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第2章 ユリン編・壱
22 見せかけの平穏①
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「~石壁、でこぼこ、触るな危険なクコの枝。笹の葉、畑、稲穂の尻尾。牛と羊が喧嘩して、呆れた鵞鳥も忘れずに。そよ風、甘風、鈴の音。そろそろ止まって田んぼの水路」
時間は、ダオが連れて行かれて間も無くのころに戻る。
のんびりとした、戦地からの帰り道だった。ユリンは唄を口ずさみ、愛馬の背に揺られ、将来を誓い合った伴侶の顔を思い浮かべていた。
(今晩のうちに村に着けそうだ。今日は少しばかり贅沢な食事を用意しよう。はやく、ダオに会いたい・・・・・・)
国民全男子に強制招集がかかった際はどうなることかと思ったが、代わりに満足のいくだけの武功をあげ報奨金をたんまり得た。
目が不自由だとしても、ダオも子どもではない。
ラオルもついている。住み慣れた村であれば、生活に困ることはないだろう。
「お前はいいなぁ、ユリン。村に帰れば男とはいえ待っていてくれる妻がいて、戦に連れて行く馬までいるんだからよ」
農村の男たちは正規の兵士ではない。フーハン村という、国のはずれに住むユリンも当然そうだ。戦地で人手が足りなるたびに各地から男が集められ、くたびれた武器を持たされて敵の前に放り出される。
適当に支給された武器では満足に戦えるわけもなく、戦で死ぬのは大半が下級兵士。戦地に向かう行列も、帰るときには半分以下に減ってしまう。
「イーさんのところも家族がいるでしょう?」
ユリンは横で歩く男に首をかしげた。イーは同じ村に住む同年代の男。自分同様に、戦地から無傷で帰ることができる数少ない兵士のひとり。
ユリンとふつうに会話をしてくれる村人のひとりでもあった。
「つい先日に五人目の赤ん坊が生まれたばかりだと言っていたじゃないですか」
「そりゃあ、ね、子どもは可愛いぜ。んでも奥さんは子どもにかかりっきりで、俺には目もくれねぇ。村を出てくるときだって、しっかり金を稼いでこないと家に入れないからね! って尻を叩かれてきたよ。あー、おっそろしい」
「はは・・・・・・、それは大変ですね。でしたら、もしよかったらこれ貰ってください」
ユリンは馬に積んでいた荷を探り、ずだ袋をイーに手渡した。
「え、ユリン、んでもコレはさすがに貰えねぇよ」
イーは目を丸くした。ずだ袋には報奨金の金貨がぎっしりと詰まっている。この金額があれば、半年は働かずに生活できるほどだ。
「いいんです。俺とダオが生活するのに必要なぶんは抜きましたから、残りはイーさんの奥さんと子どもたちのために使ってほしいんです」
「お前ってやつは、ほんとにいい男だなぁ・・・・・・」
「そんなことはありませんよ」
ユリンは声色を曇らせ目を伏せる。
穏やかな佇まいと仏のような心。おまけに武功をあげる立派な武の才能と恵まれた体格。
挙げ連ねた点だけをみれば、よい男に違いない。
しかしユリンはそれらすべてを上回る難点を持っていた。
「まあ、いいじゃねぇか。顔立ちは悪くねぇと思うし、多少の顔の傷は気にしちゃいけねぇ。強い戦の将には、お前みたいな顔のやつがごろごろといる。怖いっていうのは、それだけで有利なんだ。お前が戦場に立った瞬間、敵軍兵士がビビって小便漏らしてたもんなぁ? あれは傑作だった。それにユリンにはダオがいるだろ?」
「ええ、そのとおりです」
明らかな慰めの言葉。本音でも真実でもない。
戦の英雄である将軍たちのあれと自分のこれは一緒にはできない。ユリンの顔には、いく筋もの乾いた古傷がひしめいていた。顔だけじゃない。腕も脚も、胴体も。そのため、ユリンをはじめて見た者は、皆が口を揃えて「怪物」と言う。
心を乗っ取られた物の怪ならば、悪しきものとして排除されて然るべき存在なのだけれど、ユリンはそうではない。村人に遠巻きにされながらも、ダオとふたりでひっそりと暮らし、細々と働いて生計を立てている。
フーハン村についたのは、その会話をした翌日の翌日のことだった。人間の脚では騎馬隊の倍以上の日数がかかる。すっかり疲れきったイーは、金貨入りのずだ袋を我が物顔で抱えて家族のもとへ帰ってゆく。
そんな彼の背中を目を細めて送ってやり、ユリンは山道へと脚を向けた。ユリンの暮らす森は厳密にいえば集落に属していない。ダオを彼らから遠ざけるために、離れた場所に小屋を建てたのだ。
人の心は弱く脆い。肉体的に強い人間であっても、きっかけひとつで一瞬のうちに闇に呑み込まれる。
