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第1章 ダオ編・壱
11 屋敷の暮らし——小さな侵入者②
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小さな侵入者はたらふく饅頭を食べ、ふたたび鳩に姿を変えて飛び立った。争ったときの音を不審に思われたので、ぼくが誤って寝台から落ちてしまったのだと嘘をつきました。
じっさいに背中を打っているので、ごまかすことができたのです。
悪巧みをしたことは生まれてこのかた一度もありません。ばくばくと、胸が激しく鳴ります。ほんの少しだけ、踊るような気持ちです。
このまま「彼」が戻ってこなくても腹は立ちません。
ぼくは良い気分で眠りに落ちました。
「おい、おい、起きろ」
枕もとから聞こえる少年の声でぼくは目を覚ましました。寝入ったのが遅かったせいか、眠気が取れていません。うーんと寝返りを打とうとすると、つんつんと頬を嘴で突かれました。
「いたいです・・・・・・、もぉ、わかったよぉ」
はたから見れば、どちらが子どもなのか首をかしげられてしまいそうです。
「ふぅ、朝の身支度をするので隠れててください」
しぶしぶ起き上がり、鈴を鳴らしてメイメイさんを呼ぶ。メイメイさんは待ってましたとばかりに数人の侍女を連れてきます。湯桶を寝台脇に置かれ、脚をつけながらマッサージをされます。これはほんとうに気持ちがいい。
その間に別の侍女が上半身を拭き、終われば香油を塗り込まれ、(肌をきれいに保つのに毎日必要なことなのだそうです)、肌の上に中衣を一枚羽織った状態で髪の毛の手入れをされます。
丁寧にくしで梳かしてもらい、これまた花油をつけたら、その日担当した侍女の判断で結い上げられたり、飾りをつけられたり、ぼくにはわからないことなので任せています。
最後は決められた衣装をまとい、朝餉のために寝室を出ます。朝から食べられないくらいの豪華な食事を並べられ、ぼくは匂いを嗅ぐだけでお腹がいっぱいです。
好きだと言ったものが毎日出てきますが、侍女たちは気配を消し、ともに食事をとるひとはいないので、好きな時間ではありません。
ぼくはメイメイさんを呼びました。彼女はぼくの背後に待機していたようです。一秒も経たずに、返事があります。
「なんでしょうか」
「今はまだお腹が空いてないんです。部屋に持って帰れるものはありますか?」
「すぐに準備をいたします。お身体の調子ですぐれないところがございますか?」
「うーうん、そういうのではないのです。ありがとう」
「かしこまりました」
好きな果物やごま団子を中心に小箱に詰めてもらい、ぼくは眠たいと言って部屋に戻りました。侍女たちが完全に部屋の外に出るのを待ち、天井に向かって声をかけようとすると、鳩が卓上の小箱の蓋を突つく音がしました。
「すげぇな金持ちの嫁は。至れりつくせりじゃん、うらやまし」
皮肉を含んだ言い方にぼくは苦笑いをします。
「ぼくも最初は慣れなかったんだよ? でも抵抗しても何も生まないって気づいちゃったから、今はもう好きにしてもらってるんです」
「なにそれ、けど結局いい生活してんだろ」
「はは、そうですね。そのとおりです」
衣食住という面でいえば、これ以上ない豊かな暮らしです。けれど何でしょう、時折、脳裏を駆けていく悪感情がありました。
「どうした?」
近くに感じた息づかいにハッとします。「彼」は鳩への変化を解いていました。人間の姿になっても、やっぱりぼくより背が小さい。ぼくも大きなほうではないと思いますが、ぼくの胸のあたりに頭があります。
これくらいの背丈の男の子だと、年齢はいくつになるのでしょうか。わかりません。しかしなんだか自分が大人に思えます。そっと「彼」の頭を撫でると、襟足にぴょこんとしたおさげがあり、犬の尻尾を触っているみたいで笑みがこぼれました。
