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第2章 ユリン編・壱
35 隠れ家の在りか①
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それからというもの、ユリンはランライの命を受けて、シアン大王のために働いた。不本意ながらも、元大王派よりも大王派閥の支持者を増やし、リュウホン殿下を失脚させるしかないとランライは言う。
目をつけるべきは、反大王派。
反大王派の内訳には他の御子たちの支持者のほかに、どこに属するべきか決めかねている者たちがいる。以前助けた名家のズゥ家もその一端であり、彼らが加わったことで、大王派は権力を膨らませた。
対するリュウホンは将軍として戦地に赴き、先日も功績を挙げたようだ。彼の活躍は目覚ましく、なかには大王派閥からむこうへ寝返った者もいた。
それでも一進一退。
敵対派閥の導術師の手が行き届かないあたりに狙いをつけ恩を売る、地道だがその繰り返しで少しずつ、形勢は変わってきている。
(・・・・・・そっちはうまくいってるが、こっちはどうだ)
ユリンは空き時間に厩舎に出て、番をしている下男に用を申しつけ人払いした。
膝をつき、とんとんと地面を指で叩く。———さわっと枯れ草が擦れたかと思うと、もそもそと動き出したのが見えた。やがて、枯れ草の下から小さな鼻をぴこんと突き出したのは『ねずみ』だ。それも一匹ではない、数十匹に昇るねずみがユリンの脚元に集まった。
「報告を」
ユリンの問いかけに、一匹のねずみが前に進み出る。
『王宮も後宮も、街中を探して回ったけど、駄目でしたよ旦那。ダオは旦那の言うように王都にいるのかな?』
「・・・・・・そう踏んでいるが、おかしいな。なぜ見つからない」
平民街は王宮に忍び込む前に探し尽くし、後宮にいる可能性はもとから低いと考えていた。不貞を防ぐために女の園に男は入れないのだ。嫁や妾として男を娶る場合には、別で屋敷を与えるのが通例である。
ならばリュウホンが本宅としている麒麟の宮の一区域、もしくは王族街の別邸に。あらゆる予測をしていたのだが、すべて外れている。
「いったいどこにいる・・・・・・、ダオ」
ユリンが頭を抱えると、別のねずみがトコトコと進み出てきた。
『あのね、ユリンの旦那ぁ』
「ん? どうした」
『僕の弟が戻ってきてないの』
「え?」
ユリンは慌てて数を数える。
「———ほんとだ。一匹足りない」
大切な任務を任せている探索隊である。途中で事故にあったり、鳥や猫に食べられないように、不幸除けのまじないをかけている。
間違いなく戻ってくるはずなのに、戻ってきていないのはすこぶる変だ。
「お前の弟がどこに向かったのかわかるか?」
ねずみに問うと、「ちゅ」とうなずきが返ってくる。
『匂いを追えるよ! 探しに行ってもいいの?』
「もちろんだよ。見つけたら即座に報告を」
『了解!』
「ああ、ちょっと待て」
ユリンは懐から護符を取り出し、魔導力を込めて粉砕させた。散り散りになった灰をねずみたちの上に撒いてやり、まじないをかけ直す。
「さあ、行きなさい。必ず見つけておいで」
『お任せあれ!!』
ねずみたちは一斉に枯れ草の下に潜り、あっという間に姿を消す。さてと出ていこうとすると、不満げな鳴き声と土埃が飛んできた。
「・・・・・・そうだったな。お前のことも忘れてないよ」
ユリンは愛馬に近寄り、餌用の干し草を口に運んでやった。すると干し草ごとがぶりと噛まれ、ユリンは「すまなかったよ」と馬の首を撫でる。
「明日は走りに行けるように頼んでやるから。今はひとりなんだ。勘弁してくれ」
そう言うと、手のひらにすりすりと鼻先がこすりつけられる。
「許してくれるか? ありがとう。・・・・・・うん、わかってるよ。はやく、山小屋に戻りたいよな。お前の好きな木の芽はあそこにしか成らないんだもんな。戻りたいよな。俺もだよ」
ユリンはダオとの幸せな生活を思い出してしまった。あのアホみたいに広い部屋にいなくても、唐突に襲ってくる孤独。やすやすと奪われたという無念さ。無力感。
