28 / 91
第2章 ユリン編・壱
27 見せかけの平穏——謎の導術師②
しおりを挟む
「導術師殿には私と同じ王族街の屋敷で寝泊まりしていただく。よろしいな?」
「それはもちろんですとも、ありがたい」
翌日の夜、宣言に違わずユリンは鎖を外されて釈放された。地下階段を上りながら、ランライはあれこれと約束ごとを話す。
まずひとつ、身の上を訊ねられたら、ランライが用意した架空の内容を供述すること。口数は少なく、無駄なことは喋るな、つねに無口でいろということ。
ふたつ、王宮内を絶対にひとりで出歩かないこと。とくに王族が住まう——鳳凰の宮、麒麟の宮、妃たちや側室が住まう女の園、後宮——蝶の宮には立ち入り禁止。
みっつ、必ず指定した衣装で、身綺麗にしておくこと。
「偽名もこちらで用意した。導術師殿は今日この瞬間から、フェンである」
「承知いたしました」
フェンことユリンは一度うなずき、訊ね返した。
「ランライ殿、顔の包帯は取ることができぬ。これはお許しいただけないだろうか」
「・・・・・・どうしてもか」
「もうずっと以前についた消えない傷なのです。それでも外さねばならないとおっしゃるのなら、折れましょう。不吉が蔓延してしまうかもしれませんが、ご容赦を」
後半の話は仰々しく声をひそめて盛った。ランライが目を見開く。つくづく扱いやすい男だ。
「んなっ、それを早く申せ。そ、そのままでよい、外すな」
じろりと睨めつけられ、包帯にかかっていた手を止めた。
「ご理解いただき、ありがとうございます」
「お主、じつはめちゃくちゃ性格が悪いのではないか?」
「滅相もない、俺はいつでも誠実ですよ」
腹の探り合いもそこそこに、二人はランライが住まいとする甲の殿の最上階にきていた。垂れ下がった金の飾りがついた軒下から望める景色は持てる者の特権。
王宮の建てられている場は堅牢な塀で囲まれ、いわゆる城といわれる造りをしている。王都、ディービンである。四角く広大な敷地の中には街が出来上がっており、王宮、後宮、貴族の屋敷が軒を連ねる王族街と、一般国民が暮らす平民街があった。
王都では王族街の割合が大きく、富裕階層が半数を占め、主に一定の生活基準の上にいる役人の職に就く家系が暮らしている。
明かりに照らされた都は活気にあふれて華々しく、痩せた人間と田畑ばかりの田舎村とは別世界のようだ。
「ランライ殿は王都の外へ出られたことがありますか?」
「うむ。ウォン国の他の地を収めている各城主らに、宴に呼ばれることはある。しかし基本は王都を出ぬ。私がいないと宮廷が回らんからの」
「そうか。やはり、ランライ殿は権力をお持ちなのだな。あなたに拾ってもらえて幸運でした」
「ふっ、煽てても駄目じゃ。・・・・・・して、何が望みだ?」
ランライは静かに笑った。自尊心の高い褒められ好きは、愚かではなさそうだ。
「リュウホン殿下との謁見の際には、ぜひ俺をおそばに置いてもらいたいのです」
「ほう、理由を訊いても?」
「王宮内の派閥に関しては存じております。俺は他所への牽制になりましょう」
夜風がふき、ランライの後ろ髪が揺れる。密かに目をすがめれば、カラカラと、胸の風車も左右に揺れ動いていた。
「面白いことを言う。それで、お主に見返りはあるのか?」
「要りません」
嘘は言っていない。形あるものを貰わなくても、目に見えない成果が確実に手に入るのだから。
「・・・・・・どうも食えない男だな。よくわからんが、その望みは叶えてやれる。もともとそのつもりで導術師殿の身柄を引き受けたのだ。近々、謁見の予定がある。ああ、その前に別の仕事をしてもらいたいのだが?」
「なんなりとお申しつけを」
恭しく胸の前で両手を重ね合わせ、深い感謝を示す揖礼の姿勢を取ると、居心地が悪そうにやめろと袖を振られてしまった。
「とにかく、明日はそれなりに見えるように支度をしておいてくれ。世話係にも伝えておく。朝餉の時刻を終えたら確認しにくるゆえ詳しくはそのときに」
「はい、承知しました」
「それはもちろんですとも、ありがたい」
翌日の夜、宣言に違わずユリンは鎖を外されて釈放された。地下階段を上りながら、ランライはあれこれと約束ごとを話す。
まずひとつ、身の上を訊ねられたら、ランライが用意した架空の内容を供述すること。口数は少なく、無駄なことは喋るな、つねに無口でいろということ。
ふたつ、王宮内を絶対にひとりで出歩かないこと。とくに王族が住まう——鳳凰の宮、麒麟の宮、妃たちや側室が住まう女の園、後宮——蝶の宮には立ち入り禁止。
みっつ、必ず指定した衣装で、身綺麗にしておくこと。
「偽名もこちらで用意した。導術師殿は今日この瞬間から、フェンである」
「承知いたしました」
フェンことユリンは一度うなずき、訊ね返した。
「ランライ殿、顔の包帯は取ることができぬ。これはお許しいただけないだろうか」
「・・・・・・どうしてもか」
「もうずっと以前についた消えない傷なのです。それでも外さねばならないとおっしゃるのなら、折れましょう。不吉が蔓延してしまうかもしれませんが、ご容赦を」