「やめろ、なんだよ」
照れた口調が可愛らしい。
「ふふ、なんでもないですよ。食べよっか?」
ふんっと「彼」が不貞腐れた声をあげたので、ぼくはまた笑ってしまった。
じっさいに背中を打っているので、ごまかすことができたのです。
悪巧みをしたことは生まれてこのかた一度もありません。ばくばくと、胸が激しく鳴ります。ほんの少しだけ、踊るような気持ちです。
このまま「彼」が戻ってこなくても腹は立ちません。
ぼくは良い気分で眠りに落ちました。
「おい、おい、起きろ」
枕もとから聞こえる少年の声でぼくは目を覚ましました。寝入ったのが遅かったせいか、眠気が取れていません。うーんと寝返りを打とうとすると、つんつんと頬を嘴で突かれました。
「いたいです・・・・・・、もぉ、わかったよぉ」
はたから見れば、どちらが子どもなのか首をかしげられてしまいそうです。
「ふぅ、朝の身支度をするので隠れててください」
しぶしぶ起き上がり、鈴を鳴らしてメイメイさんを呼ぶ。メイメイさんは待ってましたとばかりに数人の侍女を連れてきます。湯桶を寝台脇に置かれ、脚をつけながらマッサージをされます。これはほんとうに気持ちがいい。
その間に別の侍女が上半身を拭き、終われば香油を塗り込まれ、(肌をきれいに保つのに毎日必要なことなのだそうです)、肌の上に中衣を一枚羽織った状態で髪の毛の手入れをされます。
丁寧にくしで梳かしてもらい、これまた花油をつけたら、その日担当した侍女の判断で結い上げられたり、飾りをつけられたり、ぼくにはわからないことなので任せています。
最後は決められた衣装をまとい、朝餉のために寝室を出ます。朝から食べられないくらいの豪華な食事を並べられ、ぼくは匂いを嗅ぐだけでお腹がいっぱいです。
好きだと言ったものが毎日出てきますが、侍女たちは気配を消し、ともに食事をとるひとはいないので、好きな時間ではありません。
ぼくはメイメイさんを呼びました。彼女はぼくの背後に待機していたようです。一秒も経たずに、返事があります。
「なんでしょうか」
「今はまだお腹が空いてないんです。部屋に持って帰れるものはありますか?」
「すぐに準備をいたします。お身体の調子ですぐれないところがございますか?」
「うーうん、そういうのではないのです。ありがとう」
「かしこまりました」
好きな果物やごま団子を中心に小箱に詰めてもらい、ぼくは眠たいと言って部屋に戻りました。侍女たちが完全に部屋の外に出るのを待ち、天井に向かって声をかけようとすると、鳩が卓上の小箱の蓋を突つく音がしました。
「すげぇな金持ちの嫁は。至れりつくせりじゃん、うらやまし」
皮肉を含んだ言い方にぼくは苦笑いをします。
「ぼくも最初は慣れなかったんだよ? でも抵抗しても何も生まないって気づいちゃったから、今はもう好きにしてもらってるんです」
「なにそれ、けど結局いい生活してんだろ」
「はは、そうですね。そのとおりです」
衣食住という面でいえば、これ以上ない豊かな暮らしです。けれど何でしょう、時折、脳裏を駆けていく悪感情がありました。
「どうした?」
近くに感じた息づかいにハッとします。「彼」は鳩への変化を解いていました。人間の姿になっても、やっぱりぼくより背が小さい。ぼくも大きなほうではないと思いますが、ぼくの胸のあたりに頭があります。
これくらいの背丈の男の子だと、年齢はいくつになるのでしょうか。わかりません。しかしなんだか自分が大人に思えます。そっと「彼」の頭を撫でると、襟足にぴょこんとしたおさげがあり、犬の尻尾を触っているみたいで笑みがこぼれました。
「やめろ、なんだよ」
照れた口調が可愛らしい。
「ふふ、なんでもないですよ。食べよっか?」
ふんっと「彼」が不貞腐れた声をあげたので、ぼくはまた笑ってしまった。
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