人が集まる場所であればあるだけ、物の怪と出逢ってしまう危険が高い。
ユリンはダオを不用意に近づけたくはなかった。
するとどうしたことか、道中で番犬のラオルが血相を変えて走ってくるのが見えた。
時間は、ダオが連れて行かれて間も無くのころに戻る。
のんびりとした、戦地からの帰り道だった。ユリンは唄を口ずさみ、愛馬の背に揺られ、将来を誓い合った伴侶の顔を思い浮かべていた。
(今晩のうちに村に着けそうだ。今日は少しばかり贅沢な食事を用意しよう。はやく、ダオに会いたい・・・・・・)
国民全男子に強制招集がかかった際はどうなることかと思ったが、代わりに満足のいくだけの武功をあげ報奨金をたんまり得た。
目が不自由だとしても、ダオも子どもではない。
ラオルもついている。住み慣れた村であれば、生活に困ることはないだろう。
「お前はいいなぁ、ユリン。村に帰れば男とはいえ待っていてくれる妻がいて、戦に連れて行く馬までいるんだからよ」
農村の男たちは正規の兵士ではない。フーハン村という、国のはずれに住むユリンも当然そうだ。戦地で人手が足りなるたびに各地から男が集められ、くたびれた武器を持たされて敵の前に放り出される。
適当に支給された武器では満足に戦えるわけもなく、戦で死ぬのは大半が下級兵士。戦地に向かう行列も、帰るときには半分以下に減ってしまう。
「イーさんのところも家族がいるでしょう?」
ユリンは横で歩く男に首をかしげた。イーは同じ村に住む同年代の男。自分同様に、戦地から無傷で帰ることができる数少ない兵士のひとり。
ユリンとふつうに会話をしてくれる村人のひとりでもあった。
「つい先日に五人目の赤ん坊が生まれたばかりだと言っていたじゃないですか」
「そりゃあ、ね、子どもは可愛いぜ。んでも奥さんは子どもにかかりっきりで、俺には目もくれねぇ。村を出てくるときだって、しっかり金を稼いでこないと家に入れないからね! って尻を叩かれてきたよ。あー、おっそろしい」
「はは・・・・・・、それは大変ですね。でしたら、もしよかったらこれ貰ってください」
ユリンは馬に積んでいた荷を探り、ずだ袋をイーに手渡した。
「え、ユリン、んでもコレはさすがに貰えねぇよ」
イーは目を丸くした。ずだ袋には報奨金の金貨がぎっしりと詰まっている。この金額があれば、半年は働かずに生活できるほどだ。
「いいんです。俺とダオが生活するのに必要なぶんは抜きましたから、残りはイーさんの奥さんと子どもたちのために使ってほしいんです」
「お前ってやつは、ほんとにいい男だなぁ・・・・・・」
「そんなことはありませんよ」
ユリンは声色を曇らせ目を伏せる。
穏やかな佇まいと仏のような心。おまけに武功をあげる立派な武の才能と恵まれた体格。
挙げ連ねた点だけをみれば、よい男に違いない。
しかしユリンはそれらすべてを上回る難点を持っていた。
「まあ、いいじゃねぇか。顔立ちは悪くねぇと思うし、多少の顔の傷は気にしちゃいけねぇ。強い戦の将には、お前みたいな顔のやつがごろごろといる。怖いっていうのは、それだけで有利なんだ。お前が戦場に立った瞬間、敵軍兵士がビビって小便漏らしてたもんなぁ? あれは傑作だった。それにユリンにはダオがいるだろ?」
「ええ、そのとおりです」
明らかな慰めの言葉。本音でも真実でもない。
戦の英雄である将軍たちのあれと自分のこれは一緒にはできない。ユリンの顔には、いく筋もの乾いた古傷がひしめいていた。顔だけじゃない。腕も脚も、胴体も。そのため、ユリンをはじめて見た者は、皆が口を揃えて「怪物」と言う。
心を乗っ取られた物の怪ならば、悪しきものとして排除されて然るべき存在なのだけれど、ユリンはそうではない。村人に遠巻きにされながらも、ダオとふたりでひっそりと暮らし、細々と働いて生計を立てている。
フーハン村についたのは、その会話をした翌日の翌日のことだった。人間の脚では騎馬隊の倍以上の日数がかかる。すっかり疲れきったイーは、金貨入りのずだ袋を我が物顔で抱えて家族のもとへ帰ってゆく。
そんな彼の背中を目を細めて送ってやり、ユリンは山道へと脚を向けた。ユリンの暮らす森は厳密にいえば集落に属していない。ダオを彼らから遠ざけるために、離れた場所に小屋を建てたのだ。
人の心は弱く脆い。肉体的に強い人間であっても、きっかけひとつで一瞬のうちに闇に呑み込まれる。
人が集まる場所であればあるだけ、物の怪と出逢ってしまう危険が高い。
ユリンはダオを不用意に近づけたくはなかった。
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