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第2章 ユリン編・壱
28 見せかけの平穏——謎の導術師③
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与えられた一室は立派なものだった。金と紅色を基調とした壁と家具。寝台には格子を数多かたどった天蓋に絹布の蚊帳が降り、人が四人も五人も並んで寝られそうな大きさであった。
逆に捉えれば、ひとりがなんとも侘しく。慎ましい山小屋でのダオとの暮らしが、鮮明に思い起こされた。
そして朝を迎えた部屋には世話係の下男がいる。身の回りの世話を行うのは侍女の持ち場であるのだが、なぜ侍女ではないのかというと、覆面状態の導術師を皆が怖がったからだ。
「甲の殿というからには、乙の殿や丙の殿はないのだろうか?」
手持ち無沙汰に口を開けば、応えがすぐに返ってくる。
「ええ、今は」
「今はということは、以前はあったのか」
「前代の大王さまが必要ないものは焼き払えと」
「ほう、それでは住んでいた者はどうなったのだろう?」
「・・・・・・あ、それは」
「やれ、どこの国も大変でございますな」
濁して笑ってやると、身づくろいを整えていた下男は閉口した。すると別の下男が頭部をいじりながら唸り、ぴょこんと横にやってきて首を垂れた。
「申し訳ありませんフェンさま、お髪が結えませんのでこれで構いませんか。数年前に、王都で流行った代物なのですが」
これでお髪が隠れるかとと被せられたのは、首の側面と背中までを暖簾のように覆った頭巾。
王宮内では階級により髪型が決まっており、武官文官問わず男子は髪を頭頂部で団子に纏めて結わねばならない。耳上半分を結い、下半分を流しておいてよいのは、丞相といった家臣を取りまとめる階級の者。ランライがそうである。好きに背に流しておけるのは王族のみだった。
同様に衣装と装飾品も細かく分けられている。
非常に面倒だが、規律なのならば従わねば仕方がない。
「各国を旅してきたために髪が短いのでな、感謝いたします」
嘘を言って礼をすると、下男たちが部屋から下がる。
鏡を見れば、汚れのない長袍に身を包んだ自分がいた。立ち襟に前開き、紐を引っ掛けて留めるかたちのボタンには手の込んだ刺繍がなされている。ズボンは足首で締まり動きやすく、靴のサイズもいろいろと穿かされたおかげでぴったり。なりは良いが、顔も頭も隠された怪しさ満点の男が出来上がっていた。
「これは笑えるな、だが都合がよい。ついでに気味の悪い首飾りでも付けておくか?」
「何をひとりで喋っておる」
ユリンは鏡越しに後ろを見やる。
開け放たれたとびらの枠に寄りかかり、ランライが眉間に皺を寄せていた。
そこに立つランライは、昨晩とは別人に映る。
どちらかといえば軽装で動きやすいユリンの長袍と相異なり、何枚も重ね合わされた広袖の弁服に綺羅綺羅した絹糸を織り込んだ帯と羽織り、華美であるが重たそうなランライの衣装。
規定どおりに結った頭の上には小さな冠が載っていた。
三百六十度、抜け目のない出立ちだ。こうして見ると、育ちの良さが滲み出ている。
しかし、たいそう暑かろうに。申しわけ程度に胸元に差した扇子ではきっと役に立たない。それにやはり、壊滅的に髭が似合っていない。
「おはようございます、ランライ殿」
「まったく、なんて格好をしている」
「下男たちが考えてくれました」
はつらつと答えると、ランライの口からため息が漏れた。
「お疲れでしょうか?」
「そうだ。私はいつも忙しいのだ。だのに私はお前の馬をむかえに行き、厩舎番の舎人に任せてきたぞ」
ランライは腰に手を当て不機嫌な顔を見せる。
「それはどうも、ありがとうございます」
「導術師殿の頼みばかりをきいてやっているのだから、それなりにきっちり働いてもらう」
「そのつもりです。要件を伺っても?」
ランライは神妙にうなずき、とびらを閉めた。
「ウォン国の二大名家のひとつ、ズゥ家の長が王都に滞在していてな。ちょいと顔を出そうと思っている」
なるほど。そのための、気合の入った正装なのだろう。