後半の話は仰々しく声をひそめて盛った。ランライが目を見開く。つくづく扱いやすい男だ。
「んなっ、それを早く申せ。そ、そのままでよい、外すな」
じろりと睨めつけられ、包帯にかかっていた手を止めた。
「ご理解いただき、ありがとうございます」
「お主、じつはめちゃくちゃ性格が悪いのではないか?」
「滅相もない、俺はいつでも誠実ですよ」
腹の探り合いもそこそこに、二人はランライが住まいとする甲の殿の最上階にきていた。垂れ下がった金の飾りがついた軒下から望める景色は持てる者の特権。
王宮の建てられている場は堅牢な塀で囲まれ、いわゆる城といわれる造りをしている。王都、ディービンである。四角く広大な敷地の中には街が出来上がっており、王宮、後宮、貴族の屋敷が軒を連ねる王族街と、一般国民が暮らす平民街があった。
王都では王族街の割合が大きく、富裕階層が半数を占め、主に一定の生活基準の上にいる役人の職に就く家系が暮らしている。
明かりに照らされた都は活気にあふれて華々しく、痩せた人間と田畑ばかりの田舎村とは別世界のようだ。
「ランライ殿は王都の外へ出られたことがありますか?」
「うむ。ウォン国の他の地を収めている各城主らに、宴に呼ばれることはある。しかし基本は王都を出ぬ。私がいないと宮廷が回らんからの」
「そうか。やはり、ランライ殿は権力をお持ちなのだな。あなたに拾ってもらえて幸運でした」
「ふっ、煽てても駄目じゃ。・・・・・・して、何が望みだ?」
ランライは静かに笑った。自尊心の高い褒められ好きは、愚かではなさそうだ。
「リュウホン殿下との謁見の際には、ぜひ俺をおそばに置いてもらいたいのです」
「ほう、理由を訊いても?」
「王宮内の派閥に関しては存じております。俺は他所への牽制になりましょう」
夜風がふき、ランライの後ろ髪が揺れる。密かに目をすがめれば、カラカラと、胸の風車も左右に揺れ動いていた。
「面白いことを言う。それで、お主に見返りはあるのか?」
「要りません」
嘘は言っていない。形あるものを貰わなくても、目に見えない成果が確実に手に入るのだから。
「・・・・・・どうも食えない男だな。よくわからんが、その望みは叶えてやれる。もともとそのつもりで導術師殿の身柄を引き受けたのだ。近々、謁見の予定がある。ああ、その前に別の仕事をしてもらいたいのだが?」
「なんなりとお申しつけを」
恭しく胸の前で両手を重ね合わせ、深い感謝を示す揖礼の姿勢を取ると、居心地が悪そうにやめろと袖を振られてしまった。
「とにかく、明日はそれなりに見えるように支度をしておいてくれ。世話係にも伝えておく。朝餉の時刻を終えたら確認しにくるゆえ詳しくはそのときに」
「はい、承知しました」
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
ポケットのなかの空
三尾
BL
【ある朝、突然、目が見えなくなっていたらどうするだろう?】
大手電機メーカーに勤めるエンジニアの響野(ひびの)は、ある日、原因不明の失明状態で目を覚ました。
取るものも取りあえず向かった病院で、彼は中学時代に同級生だった水元(みずもと)と再会する。
十一年前、響野や友人たちに何も告げることなく転校していった水元は、複雑な家庭の事情を抱えていた。
目の不自由な響野を見かねてサポートを申し出てくれた水元とすごすうちに、友情だけではない感情を抱く響野だが、勇気を出して想いを伝えても「その感情は一時的なもの」と否定されてしまい……?
重い過去を持つ一途な攻め × 不幸に抗(あらが)う男前な受けのお話。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
・性描写のある回には「※」マークが付きます。
・水元視点の番外編もあり。
*-‥-‥-‥-‥-‥-‥-‥-*
※番外編はこちら
『光の部屋、花の下で。』https://www.alphapolis.co.jp/novel/728386436/614893182
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
早く惚れてよ、怖がりナツ
ぱんなこった。
BL
幼少期のトラウマのせいで男性が怖くて苦手な男子高校生1年の那月(なつ)16歳。女友達はいるものの、男子と上手く話す事すらできず、ずっと周りに煙たがられていた。
このままではダメだと、高校でこそ克服しようと思いつつも何度も玉砕してしまう。
そしてある日、そんな那月をからかってきた同級生達に襲われそうになった時、偶然3年生の彩世(いろせ)がやってくる。
一見、真面目で大人しそうな彩世は、那月を助けてくれて…
那月は初めて、男子…それも先輩とまともに言葉を交わす。
ツンデレ溺愛先輩×男が怖い年下後輩
《表紙はフリーイラスト@oekakimikasuke様のものをお借りしました》
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる