32 / 91
第2章 ユリン編・壱
31 陛下と殿下①
しおりを挟む
ユリンは一日を厩舎で過ごす。馬の世話をしてやり、ランライの許しを得た日には従者をともなって草原地に行き、馬を走らせてやっていた。
「疲れたか?」
馬の脚がふいに止まり、鼻先が空に向く。
(普段の半分も走っていない。調子が悪いのか?)
ユリンは不安に思い鼻先を撫でる。馬の目が真っ直ぐに空を見つめているのに気づき、自分も空を見上げてみた。
雲の合間を遠くに飛んでいく翼のある黒っぽい点。
なんてことはなかった。あれは、鳩だ。
「気になるのか? 軍の使う伝書鳩だぞ」
二度三度、目をすがめるうちに、あっという間に鳩は見えなくなった。入れ替わりで、後方から声がかかる。
「フェンさま、ランライさまがすぐに戻るようにと」
「わかりました。仕事ですね」
甲の殿に戻ればランライは来客者と対談しながら待っていた。彼の部屋の卓上には古い書を記した木簡と、紙の書物が山積みにされている。
(まことに生真面目で尊敬する・・・・・・)
ちらりと覗いただけでも、その内容は一目瞭然だった。
「ランライ殿、ただいま戻りました」
「おお、待っておったぞ。座りたまえ」
促されてランライの隣に腰掛けると、向かい合わせになった来客者がぴしりと姿勢を正す。
ユリンは安心させてやるために、他所行きの声で話しかけた。
「怖がらなくて大丈夫ですよ。こんな見た目ですけれど、ふつうの男です」
そう言って効果があった試しはないが、言わないよりはいい。
「はい・・・・・・」
やはり返ってきた声は小さい。
「どれどれ、さっそく用件をお聞かせ願いたい」
ランライが話をつなぎ、来客の『青年』は話をはじめた。
青年の実家は茶葉をとり扱う商家。商売はいたって順調で、富裕層にも贔屓され、王宮、宮廷内へ商品をおろす機会もある。丞相であるランライと顔見知りになったのは、頼まれていた茶葉を運んできた際だった。
「王族がお抱えの導術師さま以外に、新しい導術師さまが王都にいらっしゃったと、平民のあいだでも話題になっております。ですが普段、導術師さまが平民のもとまで来てくださることはありません」
青年が目を伏せ、ランライが「うむ」と腕を組む。
「貴重な力であるから、それは仕方がない」
「もちろんですとも。国民はみな承知しております。しかし丞相さまのお人柄は良く知っていましたので、もしやと思いまして、声をかけさせていただきました。恐れながらも、外の現状を知ってほしかったのです」
青年がここを訪れことになった経緯を聞き、なるほどなと思う。外とは、王宮、宮廷の外、王都の外。
(教えられなくとも知っているさ、俺は長らく外で暮らしていたのだから)
頼まれるのなら助けてやりたい。ユリンはランライの反応をうかがった。
「よい。なんでも話してみよ。そのために呼んだのだ」
最初から答えは決まっていたのだろう。ランライはあっさりと気難しい表情を変化させた。
「宜しいのでしょうか?!」
「聞いたからといって、すべてに対処できるとは限らんが、そのあたりはこちらで考える」
「ありがとうございますっっ」
青年は涙を流しながら、日々の苦労を語った。ユリンにとっては真新しい話ではない。ひと知らず物の怪となり、救われずに呪われ、姿を消した者たちを何千と知っている。
夕刻。急須の茶を五杯適度飲み干した段階で、ようやく話は一段落し、青年は深々と頭を下げて帰っていった。
「平民に導術師の力を分け与えるなんて異例のことですよ」
青年の背中が見えなくなってから、ユリンは「大丈夫なんですか」とランライに視線を向けた。
「導術師殿が申していたのではないか。国が呪いに呑み込まれたら困るからの」
「まさか、本気で案じてらっしゃったのですか」
「当たり前じゃ」
ランライは眉をひそめて髭をなでる。珍しく、似合わない髭が権威の光を放っている。
「それにの、国民に目を向けると、我らの陣営に得がある」
「おっしゃられている意味が、わかりません」
「すぐに、わかるぞ。その前に身支度を整えねば」
乗馬を至急終わらせ慌てて戻ってきたせいで、ユリンの身なりはいたく乱れて汚れていた。ランライはユリンの頭巾に手を伸ばし、手で何かを掴んで目の前に晒す。
「葉っぱまでついておるぞ。ついてこい。今夜はお待ちかねのリュウホン殿下とのお目通りが叶う」
「・・・・・・はい、かたじけない」
無邪気な年ごろの子どもならまだしも。図体のでかい男が頭に葉をつけたまま客をむかえていたのかと思うと、包帯の下の頬がカッと熱くなる。
(もしや、あの青年は怖がっていたのではなくて笑いをこらえていた?)
ユリンは苦々しく談話中の青年の態度を思い出した。
(だめだ、気持ちを切り替えろ)
ダオを連れ去ったリュウホンとついに対峙できる。こんなことで動揺している場合ではないのだ。
「疲れたか?」
馬の脚がふいに止まり、鼻先が空に向く。
(普段の半分も走っていない。調子が悪いのか?)
ユリンは不安に思い鼻先を撫でる。馬の目が真っ直ぐに空を見つめているのに気づき、自分も空を見上げてみた。
雲の合間を遠くに飛んでいく翼のある黒っぽい点。
なんてことはなかった。あれは、鳩だ。
「気になるのか? 軍の使う伝書鳩だぞ」
二度三度、目をすがめるうちに、あっという間に鳩は見えなくなった。入れ替わりで、後方から声がかかる。
「フェンさま、ランライさまがすぐに戻るようにと」
「わかりました。仕事ですね」
甲の殿に戻ればランライは来客者と対談しながら待っていた。彼の部屋の卓上には古い書を記した木簡と、紙の書物が山積みにされている。
(まことに生真面目で尊敬する・・・・・・)
ちらりと覗いただけでも、その内容は一目瞭然だった。
「ランライ殿、ただいま戻りました」
「おお、待っておったぞ。座りたまえ」
促されてランライの隣に腰掛けると、向かい合わせになった来客者がぴしりと姿勢を正す。
ユリンは安心させてやるために、他所行きの声で話しかけた。
「怖がらなくて大丈夫ですよ。こんな見た目ですけれど、ふつうの男です」
そう言って効果があった試しはないが、言わないよりはいい。
「はい・・・・・・」
やはり返ってきた声は小さい。
「どれどれ、さっそく用件をお聞かせ願いたい」
ランライが話をつなぎ、来客の『青年』は話をはじめた。
青年の実家は茶葉をとり扱う商家。商売はいたって順調で、富裕層にも贔屓され、王宮、宮廷内へ商品をおろす機会もある。丞相であるランライと顔見知りになったのは、頼まれていた茶葉を運んできた際だった。
「王族がお抱えの導術師さま以外に、新しい導術師さまが王都にいらっしゃったと、平民のあいだでも話題になっております。ですが普段、導術師さまが平民のもとまで来てくださることはありません」
青年が目を伏せ、ランライが「うむ」と腕を組む。
「貴重な力であるから、それは仕方がない」
「もちろんですとも。国民はみな承知しております。しかし丞相さまのお人柄は良く知っていましたので、もしやと思いまして、声をかけさせていただきました。恐れながらも、外の現状を知ってほしかったのです」
青年がここを訪れことになった経緯を聞き、なるほどなと思う。外とは、王宮、宮廷の外、王都の外。
(教えられなくとも知っているさ、俺は長らく外で暮らしていたのだから)
頼まれるのなら助けてやりたい。ユリンはランライの反応をうかがった。
「よい。なんでも話してみよ。そのために呼んだのだ」
最初から答えは決まっていたのだろう。ランライはあっさりと気難しい表情を変化させた。
「宜しいのでしょうか?!」
「聞いたからといって、すべてに対処できるとは限らんが、そのあたりはこちらで考える」
「ありがとうございますっっ」
青年は涙を流しながら、日々の苦労を語った。ユリンにとっては真新しい話ではない。ひと知らず物の怪となり、救われずに呪われ、姿を消した者たちを何千と知っている。
夕刻。急須の茶を五杯適度飲み干した段階で、ようやく話は一段落し、青年は深々と頭を下げて帰っていった。
「平民に導術師の力を分け与えるなんて異例のことですよ」
青年の背中が見えなくなってから、ユリンは「大丈夫なんですか」とランライに視線を向けた。
「導術師殿が申していたのではないか。国が呪いに呑み込まれたら困るからの」
「まさか、本気で案じてらっしゃったのですか」
「当たり前じゃ」
ランライは眉をひそめて髭をなでる。珍しく、似合わない髭が権威の光を放っている。
「それにの、国民に目を向けると、我らの陣営に得がある」
「おっしゃられている意味が、わかりません」
「すぐに、わかるぞ。その前に身支度を整えねば」
乗馬を至急終わらせ慌てて戻ってきたせいで、ユリンの身なりはいたく乱れて汚れていた。ランライはユリンの頭巾に手を伸ばし、手で何かを掴んで目の前に晒す。
「葉っぱまでついておるぞ。ついてこい。今夜はお待ちかねのリュウホン殿下とのお目通りが叶う」
「・・・・・・はい、かたじけない」
無邪気な年ごろの子どもならまだしも。図体のでかい男が頭に葉をつけたまま客をむかえていたのかと思うと、包帯の下の頬がカッと熱くなる。
(もしや、あの青年は怖がっていたのではなくて笑いをこらえていた?)
ユリンは苦々しく談話中の青年の態度を思い出した。
(だめだ、気持ちを切り替えろ)
ダオを連れ去ったリュウホンとついに対峙できる。こんなことで動揺している場合ではないのだ。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
ポケットのなかの空
三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】
大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。
取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。
十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。
目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……?
重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
・性描写のある回には「※」マークが付きます。
・水元視点の番外編もあり。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
※番外編はこちら
『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
【完結】極貧イケメン学生は体を売らない。【番外編あります】
紫紺(紗子)
BL
貧乏学生をスパダリが救済!?代償は『恋人のフリ』だった。
相模原涼(さがみはらりょう)は法学部の大学2年生。
超がつく貧乏学生なのに、突然居酒屋のバイトをクビになってしまった。
失意に沈む涼の前に現れたのは、ブランドスーツに身を包んだイケメン、大手法律事務所の副所長 城南晄矢(じょうなんみつや)。
彼は涼にバイトしないかと誘うのだが……。
※番外編を公開しました(10/21)
生活に追われて恋とは無縁の極貧イケメンの涼と、何もかもに恵まれた晄矢のラブコメBL。二人の気持ちはどっちに向いていくのか。
※本作品中の公判、判例、事件等は全て架空のものです。完全なフィクションであり、参考にした事件等もございません。拙い表現や現実との乖離はどうぞご容赦ください。
※4月18日、完結しました。ありがとうございました。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる