、ぼくは寝台を降りました。
床 壁、厳重に閉じられたとびらはあり得ないでしょう。
最後に寝台のうえに立ち、筋力の衰えた脚で背伸びをする。天井を触っていると、見つけました。
手のひらにも満たない大きさの通気口です。小さいうえにびっしりと細かい格子で覆われていたため、数日前は見過ごしていた箇所。
「シャオル? シャオル? そこにいるの?」
ぼくは指をねじ込むようにして、隙間に差し込みました。
すると、指先が温かく包まれました。シャオルの手でしょうか。ちょっとだけカサカサしていて、見ないうちに成長して大きくなった。
「シャオル、やっぱりシャオルがいるんだね? よかった・・・・・・よかった・・・・・・」
涙ぐむと、指先を握ってくれる力が強くなりました。
「ぼくは平気。シャオルが生きていてくれたから、思い残すことはなくなった」
それを言ったとき、ぼくの胸が変なふうに痛んだのだけれど、ぼくは無視をした。数ある痛みのなかの、ひとつ。ぼくにとっての痛みは、その程度の認識になっていたのです。
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