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第2章 ユリン編・壱

32 陛下と殿下②

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「今夜は正式な謁見ではないゆえ、そう気張らないでよい。これから立ち入る『鳳凰の宮』には我が大王さまも他のご兄弟さまもいらっしゃる。いわば定例の兄弟揃っての大宴会なのだ」

 そう説明したランライは、簡易的な身体検査を済ませたのち、ため息をつく。限られた者しか立ち入りが許されていない王宮。渡り廊下は厳重なとびらによって区切られ、近衛兵が交代で番をする。

「毎度毎度、通るたびに面倒きわまりない」

 連れてきた配下たちと共に、崩れた衣装ふくの合わせを直す顔は不服そうだ。武具や毒を持ち込んでいないかの検査は、丞相であっても例外なく行われる。
 しかし言ってみれば、丞相であるから、簡易的に済んでいるのだが。
(俺も、助かった)
 ランライと同行しているおかげで、ユリンも見ぐるみを剥がされずに通過の許可が降りた。

「先ほどの話ですが・・・・・・、それはつまり、むしろ気を引き締めて臨まないといけないのでは?」
「うむ。そのとおりだ」

 ランライは顔を上げてニヤリと笑った。

「だが酒と飯は美味いものが出る」
「はあ、・・・・・・楽しそうですね」

 表向きの宴会の席に、王族たちが一堂に会する。粛々と苛烈な派閥争いの場で、酒と飯を本気で楽しめる輩がいたらお目にかかりたい。
 敵方の家臣と仲良しこよしとはいかないだろう。

「やれやれ、大王派がもっとも堂々としていねば、おかしいではないか。この国の最上位に立つ御方の直下についているのだ。フェン殿もそろそろ自覚をもちたまえ」

 白々しく偽名を呼んだランライの目がユリンの肩越しにスッと動き、口元が扇子で覆われる。優雅な仕草にハッとしたが、いつのまにかユリンの後ろに立っていた人物はさらに神々しく、そして雄々しかった。

「お久しゅうございます、リュウホン殿下」

 温和おとなしやかに述べたランライは、最敬礼を行い、両脚を開いて腰を落とした蹲踞そんきょの姿勢をとる。

「貴様にそれをされると腹が立つな。立て、鬱陶しい。わざわざ要らない姿勢を取るな」
「これは失礼いたしました」

 厳粛な空間にリュウホンの舌打ちが響き、全員が示し合わせたように直立する。、他を圧する権勢をほしいままに・・・・・・。

「して、そこの睨んでいるやつは新しく来たという導術師か」

 ユリンは我にかえって瞬きをした。長身で体格のいいユリン。村にいたころは傷だらけの顔で、宮廷生活では頭巾を被ったぐるぐる巻きの包帯姿で、怯えられて爪弾きにされるのが常であった。
 だがこのときばかりは完全に見下されていた。臆せずに視線を注がれて額に汗がにじんだ。

「ふ、今後は目つきに気をつけることだな」

 ゆるりと目を細められ、完璧に負けを感じさせられた。ここで視線を逸らせば、負けが決定する。力関係がどうあれ、引くわけにはいかなかった。
 弱く見せておいたほうが、後々有利に働くのかもしれない。それでも、ダオという存在が自分とリュウホンとのあいだにいるのだ。安全に助け出すには慎重に段階を踏む必要がある。すぐに助けに行ってやれないのが歯痒い。せめてこの場では、一歩も下がってたまるかと思った。

「フェン殿、行きますよ。大王さまにご挨拶をしなければいけません」

 ユリンの意思を知ってか知らずか、助け舟の声が届いた。

「そちらの皆様にも、後ほどご挨拶にうかがいます」

 ランライが一礼すると、リュウホンは大衣マントをひるがえして背を向けた。

「挨拶などいらん。せいぜい大王が情けなく泣きださないようにおりでもしておけ」
「そうおっしゃらずに、どうぞお手柔らかに願います」

 丁重に頭を下げたランライが、ニコニコとしたまま奥歯を噛み締める。
 先にリュウホンが宴の会場に入っていき、彼の付き添いが続いて場を離れ、廊下は静粛とした。

「我々も行きましょうか」
「はい」
 
 ユリンを含めた、家臣一人ひとりの顔を見るランライは笑っていなかった。

「導術師殿の言っていたとおり、宴の席では気を抜かぬよう。大王さまをしてください」

 神妙な空気のなか、皆が頷いた。
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