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第2章 ユリン編・壱

37 隠れ家の在りか③

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 なんと言ってよいかわからず、ユリンは閉口した。やっとかけてやれた言葉は、ありきたりなものだった。

「辛いことを思い出させたな。すまない」
「・・・・・・ま、師匠はけっこういい歳してたしな」
「それじゃ、かっこいい爺さんだったのか」
「そうだぜ? へへっ」

 得意げに笑った顔に、ユリンはたまらずシャオルの頭を撫でる。
 だが凄いことだ。まじない術のなかでも変化へんげは最も高度な技術をようする。数十年間厳しい修行を行っていても、その域に達せない導術師は多い。
 それを感覚だけでやってのけているのだから、よほどの才能がある。このままでは宝の持ち腐れもいいとこだろう。
(いっそ俺がきたえてやりたいが)
 他にしてやれることはないだろうか。そう考えあぐねていると、シャオルがユリンの腕を掴んだ。

「んね、もしかしてフェンも導術師なの?」
「そうだが」
「それならさっ」

 シャオルの目がすがったように潤んだ。泣くのかと一瞬不安になったが、涙は溢れる前にゴシゴシと袖に拭き取られた。腕を下ろしたシャオルは、しゃんとした顔に変わっていた。

「お願いします。俺に導術師の修行をつけてください」

 ユリンは息を呑んだ。考えを読まれたのかと胸を押さえたけれど、理由は違っていた。

「助けたいひとがいる」
「助けたいひと?」
「うん。異国のお姫さまみたいに綺麗なひと。でも悪いやつに捕まって酷いことされてる」

 どこでも似たりよったりな悲劇が転がっているもんだと、嘆きたくなった。
 もしかしたら、シャオルはに対してはじめての淡い恋心を抱いているのかもしれない。好きなひとのために力をつけたいという純粋な志を応援してあげたくなる。

「シャオルはその女性とどこで知り合ったんだ?」

 素朴な疑問。シャオルがムスッとした顔で頭を掻く。

「・・・・・・女じゃねぇの! 男。リュウホンって悪いやつの屋敷に閉じ込められてる」

 返ってきた答えにユリンは耳を疑い、シャオルの肩を強く揺さぶった。

「その彼の」
「え、わっ」
「その彼の名前は・・・・・・?」
「ダオ」

 目を丸くしたシャオルが小さな声で教えてくれる。やっと見つけた愛しい伴侶の名前に、ユリンは感極まる思いだった。

「ダオ・・・・・・ああ、ダオ」

 床にくずおれたユリンにシャオルは驚くほど瞬時に反応した。腰をユリンの目線の高さまで屈め、動揺を隠さない困惑した表情を向けてくる。

「あんたって、もしかしてダオを迎えにきたの?」

 ダオを思いやっているからこその安堵と、少しばかり気に食わなさそうな瞳の色。密やかな想いは、やはり胸の内に灯っていたようだ。
 眉根をぐっと寄せ、シャオルはユリンの胸ぐらを掴みあげた。

「なんで、こんな近くにいんのにっっ」

 しかしユリンを責め立てる言葉が吐かれる代わりに、上下の歯がきつく噛み締められる。

「シャオル・・・・・・」
「ダオは、変な術をかけられて、連れて来られる前のことを忘れてしまっている。それでも、あんたのことだけはうっすらと覚えてるんだ。ダオはあんたが来てくれるのをずっと待ってるよっ」

 真摯しんしな声。嘘ではないとわかる。嬉しい告白も、痛みのほうが大きかった。

「仕方がないのだ・・・・・・。現状で奪い返しても、俺たちは追われる身となってしまう」
「じゃあ、一生、指咥えて見てんのかよ」
「そうは言っていない。今だってダオを救うために動いている。焦ってはいけない」

 シャオルは納得していないだろう。だが遠回りなようで、これが着実な道だ。リュウホンから強大な権力を取り上げること。まずはそこを成し遂げないと、正式にダオを取り戻すことができない。
 ダオを救い出せたとしても、今のままでは、殿下の持ち物を盗んだ極悪人として処罰されるのがオチ。そして・・・・・・。
 死ぬまで逃げつづける人生など、ダオには二度とさせたくない。
 
「シャオル、君の修行をつけると約束しよう。俺に協力してくれるね?」

 ユリンは文句がこぼれ落ちてきそうな幼い頬を両手で包んだ。するとシャオルは口を尖らせて手を払う。

「子ども扱いすんな。交換条件なんて無くたって協力するに決まってんだろ」

 そう答えると、腰に手を当てて胸を張った。
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