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第2章 ユリン編・壱

33 陛下と殿下③

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 宴の席を見回すと、低い卓子テーブルが綺麗に三つに分かれて置かれ、各派閥の衆が腰を下ろしていた。にこやかに会話を楽しむ者もいれど、別の派閥の者がすぐそばを通れば一様に口を閉ざし、不愉快そうに敵対心をあらわにした表情を見せた。
 卓子の上は山盛りの果物、肉魚希少な珍味を惜しみなく使用した多彩な料理、かめ入りの酒が所狭しと並び、王族の催す宴に見合った豪華な品揃え。
 奥の壁には天蓋に囲われた玉座があり、大王仕えの近衛兵がわきを固めていた。ふきの葉のような巨大な扇子を美貌の官女たちにあおがせ、食べ物を運ばせている。深紅の垂れ幕に隠された大王がいかなる人物なのか、それだけで予想をつけてしまっていたが、ランライの後について近づいていけば、ユリンは自分の間違いに気づかされた。
(・・・・・・そんな)
 玉座の大王は青白い顔をしていた。今にも泣きそうな、あまりにも頼りない顔をしていたから、子どもかと思ってしまった。昨年十六歳となり元服を迎えたと聞いているので、実際は青年と呼ぶべきなのだが、線の細い顔立ちはどちらかといえば女性的・・・・・・少女ともいえる。
 本来は富と権力を示すための黄金のすだれ付きの冠も、贅沢な絹をふんだんにあしらい、誰よりも豪華に着付けられた衣装も、隣の家の大人の服を借りてきたような、まるでお飾りの着せ替え人形に見える。
 背筋を伸ばして腰掛けてはいるものの、びくびくと臆病な目つき。なんとも哀れだ。
(玉座に座る人間なぞ、人前ではふんぞり返っているくらいがちょうどいいのに)
 それくらいでなければ、ここでは生き抜けないだろうに。

「大王さま、ランライでございます。遅れまして、ただいま馳せ参じました」

 最敬礼で腰を落としたランライにならい、大王勢の家臣全員が揃って蹲踞し胸に出した両手を重ねる。動作にあわせてザッと衣擦れの音が鳴ると、雑音が水を打ったように鎮まった。
 これにて宴会会場内に王宮の勢力図が浮かび上がる。
 最敬礼の姿勢を取って忠誠を誓った大王派閥。忌々しげに眉を顰めたリュウホン派閥。ふくみ笑い傍観している残りの少数派閥。
 一秒、・・・・・・二秒、空気が張りつめ、見ていられないといったふうにリュウホンが咳払いをした。それを合図にして、誰からともなくふたたび宴の話題に戻っていく。
 あたりが喧騒に満ちたところでランライが顔を上げ、ユリンにむかって手をかがけた。

「大王さま、紹介させていただきます。この者が以前にお話をいたしました、フェンでございます」
「はっ、導術師のフェンと申します。ご拝謁はいえつたまわり、嬉しく存じます。ご挨拶が遅れましたことを、重ねてお詫び申し上げます」

 格式ばった挨拶はおそらく耳に届いていなかった。ユリンを凝視した大王の瞳が恐怖におののく。恐ろしくて、口が聞けないのか。しかし仕方がない。彼からすれば、ただでさえ緊張の宴の場に得体の知れない包帯男がやってきたのだ。仲間ですよと言われても、事態が呑み込めないだろう。彼が倒れないか心配になる。同情してしまう。

「大王さま、ご無理をなさらず。皆の挨拶が済みましたら退出して結構ですよ」

 ユリンを背中に隠し、ランライが大王に近づく。誰が見ても最低な顔色だっただけに、家臣、近衛兵、官女全員が胸を撫でおろしたのがわかった。

「・・・・・・ああ、そうする。ランライよ、あとは頼む」
「御意に」
「そちらのかた、フェンと申したか、簡単なもてなしも出来ずにすみません。どうか今後もよろしく頼みます」

 大王はユリンの顔を見ないように目を伏せ、付け加える。か細い声は震えていた。

「はっ、たしかに承りました」

 ユリンの返答に、大王がほっとした表情でうなずいた。彼は近衛兵に視線を送り、玉座を立つと、厳重な警備に付き添われとびらの向こうに消えた。
 ユリンたちが入ってきたとびらとは別の、玉座の奥に設置されたとびらであり、王族のなかでも大王のみが使用を許される、鳳凰の宮に繋がっている。
 空いた玉座に残った残飯は、早くも官女たちが片づけはじめていた。
 大王が帰ったことに誰も気がつかない。気にしない。
 それはまさしく、異様な情景であった。
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