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第3章 ダオ編・弐
44 ふたたびの地獄①
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「おい、起きろ」
身体を揺さぶられ、朦朧としながらも意識が浮上しました。
(ここはどこ?)
眠る前のことを思い出します。たしか、馬車に乗っていたはずで・・・・・・。しかし今のぼくは、ひんやりとした場所に転がされています。
「いつまで、ぼけっとしている」
「ごめんなさ・・・・・・」
聴こえてきたのは、リュウホンさまの声。落ち着いた声色であったのに、どすの効いた声で怒鳴られるよりも凄みがあり、肝が縮みあがった。
一気に、馬車に乗る以前の記憶が巻き戻される。
リュウホンさまに連れられてお披露目をされ、お酒を飲んだ、そのもっと前のこと。
「あ・・・・・・、いやだ・・・・・・」
たまらず、『それ』を拒む言葉がこぼれてきます。
「拒んでよいと教えたか? ダオ」
「・・・・・・ッ」
恐怖に声もでない。床、部屋の気温、言葉。すべてが氷点下の水のなかで起こっている出来事のようで、ガクガクと身体が震えだしてしまうのは必然でした。
「寒いか。ならちょうどいいな。すぐにあつくなる」
直接床に尻をついているからか、静かな足音の振動が嫌に大きく響いてくる。それとも自分の心臓の音でしょうか。どん、どん、と脳みそが鼓動している。
「は・・・・・・はぁ・・・・・・お止めくださ・・・・・・い」
「何度も言わせないでくれ。ダオ、俺を拒むな。今の俺は虫の居どころが悪い」
拒んでいるのはリュウホンさまをじゃない。ぼくが死ぬほど恐れているのは身体に呪いを刻む火刑です。あれの痛みと苦しみをまた経験するのは、イヤ。
「勝手を働いたのは、脚だったな」
拒むなと言われても、脚に触れられ、ぼくは反射的に後ずさりました。(———こんなことをして、きっと、頬を打たれる)
頬ならまだ、いいほうかもしれません。
ツンと喉奥が痛み、瞼が熱く濡れてきます。
やがて背中が壁にぶつかり、逃げ場がなくなりました。
「お許しください・・・・・・」
「そんなに泣くな。俺も鬼ではないぞ。好き好んで愛する妻の悲鳴を聞きたいわけじゃない」
遊ばれている。逃げ場がなくなるまで追い込んでおいて、信じられない発言でした。
「嘘じゃないぞ」
リュウホンさまはそう言って、ぼくのおとがいをねちっこく撫でる。
「ほんと・・・・・・ですか?」
「もちろん。お前が俺の言うことを従順にきくならば、火刑はしない。どうする?」
ずるい。睨んでやりたいけれどできない。悔しい。ぼくには選択肢などありません。
「ききます。なんでも、ききます」
「よろしい、では少し待て」
ふっと気配が離れていきます。ほんの一瞬だけ、息を吸い込める。
「どうやら、前の部屋にはねずみが入りこむ隙間があったようだ。だからお前のために特別に別室を用意してやった」
「別室・・・・・・」
「ここには俺以外は立ち入れない。声も音も、だれにも届かない。当然、お前にもなにも聴こえない」
悠揚とした口調でリュウホンさまは喋り、戻ってくる。そして緊張したぼくの胸の梅の花を抜き取ると、耳元にかざし造作もなく折ってしまった。
パキリとかすかに鳴った音。弱々しい枝葉は、まるでぼく自身。
ぼくは磔にされたみたいに動けなくなった。リュウホンさまの息づかいがこめかみの髪を揺らし、耳朶に到達する。
「ダオ、最初の命令だ。衣装を脱げ」
「え」
「ほら、どうした。俺の気が変わってしまうかもしれないぞ? せいぜい下品にいやらしく脱いでみせて俺を満足させるんだな」
室内であるとはいえ、外気の気温と変わらない凍てつく寒さ。こんな場所で全裸になったら凍えて死んでしまいそうです。
衣装の合わせ部分を掴み、尻込みしていると、リュウホンさまがこれ見よがしにため息を吐きました。
「脱ぎたくないのか。ならば」
「待って・・・・・・っ、脱ぎます、脱ぎますからっ」
小刻みに震える身体はすでに危険信号を鳴らしていました。上下の歯がぶつかり合い、無意識に噛み締めた顎が痛んでいます。
それでも拒否権はない。
ぼくは一枚、一枚と、衣装を床に脱いで落とし、リュウホンさまの前に素肌を晒しました。
身体を揺さぶられ、朦朧としながらも意識が浮上しました。
(ここはどこ?)
眠る前のことを思い出します。たしか、馬車に乗っていたはずで・・・・・・。しかし今のぼくは、ひんやりとした場所に転がされています。
「いつまで、ぼけっとしている」
「ごめんなさ・・・・・・」
聴こえてきたのは、リュウホンさまの声。落ち着いた声色であったのに、どすの効いた声で怒鳴られるよりも凄みがあり、肝が縮みあがった。
一気に、馬車に乗る以前の記憶が巻き戻される。
リュウホンさまに連れられてお披露目をされ、お酒を飲んだ、そのもっと前のこと。
「あ・・・・・・、いやだ・・・・・・」
たまらず、『それ』を拒む言葉がこぼれてきます。
「拒んでよいと教えたか? ダオ」
「・・・・・・ッ」
恐怖に声もでない。床、部屋の気温、言葉。すべてが氷点下の水のなかで起こっている出来事のようで、ガクガクと身体が震えだしてしまうのは必然でした。
「寒いか。ならちょうどいいな。すぐにあつくなる」
直接床に尻をついているからか、静かな足音の振動が嫌に大きく響いてくる。それとも自分の心臓の音でしょうか。どん、どん、と脳みそが鼓動している。
「は・・・・・・はぁ・・・・・・お止めくださ・・・・・・い」
「何度も言わせないでくれ。ダオ、俺を拒むな。今の俺は虫の居どころが悪い」
拒んでいるのはリュウホンさまをじゃない。ぼくが死ぬほど恐れているのは身体に呪いを刻む火刑です。あれの痛みと苦しみをまた経験するのは、イヤ。
「勝手を働いたのは、脚だったな」
拒むなと言われても、脚に触れられ、ぼくは反射的に後ずさりました。(———こんなことをして、きっと、頬を打たれる)
頬ならまだ、いいほうかもしれません。
ツンと喉奥が痛み、瞼が熱く濡れてきます。
やがて背中が壁にぶつかり、逃げ場がなくなりました。
「お許しください・・・・・・」
「そんなに泣くな。俺も鬼ではないぞ。好き好んで愛する妻の悲鳴を聞きたいわけじゃない」
遊ばれている。逃げ場がなくなるまで追い込んでおいて、信じられない発言でした。
「嘘じゃないぞ」
リュウホンさまはそう言って、ぼくのおとがいをねちっこく撫でる。
「ほんと・・・・・・ですか?」
「もちろん。お前が俺の言うことを従順にきくならば、火刑はしない。どうする?」
ずるい。睨んでやりたいけれどできない。悔しい。ぼくには選択肢などありません。
「ききます。なんでも、ききます」
「よろしい、では少し待て」
ふっと気配が離れていきます。ほんの一瞬だけ、息を吸い込める。
「どうやら、前の部屋にはねずみが入りこむ隙間があったようだ。だからお前のために特別に別室を用意してやった」
「別室・・・・・・」
「ここには俺以外は立ち入れない。声も音も、だれにも届かない。当然、お前にもなにも聴こえない」
悠揚とした口調でリュウホンさまは喋り、戻ってくる。そして緊張したぼくの胸の梅の花を抜き取ると、耳元にかざし造作もなく折ってしまった。
パキリとかすかに鳴った音。弱々しい枝葉は、まるでぼく自身。
ぼくは磔にされたみたいに動けなくなった。リュウホンさまの息づかいがこめかみの髪を揺らし、耳朶に到達する。
「ダオ、最初の命令だ。衣装を脱げ」
「え」
「ほら、どうした。俺の気が変わってしまうかもしれないぞ? せいぜい下品にいやらしく脱いでみせて俺を満足させるんだな」
室内であるとはいえ、外気の気温と変わらない凍てつく寒さ。こんな場所で全裸になったら凍えて死んでしまいそうです。
衣装の合わせ部分を掴み、尻込みしていると、リュウホンさまがこれ見よがしにため息を吐きました。
「脱ぎたくないのか。ならば」
「待って・・・・・・っ、脱ぎます、脱ぎますからっ」
小刻みに震える身体はすでに危険信号を鳴らしていました。上下の歯がぶつかり合い、無意識に噛み締めた顎が痛んでいます。
それでも拒否権はない。
ぼくは一枚、一枚と、衣装を床に脱いで落とし、リュウホンさまの前に素肌を晒しました。
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