10 / 91
第1章 ダオ編・壱
9 屋敷の暮らし——異変②
しおりを挟む
乱れた寝台でぼくは目覚めました。朝日はわかりませんが、夜は冷たい窓辺のさんがあたたかいので、このあたりが明るく照らされているのだろうと思う。
ふいに風が髪を揺らしました。昨晩の閨時には閉めきっていたはずです。深更の暑さで寝苦しく、リュウホンさまが開けたのかもしれません。
ぼくは寝台を手で探ります。リュウホンさまはすでに起床されている。
開けっぱなしで寝入ってしまうのは不用心です。ぼく自身はしませんが、ぼくが暑くないように気をつかってくれたに違いないと思います。
それに鬼将軍とも畏怖されるリュウホンさまの屋敷に、忍びこむ勇気のある者はいないでしょう。
窓を閉めるために手を伸ばしたとき、外がやけに騒がしくなった。馬がいる。いななく鳴き声がします。またこんな朝早い時間にリュウホンさまのお迎えでしょうか? けれど急を要する事柄が発生したならば、仕方がありません。
せめてお声がけをしてからと思い、あたふたと服を身につけ壁伝いに屋敷の外に出ます。戸口から門まで行こうとしたとき、侍女のひとりと出くわしました。
「リュウホンさまはどこに?」
「これからちょうど経つところでございます。お連れいたします」
急ぎで馬の支度をしているというリュウホンさま。手を引いてもらい、駆け足でむかう。
「ダオさま、あちらです」
その声で、脚が止まりました。侍女はぼくの身体の向きを一方向に正し、口を開きます。
「このまま真っ直ぐ進めばいらっしゃいます」
「ありがとう」
礼を言うと、侍女の立ち去る音が聴こえました。
身体の世話をする以外に、侍女たちはぼくについてきません。常にそばにはいますが、一定の距離を保ち遠くから見守るように言いつけられているのです。
「リュウホンさま? そこに、いますか?」
ぼくは一歩ずつ進みながら、声をかけます。すると二十歩と歩いたところで、ガサッと物音がしました。
「ダオ、起きたのか」
「はい。よかった間に合いました」
それを伝えると、リュウホンさまはぼくを抱き寄せて口づけました。葉巻特有の苦い味がします。香りは甘いのにいつも不思議です。
「悪いがもう行く。王宮に物の怪が出たと知らせを受けた」
「物の怪・・・・・・?」
「なにやら怪物のような大男のなりをしているらしい。お前は危険だからぜったいに屋敷から出るなよ」
戸口から門までで精一杯のぼくが出られるはずもないのですけれど、ぼくの身を案じてくれたことを嬉しく思い、はいとうなずく。
「いい子だ」
リュウホンさまはもう一度、口づけをくださいました。
「では行ってくる」
「いってらしゃいませ」
「ああ、そうだダオ、そろそろ挙式の日取りを決めような。また追って、連絡する」
「はい、リュウホンさま」
風が吹きます。ぼくの耳に届く音が、サワサワと葉が揺れる音だけになります。
行ってしまわれたのでしょう。一瞬、懐かしさを覚えて、すぐに消えます。駆け出していくときの馬の蹄音が思っていたよりも静かなのだと感じ、なぜか知っていたような気持ちになりました。
しかし口腔に残った苦味をおもむろに舐め取ったとたん、そんな気持ちも儚く消えました。
ふいに風が髪を揺らしました。昨晩の閨時には閉めきっていたはずです。深更の暑さで寝苦しく、リュウホンさまが開けたのかもしれません。
ぼくは寝台を手で探ります。リュウホンさまはすでに起床されている。
開けっぱなしで寝入ってしまうのは不用心です。ぼく自身はしませんが、ぼくが暑くないように気をつかってくれたに違いないと思います。
それに鬼将軍とも畏怖されるリュウホンさまの屋敷に、忍びこむ勇気のある者はいないでしょう。
窓を閉めるために手を伸ばしたとき、外がやけに騒がしくなった。馬がいる。いななく鳴き声がします。またこんな朝早い時間にリュウホンさまのお迎えでしょうか? けれど急を要する事柄が発生したならば、仕方がありません。
せめてお声がけをしてからと思い、あたふたと服を身につけ壁伝いに屋敷の外に出ます。戸口から門まで行こうとしたとき、侍女のひとりと出くわしました。
「リュウホンさまはどこに?」
「これからちょうど経つところでございます。お連れいたします」
急ぎで馬の支度をしているというリュウホンさま。手を引いてもらい、駆け足でむかう。
「ダオさま、あちらです」
その声で、脚が止まりました。侍女はぼくの身体の向きを一方向に正し、口を開きます。
「このまま真っ直ぐ進めばいらっしゃいます」
「ありがとう」
礼を言うと、侍女の立ち去る音が聴こえました。
身体の世話をする以外に、侍女たちはぼくについてきません。常にそばにはいますが、一定の距離を保ち遠くから見守るように言いつけられているのです。
「リュウホンさま? そこに、いますか?」
ぼくは一歩ずつ進みながら、声をかけます。すると二十歩と歩いたところで、ガサッと物音がしました。
「ダオ、起きたのか」
「はい。よかった間に合いました」
それを伝えると、リュウホンさまはぼくを抱き寄せて口づけました。葉巻特有の苦い味がします。香りは甘いのにいつも不思議です。
「悪いがもう行く。王宮に物の怪が出たと知らせを受けた」
「物の怪・・・・・・?」
「なにやら怪物のような大男のなりをしているらしい。お前は危険だからぜったいに屋敷から出るなよ」
戸口から門までで精一杯のぼくが出られるはずもないのですけれど、ぼくの身を案じてくれたことを嬉しく思い、はいとうなずく。
「いい子だ」
リュウホンさまはもう一度、口づけをくださいました。
「では行ってくる」
「いってらしゃいませ」
「ああ、そうだダオ、そろそろ挙式の日取りを決めような。また追って、連絡する」
「はい、リュウホンさま」
風が吹きます。ぼくの耳に届く音が、サワサワと葉が揺れる音だけになります。
行ってしまわれたのでしょう。一瞬、懐かしさを覚えて、すぐに消えます。駆け出していくときの馬の蹄音が思っていたよりも静かなのだと感じ、なぜか知っていたような気持ちになりました。
しかし口腔に残った苦味をおもむろに舐め取ったとたん、そんな気持ちも儚く消えました。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる
えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。
一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。
しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。
皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……
【完結】断罪を乞う
弥生
BL
「生存戦略! ちゃんと『フツーの子』に擬態するんだ」
いじめられていた少年は、気がつくと生まれ変っていて別の生が始まっていた。
断片的な過去の記憶。辛く悲しい前世の記憶。
次の人生は同じ轍は踏まないぞと、前世の自分とは違う生き方をしようとする。
だが、運悪く入学したのは前世と同じ高校で……。
前世の記憶、失われた遺書、月命日に花を手向ける教師。その先にあるのは……。
テーマ:
「断罪と救済」「贖罪と粛清」
関係性:
元カースト1位でいじめていた
影がある社会科美形教師×
元いじめられていた美術部平凡
生存したい前世記憶あり平凡
※いじめなどの描写が含まれます。
かなり暗い話ですが、最後に掬い上げるような救済はあります。
※夏芽玉様主催の現世転生企画に参加させていただきました。
※性描写は主人公が未成年時にはありません。
表紙はpome様(X@kmt_sr)が描いてくださいました。
【完結】『ルカ』
瀬川香夜子
BL
―――目が覚めた時、自分の中は空っぽだった。
倒れていたところを一人の老人に拾われ、目覚めた時には記憶を無くしていた。
クロと名付けられ、親切な老人―ソニーの家に置いて貰うことに。しかし、記憶は一向に戻る気配を見せない。
そんなある日、クロを知る青年が現れ……?
貴族の青年×記憶喪失の青年です。
※自サイトでも掲載しています。
2021年6月28日 本編完結
【完結】運命さんこんにちは、さようなら
ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。
とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。
==========
完結しました。ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる