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第2章 ユリン編・壱

27 見せかけの平穏——謎の導術師②

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「導術師殿には私と同じ王族街の屋敷で寝泊まりしていただく。よろしいな?」
「それはもちろんですとも、ありがたい」

 翌日の夜、宣言に違わずユリンは鎖を外されて釈放された。地下階段を上りながら、ランライはあれこれと約束ごとを話す。
 まずひとつ、身の上を訊ねられたら、ランライが用意した架空の内容を供述すること。口数は少なく、無駄なことは喋るな、つねに無口でいろということ。
 ふたつ、王宮内を絶対にひとりで出歩かないこと。とくに王族が住まう——鳳凰ほうおうの宮、麒麟きりんの宮、妃たちや側室が住まう女の園、後宮——蝶の宮には立ち入り禁止。
 みっつ、必ず指定した衣装で、身綺麗にしておくこと。

「偽名もこちらで用意した。導術師殿は今日この瞬間から、フェンである」
「承知いたしました」

 フェンことユリンは一度うなずき、訊ね返した。

「ランライ殿、顔の包帯は取ることができぬ。これはお許しいただけないだろうか」
「・・・・・・どうしてもか」
「もうずっと以前についた消えない傷なのです。それでも外さねばならないとおっしゃるのなら、折れましょう。不吉が蔓延してしまうかもしれませんが、ご容赦を」

 後半の話は仰々しく声をひそめてった。ランライが目を見開く。つくづく扱いやすい男だ。

「んなっ、それを早く申せ。そ、そのままでよい、外すな」

 じろりと睨めつけられ、包帯にかかっていた手を止めた。

「ご理解いただき、ありがとうございます」
「お主、じつはめちゃくちゃ性格が悪いのではないか?」
「滅相もない、俺はいつでも誠実ですよ」

 腹の探り合いもそこそこに、二人はランライが住まいとするこう殿でんの最上階にきていた。垂れ下がった金の飾りがついた軒下から望める景色は持てる者の特権。
 王宮の建てられている場は堅牢な塀で囲まれ、いわゆる城といわれる造りをしている。王都、ディービンである。四角く広大な敷地の中には街が出来上がっており、王宮、後宮、貴族の屋敷が軒を連ねる王族街と、一般国民が暮らす平民街があった。
 王都では王族街の割合が大きく、富裕階層が半数を占め、主に一定の生活基準の上にいる役人の職に就く家系が暮らしている。
 明かりに照らされたみやこは活気にあふれて華々しく、痩せた人間と田畑ばかりの田舎村とは別世界のようだ。

「ランライ殿は王都の外へ出られたことがありますか?」
「うむ。ウォン国の他の地を収めている各城主らに、宴に呼ばれることはある。しかし基本は王都を出ぬ。私がいないと宮廷が回らんからの」
「そうか。やはり、ランライ殿は権力をお持ちなのだな。あなたに拾ってもらえて幸運でした」
「ふっ、おだてても駄目じゃ。・・・・・・して、何が望みだ?」

 ランライは静かに笑った。自尊心の高い褒められ好きは、愚かではなさそうだ。

「リュウホン殿下との謁見の際には、ぜひ俺をおそばに置いてもらいたいのです」
「ほう、理由を訊いても?」
「王宮内の派閥に関しては存じております。俺は他所への牽制になりましょう」

 夜風がふき、ランライの後ろ髪が揺れる。密かに目をすがめれば、カラカラと、胸の風車も左右に揺れ動いていた。

「面白いことを言う。それで、お主に見返りはあるのか?」
「要りません」

 嘘は言っていない。形あるものを貰わなくても、目に見えない成果が確実に手に入るのだから。

「・・・・・・どうも食えない男だな。よくわからんが、その望みは叶えてやれる。もともとそのつもりで導術師殿の身柄を引き受けたのだ。近々、謁見の予定がある。ああ、その前に別の仕事をしてもらいたいのだが?」
「なんなりとお申しつけを」

 恭しく胸の前で両手を重ね合わせ、深い感謝を示す揖礼ゆうれいの姿勢を取ると、居心地が悪そうにやめろと袖を振られてしまった。

「とにかく、明日はそれなりに見えるように支度をしておいてくれ。世話係にも伝えておく。朝餉の時刻を終えたら確認しにくるゆえ詳しくはそのときに」
「はい、承知しました」
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