「どうも最近体調が良くなく不幸続きらしいのだ。王族が抱えている導術師との面会の順を待っているそうなのだが、ずぅーと先のばしにされているのだと申していた」
ユリンは即座に合点がいった。
「恩を売れと、いうことですね?」
逆に捉えれば、ひとりがなんとも侘しく。慎ましい山小屋でのダオとの暮らしが、鮮明に思い起こされた。
そして朝を迎えた部屋には世話係の下男がいる。身の回りの世話を行うのは侍女の持ち場であるのだが、なぜ侍女ではないのかというと、覆面状態の導術師を皆が怖がったからだ。
「甲の殿というからには、乙の殿や丙の殿はないのだろうか?」
手持ち無沙汰に口を開けば、応えがすぐに返ってくる。
「ええ、今は」
「今はということは、以前はあったのか」
「前代の大王さまが必要ないものは焼き払えと」
「ほう、それでは住んでいた者はどうなったのだろう?」
「・・・・・・あ、それは」
「やれ、どこの国も大変でございますな」
濁して笑ってやると、身づくろいを整えていた下男は閉口した。すると別の下男が頭部をいじりながら唸り、ぴょこんと横にやってきて首を垂れた。
「申し訳ありませんフェンさま、お髪が結えませんのでこれで構いませんか。数年前に、王都で流行った代物なのですが」
これでお髪が隠れるかとと被せられたのは、首の側面と背中までを暖簾のように覆った頭巾。
王宮内では階級により髪型が決まっており、武官文官問わず男子は髪を頭頂部で団子に纏めて結わねばならない。耳上半分を結い、下半分を流しておいてよいのは、丞相といった家臣を取りまとめる階級の者。ランライがそうである。好きに背に流しておけるのは王族のみだった。
同様に衣装と装飾品も細かく分けられている。
非常に面倒だが、規律なのならば従わねば仕方がない。
「各国を旅してきたために髪が短いのでな、感謝いたします」
嘘を言って礼をすると、下男たちが部屋から下がる。
鏡を見れば、汚れのない長袍に身を包んだ自分がいた。立ち襟に前開き、紐を引っ掛けて留めるかたちのボタンには手の込んだ刺繍がなされている。ズボンは足首で締まり動きやすく、靴のサイズもいろいろと穿かされたおかげでぴったり。なりは良いが、顔も頭も隠された怪しさ満点の男が出来上がっていた。
「これは笑えるな、だが都合がよい。ついでに気味の悪い首飾りでも付けておくか?」
「何をひとりで喋っておる」
ユリンは鏡越しに後ろを見やる。
開け放たれたとびらの枠に寄りかかり、ランライが眉間に皺を寄せていた。
そこに立つランライは、昨晩とは別人に映る。
どちらかといえば軽装で動きやすいユリンの長袍と相異なり、何枚も重ね合わされた広袖の弁服に綺羅綺羅した絹糸を織り込んだ帯と羽織り、華美であるが重たそうなランライの衣装。
規定どおりに結った頭の上には小さな冠が載っていた。
三百六十度、抜け目のない出立ちだ。こうして見ると、育ちの良さが滲み出ている。
しかし、たいそう暑かろうに。申しわけ程度に胸元に差した扇子ではきっと役に立たない。それにやはり、壊滅的に髭が似合っていない。
「おはようございます、ランライ殿」
「まったく、なんて格好をしている」
「下男たちが考えてくれました」
はつらつと答えると、ランライの口からため息が漏れた。
「お疲れでしょうか?」
「そうだ。私はいつも忙しいのだ。だのに私はお前の馬をむかえに行き、厩舎番の舎人に任せてきたぞ」
ランライは腰に手を当て不機嫌な顔を見せる。
「それはどうも、ありがとうございます」
「導術師殿の頼みばかりをきいてやっているのだから、それなりにきっちり働いてもらう」
「そのつもりです。要件を伺っても?」
ランライは神妙にうなずき、とびらを閉めた。
「ウォン国の二大名家のひとつ、ズゥ家の長が王都に滞在していてな。ちょいと顔を出そうと思っている」
なるほど。そのための、気合の入った正装なのだろう。
「どうも最近体調が良くなく不幸続きらしいのだ。王族が抱えている導術師との面会の順を待っているそうなのだが、ずぅーと先のばしにされているのだと申していた」
ユリンは即座に合点がいった。
「恩を売れと、いうことですね?」
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