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第1章 ダオ編・壱

21 牢獄のなかで——動き②

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 ぼくは淡い期待をもって待ちました。
 なりふりを構っていられないほどの急用だったのかもしれない・・・・・・と。それでも待てど待てど、ひとりぼっちのぼくのために窓を叩いてくれる者は訪れません。
 未完成の手紙を握りしめ、ぼくの心はがたがたと岩肌を転げ落ちるように崩れていきます。
 そうしてシャオルが戻ってきてくれるまえに、あのひとの訪問の日がやってきてしまいました。
 ぼくは閨のあいだ、無意識のうちにリュウホンさまのご機嫌をとっていました。
 ———見知らぬ子どもがお前の部屋で寝ていた。
 ———あれはお前の知り合いかと、いつ口にされるか気が気ではなかったのです。
 地獄の瀬戸際に立たされているような心地でしたが、リュウホンさまはぼくの態度に気を良くし、始終上機嫌で帰ってゆきました。
 白白しらじらしいくらいに何も言われず、逆に寒気がします。罪人の処遇などは、ぼくの知るところではないということなのでしょうか。ぼくの部屋にいたのに? ・・・・・・お前には「知る」権限すらないのだということかもしれません。勝手をした罰として、生涯、悩み苦しめと。
 かといって、こちらから訊ねることもできません。
 生気をなくしたぼくは食欲もわかず、体力が落ち、寝たきりとなりました。その次の訪問日はすぐに訪れ、一日中何もせず、抵抗もせず、人形のようになったぼくに、リュウホンさまが「やればできるではないか」と満足げに吹き込みます。

「ほれ、特別にこいつを咥えさせてやろう」
「・・・・・・ふあっ、げほっ」
「ふははは、そんなに吸い込むからだ」

 リュウホンさまは面白半分で見えないぼくに葉巻を咥えさせる。以前は腹が立っていたことも、今はどうでもよくなります。
 吐き気を催すような甘ったるい香りが鼻に抜け、口の中を満たした煙をリュウホンさまの舌でかき混ぜられる。うなじを触っていた手が耳朶に移り、ぼくの耳穴を塞ぎました。
 口腔内のみに絞られた感覚が研ぎ澄まされ、絡めあう舌がなまめかしく動き回るのによだれが出るほど感じてしまいます。
 目隠しの布に触れられていることに、うっすらと気づきながらも、リュウホンさまの手を止めようと思えませんでした。

「いい子だ、動くなよ」
「・・・・・・はい」

 この気持ちは何でしょうか。諦め、希望の喪失。唯一ぼくの中に留まっていた旦那さまとの約束も、ついに河下に流されてしまったのでしょうか。
 ぼくにはもう、旦那さまへの想いが見えません。
 いいえ、違います。最初からカタチなんか無かったのです。だって、ぼくには見えるはずもないのですから。旦那さまそのものが、ぼくの創り出した虚像なのかもしれません。
 ぼくは馬鹿だったと嘆きました。
 ごめんなさい、シャオル。
 関係のないあなたを巻き込んで、ぼくは最低の人間です。

「ほう、やっとだ・・・・・・。やはり美しい。自分で触ってみなさい。どこも醜い箇所はないぞ? 俺の顔と比べてみるか?」

 手を這わされ、ぼくはぺたぺたと目元を触りました。実際に目で見られないので正確にはわかりませんが、落ち窪んでいる(つまり、へこんでいる)と思い描いていた瞼の形状とだいぶ異なるようです。
 ためしにリュウホンさまの目元を触らせてもらいます。縦に盛り上がった鼻筋の根もとから横へ、ふっくらと丸みを帯びた瞼。この下に眼球があるのだと感じます。
 そして自分の瞼を触りました。

「あ・・・・・・同じ?」
「そうだ。俺となにも変わらん」
「で、では、瞼を開けば、ぼくも目が見えるようになるのでしょうか?」

 思わず声がうわずり、興奮が混じりました。

「残念だがそれは無理だ。ダオの瞼の下に埋まっているのは義眼。お前の目は噂どおり喰われたあとだった」
「喰・・・・・・われた?」

 予想だにしなかった単語に、ぞっとします。

「ああ、そうだ。可哀想な我が愛しの妻よ。だがもう心配はいらない。俺の手のうちで安心して暮らせ。いい子にしていたら、そのうち屋敷内の軟禁を解いてやろうな。ひとつずつ、身体の呪いの跡も消してやろう」
「・・・・・・はい、ありがとうございます。リュウホンさま」

 なにが真実で、なにを信じるべきなのか、頭が眠ったように機能しませんでした。足元がおぼつかなくて、底知れぬ不安に駆られます。このときぼくは、自分自身を支えるために、リュウホンさまの手を握るしかなかったのです。
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