31 / 91
第2章 ユリン編・壱
30 見せかけの平穏——謎の導術師⑤
しおりを挟む
「———さすがではないか、驚いた」
行きとは打って変わって、黄金と秋の紅葉を混ぜあわせた夕焼けの空だ。ほのかに冷えた風が心地よく、帰りの馬車の空気は軽い。
「恐れ入ります」
今、ランライからお褒めに預かったということは、ユリンは賭けに勝った。ただアレは自信があってというよりは、切羽詰まって襲ってきたという印象であったが。
ズゥ家に漂っていた不吉な影は無事に消滅した。お礼に宴を催したいから泊まっていけと勧められ、丁重に断りを入れて、すみやかに帰宅の路に着いた。正直、ズゥ家はそれどころではないだろう。
「あれは、あの女はなんだったんだ・・・・・・口がなかったぞ。まるで口だけガブっと喰われたような」
ランライが思い出したように震えながら、口を両手で覆った。
「あくまで予想ですが、強要された秘めごとに耐えられなかったんでしょう。言ってはいけないという精神的な苦しみによって、暗に呑み込まれたのです」
「秘めごとって、だれに・・・・・・?」
「ズゥ家の長でしょうな」
「まさか、手を出していたのか」
客間で待たされていたユリンとランライ。とびらが開かれて振り返れば、二人を屋敷内に案内した女が包丁をもって佇んでいた。
物の怪の姿を現した彼女の口は抉られて失われ、永遠に閉ざされた状態になっていた。
すぐさま魔導力で暗の気を浄化し、物の怪の姿を解いてやれば、彼女は無事にもとに戻った。
ひいては、意識を取り戻した彼女は喋るだろう。
洗いざらい何もかもを。
「そうかそうか、それは素晴らしい秘密を手に入れた」
ランライは満面の笑みとなり、いざとなった場合のゆすりのネタにご満悦だ。
「これだけでも、導術師殿を助けた元が取れた。お主の魔導力とやらはすごいのう」
「お力添えができて光栄です。今日は、おそらく本命には逃れられましたが」
「・・・・・・ん? どういうことだ」
「本来、あの程度の物の怪がもつ呪いの強さなど、暗い場所で気持ちの悪さを感じるくらいなのですよ」
理解できていない間抜け顔の男に、ユリンは説明を加えてやった。
「彼女を追いつめ、さらに彼女の仕業に見えるようにズゥ家に呪いをかけた本命が別にいるかもしれないということです」
そして口はその別の物の怪によって喰われた。あの段階では、精神的苦痛の種であった口に溜まっていた暗の気を吸い取られただけだったが。
そこまで話し、みるみるうちにランライの表情が青くなっていったので、説明を途中で切り上げた。
「・・・・・・すべて俺の直感なので、考えすぎなだけかもしれません。お忘れください」
「いや、頭の隅に置いておく。当たりなら非常に良くない話だな」
「ええ」
とかくも初回の仕事はこれで済み、帰宅後の甲の殿にて褒美の酒が振る舞われたのだった。
◇
それから宮廷内はひっそりと騒ぎになった。ズゥ家の汚い所業には口をつぐんだので、騒ぎの主役はずばりユリンである。
———やれ、丞相のところに腕のいい導術師が入ったようだ。
———だが得体が知れないやつだ。本物か怪しい。素顔を隠している姿を私は見た。
———それでは勢いを取り戻したズゥ家を、どう説明するのだ。
———ぐぅ・・・・・・。
———我々も身の振り方を考えないといかんな。これで宮廷内の均衡もわからなくなった。
聞こえてくる声は様々だ。ユリンに関しては謎の深い外容がうまい具合に役立ち、誰も知らないような秘境の村から連れてきた、ごく少数の小さな一族の出なのだと疑わない。謎の導術師への憶測は勝手に膨らみ、付け足され、適当に設定された生い立ちが日に日に信憑性を増していた。
何もせずとも噂は広まってゆくだろうが、ランライが裏から事実を非のないように話して広めたため、冷や冷やしていたズゥ家には大変に『恩』を売った。