「大丈夫だ、必ず、ダオといっしょに帰ろう」
馬の額に額をつけ言い聞かせた言葉は、自分自身の胸に痛いくらいに響いた。
目をつけるべきは、反大王派。
反大王派の内訳には他の御子たちの支持者のほかに、どこに属するべきか決めかねている者たちがいる。以前助けた名家のズゥ家もその一端であり、彼らが加わったことで、大王派は権力を膨らませた。
対するリュウホンは将軍として戦地に赴き、先日も功績を挙げたようだ。彼の活躍は目覚ましく、なかには大王派閥からむこうへ寝返った者もいた。
それでも一進一退。
敵対派閥の導術師の手が行き届かないあたりに狙いをつけ恩を売る、地道だがその繰り返しで少しずつ、形勢は変わってきている。
(・・・・・・そっちはうまくいってるが、こっちはどうだ)
ユリンは空き時間に厩舎に出て、番をしている下男に用を申しつけ人払いした。
膝をつき、とんとんと地面を指で叩く。———さわっと枯れ草が擦れたかと思うと、もそもそと動き出したのが見えた。やがて、枯れ草の下から小さな鼻をぴこんと突き出したのは『ねずみ』だ。それも一匹ではない、数十匹に昇るねずみがユリンの脚元に集まった。
「報告を」
ユリンの問いかけに、一匹のねずみが前に進み出る。
『王宮も後宮も、街中を探して回ったけど、駄目でしたよ旦那。ダオは旦那の言うように王都にいるのかな?』
「・・・・・・そう踏んでいるが、おかしいな。なぜ見つからない」
平民街は王宮に忍び込む前に探し尽くし、後宮にいる可能性はもとから低いと考えていた。不貞を防ぐために女の園に男は入れないのだ。嫁や妾として男を娶る場合には、別で屋敷を与えるのが通例である。
ならばリュウホンが本宅としている麒麟の宮の一区域、もしくは王族街の別邸に。あらゆる予測をしていたのだが、すべて外れている。
「いったいどこにいる・・・・・・、ダオ」
ユリンが頭を抱えると、別のねずみがトコトコと進み出てきた。
『あのね、ユリンの旦那ぁ』
「ん? どうした」
『僕の弟が戻ってきてないの』
「え?」
ユリンは慌てて数を数える。
「———ほんとだ。一匹足りない」
大切な任務を任せている探索隊である。途中で事故にあったり、鳥や猫に食べられないように、不幸除けのまじないをかけている。
間違いなく戻ってくるはずなのに、戻ってきていないのはすこぶる変だ。
「お前の弟がどこに向かったのかわかるか?」
ねずみに問うと、「ちゅ」とうなずきが返ってくる。
『匂いを追えるよ! 探しに行ってもいいの?』
「もちろんだよ。見つけたら即座に報告を」
『了解!』
「ああ、ちょっと待て」
ユリンは懐から護符を取り出し、魔導力を込めて粉砕させた。散り散りになった灰をねずみたちの上に撒いてやり、まじないをかけ直す。
「さあ、行きなさい。必ず見つけておいで」
『お任せあれ!!』
ねずみたちは一斉に枯れ草の下に潜り、あっという間に姿を消す。さてと出ていこうとすると、不満げな鳴き声と土埃が飛んできた。
「・・・・・・そうだったな。お前のことも忘れてないよ」
ユリンは愛馬に近寄り、餌用の干し草を口に運んでやった。すると干し草ごとがぶりと噛まれ、ユリンは「すまなかったよ」と馬の首を撫でる。
「明日は走りに行けるように頼んでやるから。今はひとりなんだ。勘弁してくれ」
そう言うと、手のひらにすりすりと鼻先がこすりつけられる。
「許してくれるか? ありがとう。・・・・・・うん、わかってるよ。はやく、山小屋に戻りたいよな。お前の好きな木の芽はあそこにしか成らないんだもんな。戻りたいよな。俺もだよ」
ユリンはダオとの幸せな生活を思い出してしまった。あのアホみたいに広い部屋にいなくても、唐突に襲ってくる孤独。やすやすと奪われたという無念さ。無力感。
「大丈夫だ、必ず、ダオといっしょに帰ろう」
馬の額に額をつけ言い聞かせた言葉は、自分自身の胸に痛いくらいに響いた。
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