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第2章 ユリン編・壱

26 見せかけの平穏——謎の導術師①

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 捕らえられても決して殺されないと、ユリンには確信があった。
 どの国にとっても、自分は山盛りの金貨と同等に貴重な存在だからだ。

「やれやれ、高貴なる導術師さまがなぜ泥棒などを・・・・・・」

 地下牢まで面会にきた丞相じょうそう——政治にまつわる最高権力者——のランライは大いに首をかしげた。

「金に困っていたのです」
「そんな導術師がいるなんて聞いたことがない」
「ここにおります」

 あっさりと言ってのけたユリンにランライは瞠目した。普通ならば敬わねばならない、一国の王たちでさえ、ご機嫌を取って「ぜひ我が国に」と頼みこむ相手。
 それが導術師というものである。
 しかしながら、お世辞にも綺麗な身なりとは言えないぼろ着で、さらに顔中ぐるぐる巻きの包帯男に説得力は皆無だった。

「ほんとうに導術師なのか?」
「お疑いになる気持ちはよくわかります。それほど苦難の多い職業であるともご存知でしょう?」
「ええ、まあ、しかし私は実際に物の怪とやり合うところを見たことはない」
「国家を揺るがすような呪いをかけられる事態がそうあってはいけませんからね」
「まさに。そのために、あなたたちがいるのだ」
「おっしゃるとおりです」

 柔らかく声色を変えてみるものの、訝しむ表情に変化はない。

「素性も明かせないのか。どこの国の、どの家から出た者だ? どこの国に仕えていた?」
「申しわけない、追われているのです」
「むむ・・・・・・」

 考えこむ男の姿勢はまだ若そうに見えた。聞いていた年齢よりも、ずいぶんと。
 ルァンライは似合っていない細長い顎髭を撫でている。
 よくある名家の長男坊といった、典型的な例のような男だと思う。だが親の権威だけでのし上がってきたわけではあるまい。
 若さゆえの野心。
 透けてみえる明暗の渦が、胸の内で風車のように廻っていた。

「やれやれ、さてはかくまってもらいにきたのだな?」

 もはやこの男の口ぐせなのだろうな。困ったやつだという顔でユリンを見ている。
(考えてたのとは違うけれど、もうそれでいい・・・・・・)
 大袈裟に驚いてやろうかと思い、ユリンはわざと手枷を激しく鳴らした。

「さすがですね。お察しがいい」

 ランライはにんまりと笑む。

「だがのう、私ひとりの判断では決められぬ。宮廷で議論せねば」
「丞相さまともあろうお方がご謙遜を。ぜひとも内密にしていただきたいのです。代わりに何でもお手伝いをいたします。俺は役に立ちますよ?」

 具体的にどのように役に立つのかは、ユリンよりも政治に携わるランライのほうが詳しい。今の沈黙のあいだ、ワケありな導術師を手に入れて見込める、利益と損失をはかる緻密な計算が行われていることだろう。
 ぱちん——と手が叩かれた。
 ランライが両の手を合わせて、「うん」とひとりでに納得している。

「あいわかった。導術師殿の申し入れを受けよう」
「話がわかる御方で助かりました」
「大したことではない。出してやるのは、すぐには無理だな。いろいろと手続きがある。明日の夜には準備を整えるから待っていたまえ」

 主従関係がついた途端に、ランライは踏ん反り返ってユリンを見下ろした。不思議と、得意げな表情は憎めない。
 胸の内など覗けなくても、元来、人がよい性格なのだとわかる。
 この男はまずまず当たりだ。まじないでもなんでも言われたとおりにしてやる対価に、こちらも最大限に利用させてもらう。
 油断はできぬが、幸先のよい兆しであった。ユリンは長らく張っていた肩の力を、地下牢から出されるまでの一日だけ抜くことができた。
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