行きとは打って変わって、黄金と秋の紅葉を混ぜあわせた夕焼けの空だ。ほのかに冷えた風が心地よく、帰りの馬車の空気は軽い。
「恐れ入ります」
今、ランライからお褒めに預かったということは、ユリンは賭けに勝った。ただアレは自信があってというよりは、切羽詰まって襲ってきたという印象であったが。
ズゥ家に漂っていた不吉な影は無事に消滅した。お礼に宴を催したいから泊まっていけと勧められ、丁重に断りを入れて、すみやかに帰宅の路に着いた。正直、ズゥ家はそれどころではないだろう。
「あれは、あの女はなんだったんだ・・・・・・口がなかったぞ。まるで口だけガブっと喰われたような」
ランライが思い出したように震えながら、口を両手で覆った。
「あくまで予想ですが、強要された秘めごとに耐えられなかったんでしょう。言ってはいけないという精神的な苦しみによって、暗に呑み込まれたのです」
「秘めごとって、だれに・・・・・・?」
「ズゥ家の長でしょうな」
「まさか、手を出していたのか」
客間で待たされていたユリンとランライ。とびらが開かれて振り返れば、二人を屋敷内に案内した女が包丁をもって佇んでいた。
物の怪の姿を現した彼女の口は抉られて失われ、永遠に閉ざされた状態になっていた。
すぐさま魔導力で暗の気を浄化し、物の怪の姿を解いてやれば、彼女は無事にもとに戻った。
ひいては、意識を取り戻した彼女は喋るだろう。
洗いざらい何もかもを。
「そうかそうか、それは素晴らしい秘密を手に入れた」
ランライは満面の笑みとなり、いざとなった場合のゆすりのネタにご満悦だ。
「これだけでも、導術師殿を助けた元が取れた。お主の魔導力とやらはすごいのう」
「お力添えができて光栄です。今日は、おそらく本命には逃れられましたが」
「・・・・・・ん? どういうことだ」
「本来、あの程度の物の怪がもつ呪いの強さなど、暗い場所で気持ちの悪さを感じるくらいなのですよ」
理解できていない間抜け顔の男に、ユリンは説明を加えてやった。
「彼女を追いつめ、さらに彼女の仕業に見えるようにズゥ家に呪いをかけた本命が別にいるかもしれないということです」
そして口はその別の物の怪によって喰われた。あの段階では、精神的苦痛の種であった口に溜まっていた暗の気を吸い取られただけだったが。
そこまで話し、みるみるうちにランライの表情が青くなっていったので、説明を途中で切り上げた。
「・・・・・・すべて俺の直感なので、考えすぎなだけかもしれません。お忘れください」
「いや、頭の隅に置いておく。当たりなら非常に良くない話だな」
「ええ」
とかくも初回の仕事はこれで済み、帰宅後の甲の殿にて褒美の酒が振る舞われたのだった。
◇
それから宮廷内はひっそりと騒ぎになった。ズゥ家の汚い所業には口をつぐんだので、騒ぎの主役はずばりユリンである。
———やれ、丞相のところに腕のいい導術師が入ったようだ。
———だが得体が知れないやつだ。本物か怪しい。素顔を隠している姿を私は見た。
———それでは勢いを取り戻したズゥ家を、どう説明するのだ。
———ぐぅ・・・・・・。
———我々も身の振り方を考えないといかんな。これで宮廷内の均衡もわからなくなった。
聞こえてくる声は様々だ。ユリンに関しては謎の深い外容がうまい具合に役立ち、誰も知らないような秘境の村から連れてきた、ごく少数の小さな一族の出なのだと疑わない。謎の導術師への憶測は勝手に膨らみ、付け足され、適当に設定された生い立ちが日に日に信憑性を増していた。
何もせずとも噂は広まってゆくだろうが、ランライが裏から事実を非のないように話して広めたため、冷や冷やしていたズゥ家には大変に『恩』を売った。
0
お気に入りに追加
39
あなたにおすすめの小説
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。

