33 / 91
第2章 ユリン編・壱
32 陛下と殿下②
しおりを挟む
「今夜は正式な謁見ではないゆえ、そう気張らないでよい。これから立ち入る『鳳凰の宮』には我が大王さまも他のご兄弟さまもいらっしゃる。いわば定例の兄弟揃っての大宴会なのだ」
そう説明したランライは、簡易的な身体検査を済ませたのち、ため息をつく。限られた者しか立ち入りが許されていない王宮。渡り廊下は厳重なとびらによって区切られ、近衛兵が交代で番をする。
「毎度毎度、通るたびに面倒きわまりない」
連れてきた配下たちと共に、崩れた衣装の合わせを直す顔は不服そうだ。武具や毒を持ち込んでいないかの検査は、丞相であっても例外なく行われる。
しかし言ってみれば、丞相であるから、簡易的に済んでいるのだが。
(俺も、助かった)
ランライと同行しているおかげで、ユリンも見ぐるみを剥がされずに通過の許可が降りた。
「先ほどの話ですが・・・・・・、それはつまり、むしろ気を引き締めて臨まないといけないのでは?」
「うむ。そのとおりだ」
ランライは顔を上げてニヤリと笑った。
「だが酒と飯は美味いものが出る」
「はあ、・・・・・・楽しそうですね」
表向きの宴会の席に、王族たちが一堂に会する。粛々と苛烈な派閥争いの場で、酒と飯を本気で楽しめる輩がいたらお目にかかりたい。
敵方の家臣と仲良しこよしとはいかないだろう。
「やれやれ、大王派がもっとも堂々としていねば、おかしいではないか。この国の最上位に立つ御方の直下についているのだ。フェン殿もそろそろ自覚をもちたまえ」
白々しく偽名を呼んだランライの目がユリンの肩越しにスッと動き、口元が扇子で覆われる。優雅な仕草にハッとしたが、いつのまにかユリンの後ろに立っていた人物はさらに神々しく、そして雄々しかった。
「お久しゅうございます、リュウホン殿下」
温和しやかに述べたランライは、最敬礼を行い、両脚を開いて腰を落とした蹲踞の姿勢をとる。
「貴様にそれをされると腹が立つな。立て、鬱陶しい。わざわざ要らない姿勢を取るな」
「これは失礼いたしました」
厳粛な空間にリュウホンの舌打ちが響き、全員が示し合わせたように直立する。大王陛下ではないのに、他を圧する権勢をほしいままに・・・・・・。
「して、そこの睨んでいるやつは新しく来たという導術師か」
ユリンは我にかえって瞬きをした。長身で体格のいいユリン。村にいたころは傷だらけの顔で、宮廷生活では頭巾を被ったぐるぐる巻きの包帯姿で、怯えられて爪弾きにされるのが常であった。
だがこのときばかりは完全に見下されていた。臆せずに視線を注がれて額に汗がにじんだ。
「ふ、今後は目つきに気をつけることだな」
ゆるりと目を細められ、完璧に負けを感じさせられた。ここで視線を逸らせば、負けが決定する。力関係がどうあれ、引くわけにはいかなかった。
弱く見せておいたほうが、後々有利に働くのかもしれない。それでも、ダオという存在が自分とリュウホンとのあいだにいるのだ。安全に助け出すには慎重に段階を踏む必要がある。すぐに助けに行ってやれないのが歯痒い。せめてこの場では、一歩も下がってたまるかと思った。
「フェン殿、行きますよ。大王さまにご挨拶をしなければいけません」
ユリンの意思を知ってか知らずか、助け舟の声が届いた。
「そちらの皆様にも、後ほどご挨拶にうかがいます」
ランライが一礼すると、リュウホンは大衣をひるがえして背を向けた。
「挨拶などいらん。せいぜい大王が情けなく泣きださないようにお守りでもしておけ」
「そうおっしゃらずに、どうぞお手柔らかに願います」
丁重に頭を下げたランライが、ニコニコとしたまま奥歯を噛み締める。
先にリュウホンが宴の会場に入っていき、彼の付き添いが続いて場を離れ、廊下は静粛とした。
「我々も行きましょうか」
「はい」
ユリンを含めた、家臣一人ひとりの顔を見るランライは笑っていなかった。
「導術師殿の言っていたとおり、宴の席では気を抜かぬよう。大王さまをおまもりしてください」
神妙な空気のなか、皆が頷いた。
そう説明したランライは、簡易的な身体検査を済ませたのち、ため息をつく。限られた者しか立ち入りが許されていない王宮。渡り廊下は厳重なとびらによって区切られ、近衛兵が交代で番をする。
「毎度毎度、通るたびに面倒きわまりない」
連れてきた配下たちと共に、崩れた衣装の合わせを直す顔は不服そうだ。武具や毒を持ち込んでいないかの検査は、丞相であっても例外なく行われる。
しかし言ってみれば、丞相であるから、簡易的に済んでいるのだが。
(俺も、助かった)
ランライと同行しているおかげで、ユリンも見ぐるみを剥がされずに通過の許可が降りた。
「先ほどの話ですが・・・・・・、それはつまり、むしろ気を引き締めて臨まないといけないのでは?」
「うむ。そのとおりだ」
ランライは顔を上げてニヤリと笑った。
「だが酒と飯は美味いものが出る」
「はあ、・・・・・・楽しそうですね」
表向きの宴会の席に、王族たちが一堂に会する。粛々と苛烈な派閥争いの場で、酒と飯を本気で楽しめる輩がいたらお目にかかりたい。
敵方の家臣と仲良しこよしとはいかないだろう。
「やれやれ、大王派がもっとも堂々としていねば、おかしいではないか。この国の最上位に立つ御方の直下についているのだ。フェン殿もそろそろ自覚をもちたまえ」
白々しく偽名を呼んだランライの目がユリンの肩越しにスッと動き、口元が扇子で覆われる。優雅な仕草にハッとしたが、いつのまにかユリンの後ろに立っていた人物はさらに神々しく、そして雄々しかった。
「お久しゅうございます、リュウホン殿下」
温和しやかに述べたランライは、最敬礼を行い、両脚を開いて腰を落とした蹲踞の姿勢をとる。
「貴様にそれをされると腹が立つな。立て、鬱陶しい。わざわざ要らない姿勢を取るな」
「これは失礼いたしました」
厳粛な空間にリュウホンの舌打ちが響き、全員が示し合わせたように直立する。大王陛下ではないのに、他を圧する権勢をほしいままに・・・・・・。
「して、そこの睨んでいるやつは新しく来たという導術師か」
ユリンは我にかえって瞬きをした。長身で体格のいいユリン。村にいたころは傷だらけの顔で、宮廷生活では頭巾を被ったぐるぐる巻きの包帯姿で、怯えられて爪弾きにされるのが常であった。
だがこのときばかりは完全に見下されていた。臆せずに視線を注がれて額に汗がにじんだ。
「ふ、今後は目つきに気をつけることだな」
ゆるりと目を細められ、完璧に負けを感じさせられた。ここで視線を逸らせば、負けが決定する。力関係がどうあれ、引くわけにはいかなかった。
弱く見せておいたほうが、後々有利に働くのかもしれない。それでも、ダオという存在が自分とリュウホンとのあいだにいるのだ。安全に助け出すには慎重に段階を踏む必要がある。すぐに助けに行ってやれないのが歯痒い。せめてこの場では、一歩も下がってたまるかと思った。
「フェン殿、行きますよ。大王さまにご挨拶をしなければいけません」
ユリンの意思を知ってか知らずか、助け舟の声が届いた。
「そちらの皆様にも、後ほどご挨拶にうかがいます」
ランライが一礼すると、リュウホンは大衣をひるがえして背を向けた。
「挨拶などいらん。せいぜい大王が情けなく泣きださないようにお守りでもしておけ」
「そうおっしゃらずに、どうぞお手柔らかに願います」
丁重に頭を下げたランライが、ニコニコとしたまま奥歯を噛み締める。
先にリュウホンが宴の会場に入っていき、彼の付き添いが続いて場を離れ、廊下は静粛とした。
「我々も行きましょうか」
「はい」
ユリンを含めた、家臣一人ひとりの顔を見るランライは笑っていなかった。
「導術師殿の言っていたとおり、宴の席では気を抜かぬよう。大王さまをおまもりしてください」
神妙な空気のなか、皆が頷いた。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
【R18】青き竜の溺愛花嫁 ー竜族に生贄として捧げられたと思っていたのに、旦那様が甘すぎるー
夕月
恋愛
聖女の力を持たずに生まれてきたシェイラは、竜族の生贄となるべく育てられた。
成人を迎えたその日、生贄として捧げられたシェイラの前にあらわれたのは、大きく美しい青い竜。
そのまま喰われると思っていたのに、彼は人の姿となり、シェイラを花嫁だと言った――。
虐げられていたヒロイン(本人に自覚無し)が、竜族の国で本当の幸せを掴むまで。
ヒーローは竜の姿になることもありますが、Rシーンは人型のみです。
大人描写のある回には★をつけます。
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
虹の月 貝殻の雲
たいよう一花
BL
「私の妃に、なってくれぬか、レイ。私はおまえを愛している」ある日突然、友人である魔王から求婚されたレイは、驚いてその申し出を拒絶する。しかし、レイを運命の相手と知る魔王は諦めず、レイをさらい、城の一角に幽閉して無理矢理 体を繋げてしまう。夜毎魔王に凌辱され続けるレイは、次第に魔王への特別な感情を意識しはじめるが……。
◆異世界ファンタジーBL・18禁。
物語が進むうちに、愛ある暴走からの、流血を伴う過激な性行為の描写が出てきますので、苦手な方はご注意ください。また、魔族の生殖器が特殊なため、性交渉がやや倒錯的となります。
◆眉目秀麗で精悍な顔つき、かなり体格の良い魔王 × 端整な顔立ち、引き締まった体つきの混血の青年
◆他サイトですでに公開済みの小説を、加筆修正して再編成しています。
◆続編「滅びの序曲 希望の歌」があります。現在、1章のみ公開していますが、よろしければ続けて読んで頂けると嬉しいです。
母の再婚で魔王が義父になりまして~淫魔なお兄ちゃんに執着溺愛されてます~
トモモト ヨシユキ
BL
母が魔王と再婚したルルシアは、義兄であるアーキライトが大の苦手。しかもどうやら義兄には、嫌われている。
しかし、ある事件をきっかけに義兄から溺愛されるようになり…エブリスタとフジョッシーにも掲載しています。
[完結]堕とされた亡国の皇子は剣を抱く
小葉石
BL
今は亡きガザインバーグの名を継ぐ最後の亡国の皇子スロウルは実の父に幼き頃より冷遇されて育つ。
10歳を過ぎた辺りからは荒くれた男達が集まる討伐部隊に強引に入れられてしまう。
妖精姫との名高い母親の美貌を受け継ぎ、幼い頃は美少女と言われても遜色ないスロウルに容赦ない手が伸びて行く…
アクサードと出会い、思いが通じるまでを書いていきます。
※亡国の皇子は華と剣を愛でる、
のサイドストーリーになりますが、この話だけでも楽しめるようにしますので良かったらお読みください。
際どいシーンは*をつけてます。
雫
ゆい
BL
涙が落ちる。
涙は彼に届くことはない。
彼を想うことは、これでやめよう。
何をどうしても、彼の気持ちは僕に向くことはない。
僕は、その場から音を立てずに立ち去った。
僕はアシェル=オルスト。
侯爵家の嫡男として生まれ、10歳の時にエドガー=ハルミトンと婚約した。
彼には、他に愛する人がいた。
世界観は、【夜空と暁と】と同じです。
アルサス達がでます。
【夜空と暁と】を知らなくても、これだけで読めます。
随時更新です。
処女姫Ωと帝の初夜
切羽未依
BL
αの皇子を産むため、男なのに姫として後宮に入れられたΩのぼく。
七年も経っても、未だに帝に番われず、未通(おとめ=処女)のままだった。
幼なじみでもある帝と仲は良かったが、Ωとして求められないことに、ぼくは不安と悲しみを抱えていた・・・
『紫式部~実は、歴史上の人物がΩだった件』の紫式部の就職先・藤原彰子も実はΩで、男の子だった!?というオメガバースな歴史ファンタジー。
歴史や古文が苦手でも、だいじょうぶ。ふりがな満載・カッコ書きの説明大量。
フツーの日本語で書いています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる