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第2章 ユリン編・壱
30 見せかけの平穏——謎の導術師⑤
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「———さすがではないか、驚いた」
行きとは打って変わって、黄金と秋の紅葉を混ぜあわせた夕焼けの空だ。ほのかに冷えた風が心地よく、帰りの馬車の空気は軽い。
「恐れ入ります」
今、ランライからお褒めに預かったということは、ユリンは賭けに勝った。ただアレは自信があってというよりは、切羽詰まって襲ってきたという印象であったが。
ズゥ家に漂っていた不吉な影は無事に消滅した。お礼に宴を催したいから泊まっていけと勧められ、丁重に断りを入れて、すみやかに帰宅の路に着いた。正直、ズゥ家はそれどころではないだろう。
「あれは、あの女はなんだったんだ・・・・・・口がなかったぞ。まるで口だけガブっと喰われたような」
ランライが思い出したように震えながら、口を両手で覆った。
「あくまで予想ですが、強要された秘めごとに耐えられなかったんでしょう。言ってはいけないという精神的な苦しみによって、暗に呑み込まれたのです」
「秘めごとって、だれに・・・・・・?」
「ズゥ家の長でしょうな」
「まさか、手を出していたのか」
客間で待たされていたユリンとランライ。とびらが開かれて振り返れば、二人を屋敷内に案内した女が包丁をもって佇んでいた。
物の怪の姿を現した彼女の口は抉られて失われ、永遠に閉ざされた状態になっていた。
すぐさま魔導力で暗の気を浄化し、物の怪の姿を解いてやれば、彼女は無事にもとに戻った。
ひいては、意識を取り戻した彼女は喋るだろう。
洗いざらい何もかもを。
「そうかそうか、それは素晴らしい秘密を手に入れた」
ランライは満面の笑みとなり、いざとなった場合のゆすりのネタにご満悦だ。
「これだけでも、導術師殿を助けた元が取れた。お主の魔導力とやらはすごいのう」
「お力添えができて光栄です。今日は、おそらく本命には逃れられましたが」
「・・・・・・ん? どういうことだ」
「本来、あの程度の物の怪がもつ呪いの強さなど、暗い場所で気持ちの悪さを感じるくらいなのですよ」
理解できていない間抜け顔の男に、ユリンは説明を加えてやった。
「彼女を追いつめ、さらに彼女の仕業に見えるようにズゥ家に呪いをかけた本命が別にいるかもしれないということです」
そして口はその別の物の怪によって喰われた。あの段階では、精神的苦痛の種であった口に溜まっていた暗の気を吸い取られただけだったが。
そこまで話し、みるみるうちにランライの表情が青くなっていったので、説明を途中で切り上げた。
「・・・・・・すべて俺の直感なので、考えすぎなだけかもしれません。お忘れください」
「いや、頭の隅に置いておく。当たりなら非常に良くない話だな」
「ええ」
とかくも初回の仕事はこれで済み、帰宅後の甲の殿にて褒美の酒が振る舞われたのだった。
◇
それから宮廷内はひっそりと騒ぎになった。ズゥ家の汚い所業には口をつぐんだので、騒ぎの主役はずばりユリンである。
———やれ、丞相のところに腕のいい導術師が入ったようだ。
———だが得体が知れないやつだ。本物か怪しい。素顔を隠している姿を私は見た。
———それでは勢いを取り戻したズゥ家を、どう説明するのだ。
———ぐぅ・・・・・・。
———我々も身の振り方を考えないといかんな。これで宮廷内の均衡もわからなくなった。
聞こえてくる声は様々だ。ユリンに関しては謎の深い外容がうまい具合に役立ち、誰も知らないような秘境の村から連れてきた、ごく少数の小さな一族の出なのだと疑わない。謎の導術師への憶測は勝手に膨らみ、付け足され、適当に設定された生い立ちが日に日に信憑性を増していた。
何もせずとも噂は広まってゆくだろうが、ランライが裏から事実を非のないように話して広めたため、冷や冷やしていたズゥ家には大変に『恩』を売った。
行きとは打って変わって、黄金と秋の紅葉を混ぜあわせた夕焼けの空だ。ほのかに冷えた風が心地よく、帰りの馬車の空気は軽い。
「恐れ入ります」
今、ランライからお褒めに預かったということは、ユリンは賭けに勝った。ただアレは自信があってというよりは、切羽詰まって襲ってきたという印象であったが。
ズゥ家に漂っていた不吉な影は無事に消滅した。お礼に宴を催したいから泊まっていけと勧められ、丁重に断りを入れて、すみやかに帰宅の路に着いた。正直、ズゥ家はそれどころではないだろう。
「あれは、あの女はなんだったんだ・・・・・・口がなかったぞ。まるで口だけガブっと喰われたような」
ランライが思い出したように震えながら、口を両手で覆った。
「あくまで予想ですが、強要された秘めごとに耐えられなかったんでしょう。言ってはいけないという精神的な苦しみによって、暗に呑み込まれたのです」
「秘めごとって、だれに・・・・・・?」
「ズゥ家の長でしょうな」
「まさか、手を出していたのか」
客間で待たされていたユリンとランライ。とびらが開かれて振り返れば、二人を屋敷内に案内した女が包丁をもって佇んでいた。
物の怪の姿を現した彼女の口は抉られて失われ、永遠に閉ざされた状態になっていた。
すぐさま魔導力で暗の気を浄化し、物の怪の姿を解いてやれば、彼女は無事にもとに戻った。
ひいては、意識を取り戻した彼女は喋るだろう。
洗いざらい何もかもを。
「そうかそうか、それは素晴らしい秘密を手に入れた」
ランライは満面の笑みとなり、いざとなった場合のゆすりのネタにご満悦だ。
「これだけでも、導術師殿を助けた元が取れた。お主の魔導力とやらはすごいのう」
「お力添えができて光栄です。今日は、おそらく本命には逃れられましたが」
「・・・・・・ん? どういうことだ」
「本来、あの程度の物の怪がもつ呪いの強さなど、暗い場所で気持ちの悪さを感じるくらいなのですよ」
理解できていない間抜け顔の男に、ユリンは説明を加えてやった。
「彼女を追いつめ、さらに彼女の仕業に見えるようにズゥ家に呪いをかけた本命が別にいるかもしれないということです」
そして口はその別の物の怪によって喰われた。あの段階では、精神的苦痛の種であった口に溜まっていた暗の気を吸い取られただけだったが。
そこまで話し、みるみるうちにランライの表情が青くなっていったので、説明を途中で切り上げた。
「・・・・・・すべて俺の直感なので、考えすぎなだけかもしれません。お忘れください」
「いや、頭の隅に置いておく。当たりなら非常に良くない話だな」
「ええ」
とかくも初回の仕事はこれで済み、帰宅後の甲の殿にて褒美の酒が振る舞われたのだった。
◇
それから宮廷内はひっそりと騒ぎになった。ズゥ家の汚い所業には口をつぐんだので、騒ぎの主役はずばりユリンである。
———やれ、丞相のところに腕のいい導術師が入ったようだ。
———だが得体が知れないやつだ。本物か怪しい。素顔を隠している姿を私は見た。
———それでは勢いを取り戻したズゥ家を、どう説明するのだ。
———ぐぅ・・・・・・。
———我々も身の振り方を考えないといかんな。これで宮廷内の均衡もわからなくなった。
聞こえてくる声は様々だ。ユリンに関しては謎の深い外容がうまい具合に役立ち、誰も知らないような秘境の村から連れてきた、ごく少数の小さな一族の出なのだと疑わない。謎の導術師への憶測は勝手に膨らみ、付け足され、適当に設定された生い立ちが日に日に信憑性を増していた。
何もせずとも噂は広まってゆくだろうが、ランライが裏から事実を非のないように話して広めたため、冷や冷やしていたズゥ家には大変に『恩』を売った。
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