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第3章 ダオ編・弐

43 王宮の洗礼——白い花の色③

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「雪月花の君、なにをしている」

 ひたりと、凍った手で喉元を締め上げてくるような低い声。

「も、申しわけございません・・・・・・リュウホンさま」

 ぼくは小部屋に戻ります。途中でつまずいても手を差し伸べられることはなく、じわっと額に汗がにじみ出てくるのがわかりました。
 問い詰めてくるでもない。痛めつけるでもない。
 息をひそめて佇んでいる気配が恐ろしいのです。
 下手になにも言わないほうがいいと思うし、余計なことをして刺激すべきじゃない。ぼくは戸枠をなんとか跨ぎ切ると、立ち尽くしました。

「胸に差してやった花はどうした」
「ここに、あります」

 枝葉を握りしめた拳を持ち上げ、梅の花を見せます。すると拳から枝葉を抜かれ、手のひらを擦った感触に驚いて身をすくめてしまった。直後に、ふっと嘲笑が降ってきます。

「そんなに、ビクビクするな。ここで怒りはせん」

 ここで、は。
 気にすべきではないところを、ぼくの頭と耳は敏感に聴き取ってしまう。周りの目があるからビクビクするな。リュウホンさまは、そう言いたいのでしょう。

「しっかり差しておきなさい」
「はい」

 返事をかえすと同時に、胸元の合わせに梅の花が差し込まれる感覚がしました。そうしてリュウホンさまの手が腰へ移ります。

「付いてこい。お前を家臣らに紹介する。まったく、見せろ見せろとうるさくてかなわん」
「え、あ・・・・・・」

 腰を抱かれているので、リュウホンさまの歩みにあわせて、ぼくも進まねばなりません。外に連れ出すのなら、頼みますから、離れないできてください。願いが通じるとは思いませんが、願わずにはいられなかった。
 せめて、にこやかでいられるように心の準備をします。
 右に曲がり、左に曲がり、歩いているうちに方向感覚は失われ、心細さに拍車がかかる。

「なにもするな、なにも喋るな」
「・・・・・・承知しました」

 リュウホンさまから忠告があったすぐあとに「座れ」と耳打ちをされ、身体に腕を回されたまま腰かけると、リュウホンさまは「待たせた」と、ぼくではないひとにむかって言い放ちました。
 低い男性の声で歓声があがる。ひと、ではない、ひと。身体がこわばります。

「非常にお美しいと、かねがねお噂は耳にしておりますよ。覆面布ベールで顔が見えぬのがもったいない」

 近い位置でお酒くさい息を吐かれ、ぼくは「ヒッ」と悲鳴を漏らしてしまいました。

「叔父上、彼は恥ずかしがり屋なのだ。それほどで勘弁してやってくれぬか」
「いやいや、ぜひともお顔を拝みたい」
「叔父上・・・・・・」

 揉めているのでしょうか。リュウホンさまの声に苛立ちが感じられます。
 その後、リュウホンさまが止めたのにも関わらず、知らない手がぼくの肩や太ももに触れました。・・・・・・これが、この場での普通なら、ぼくは耐えなくてはいけない。
 きゅっと唇を噛み、ふと、自分の置かれている状況よりも、このひとのほうが危ないのではないかと思い立ちました。
 リュウホンさまがお怒りになったら、なにをしでかすか・・・・・・。
 ですがリュウホンさまは一度だけ制止の声をかけ、このひとを止めようとしません。ただ黙って、やりたいようにやらせています。
 煮えくりかえっていることは、腰に回された手からふつふつと伝わってきているのに。
 しかしなんの前触れもなく、ぼくを触っていた手が消え、ちっと舌打ちをする音が聴こえてきました。

「やっと行ったか」

 忌々しげにリュウホンさまは呟きます。表に出さずに悪態をつくのは珍しいことです。勝手をしていたのはひとりだったようで、残りの時間は座っているだけで済みました。あちこちで会話が飛び交い、ぼくは目が回りそうです。配られた飲み物が、お酒だったのかもしれません。
 リュウホンさまの問いかけに曖昧にうなずき、気がついたときには帰りの馬車に揺られていました。

「リュウホンさま・・・・・・?」
「なんだ」

 すでに聴き慣れている声に安堵します。ほろ酔いで心地がよい。王宮の小部屋にて、リュウホンさまの機嫌を損ねてしまっていたことを、ぼくはすっかり忘れていました。
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