愛しているかもしれない 傷心富豪アルファ×ずぶ濡れ家出オメガ ~君の心に降る雨も、いつかは必ず上がる~
大波小波
BL
第二性がアルファの平 雅貴(たいら まさき)は、30代の若さで名門・平家の当主だ。
ある日、車で移動中に、雨の中ずぶ濡れでうずくまっている少年を拾う。
白沢 藍(しらさわ あい)と名乗るオメガの少年は、やつれてみすぼらしい。
雅貴は藍を屋敷に招き、健康を取り戻すまで滞在するよう勧める。
藍は雅貴をミステリアスと感じ、雅貴は藍を訳ありと思う。
心に深い傷を負った雅貴と、悲惨な身の上の藍。
少しずつ距離を縮めていく、二人の生活が始まる……。
【完結】それでも僕は貴方だけを愛してる 〜大手企業副社長秘書α×不憫訳あり美人子持ちΩの純愛ー
葉月
BL
オメガバース。
成瀬瑞稀《みずき》は、他の人とは違う容姿に、幼い頃からいじめられていた。
そんな瑞稀を助けてくれたのは、瑞稀の母親が住み込みで働いていたお屋敷の息子、晴人《はると》
瑞稀と晴人との出会いは、瑞稀が5歳、晴人が13歳の頃。
瑞稀は晴人に憧れと恋心をいただいていたが、女手一人、瑞稀を育てていた母親の再婚で晴人と離れ離れになってしまう。
そんな二人は運命のように再会を果たすも、再び別れが訪れ…。
お互いがお互いを想い、すれ違う二人。
二人の気持ちは一つになるのか…。一緒にいられる時間を大切にしていたが、晴人との別れの時が訪れ…。
運命の出会いと別れ、愛する人の幸せを願うがあまりにすれ違いを繰り返し、お互いを愛する気持ちが大きくなっていく。
瑞稀と晴人の出会いから、二人が愛を育み、すれ違いながらもお互いを想い合い…。
イケメン副社長秘書α×健気美人訳あり子連れ清掃派遣社員Ω
20年越しの愛を貫く、一途な純愛です。
二人の幸せを見守っていただけますと、嬉しいです。
そして皆様人気、あの人のスピンオフも書きました😊
よければあの人の幸せも見守ってやってくだい🥹❤️
また、こちらの作品は第11回BL小説大賞コンテストに応募しております。
もし少しでも興味を持っていただけましたら嬉しいです。
よろしくお願いいたします。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
後輩に嫌われたと思った先輩と その先輩から突然ブロックされた後輩との、その後の話し…
まゆゆ
BL
澄 真広 (スミ マヒロ) は、高校三年の卒業式の日から。
5年に渡って拗らせた恋を抱えていた。
相手は、後輩の久元 朱 (クモト シュウ) 5年前の卒業式の日、想いを告げるか迷いながら待って居たが、シュウは現れず。振られたと思い込む。
一方で、シュウは、澄が急に自分をブロックしてきた事にショックを受ける。
唯一自分を、励ましてくれた先輩からのブロックを時折思い出しては、辛くなっていた。
それは、澄も同じであの日、来てくれたら今とは違っていたはずで仮に振られたとしても、ここまで拗らせることもなかったと考えていた。
そんな5年後の今、シュウは住み込み先で失敗して追い出された途方に暮れていた。
そこへ社会人となっていた澄と再会する。
果たして5年越しの恋は、動き出すのか?
表紙のイラストは、Daysさんで作らせていただきました。
【完結】ここで会ったが、十年目。
N2O
BL
帝国の第二皇子×不思議な力を持つ一族の長の息子(治癒術特化)
我が道を突き進む攻めに、ぶん回される受けのはなし。
(追記5/14 : お互いぶん回してますね。)
Special thanks
illustration by おのつく 様
X(旧Twitter) @__oc_t
※ご都合主義です。あしからず。
※素人作品です。ゆっくりと、温かな目でご覧ください。
※◎は視点が変わります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる