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第1章 ダオ編・壱
9 屋敷の暮らし——異変②
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乱れた寝台でぼくは目覚めました。朝日はわかりませんが、夜は冷たい窓辺のさんがあたたかいので、このあたりが明るく照らされているのだろうと思う。
ふいに風が髪を揺らしました。昨晩の閨時には閉めきっていたはずです。深更の暑さで寝苦しく、リュウホンさまが開けたのかもしれません。
ぼくは寝台を手で探ります。リュウホンさまはすでに起床されている。
開けっぱなしで寝入ってしまうのは不用心です。ぼく自身はしませんが、ぼくが暑くないように気をつかってくれたに違いないと思います。
それに鬼将軍とも畏怖されるリュウホンさまの屋敷に、忍びこむ勇気のある者はいないでしょう。
窓を閉めるために手を伸ばしたとき、外がやけに騒がしくなった。馬がいる。いななく鳴き声がします。またこんな朝早い時間にリュウホンさまのお迎えでしょうか? けれど急を要する事柄が発生したならば、仕方がありません。
せめてお声がけをしてからと思い、あたふたと服を身につけ壁伝いに屋敷の外に出ます。戸口から門まで行こうとしたとき、侍女のひとりと出くわしました。
「リュウホンさまはどこに?」
「これからちょうど経つところでございます。お連れいたします」
急ぎで馬の支度をしているというリュウホンさま。手を引いてもらい、駆け足でむかう。
「ダオさま、あちらです」
その声で、脚が止まりました。侍女はぼくの身体の向きを一方向に正し、口を開きます。
「このまま真っ直ぐ進めばいらっしゃいます」
「ありがとう」
礼を言うと、侍女の立ち去る音が聴こえました。
身体の世話をする以外に、侍女たちはぼくについてきません。常にそばにはいますが、一定の距離を保ち遠くから見守るように言いつけられているのです。
「リュウホンさま? そこに、いますか?」
ぼくは一歩ずつ進みながら、声をかけます。すると二十歩と歩いたところで、ガサッと物音がしました。
「ダオ、起きたのか」
「はい。よかった間に合いました」
それを伝えると、リュウホンさまはぼくを抱き寄せて口づけました。葉巻特有の苦い味がします。香りは甘いのにいつも不思議です。
「悪いがもう行く。王宮に物の怪が出たと知らせを受けた」
「物の怪・・・・・・?」
「なにやら怪物のような大男のなりをしているらしい。お前は危険だからぜったいに屋敷から出るなよ」
戸口から門までで精一杯のぼくが出られるはずもないのですけれど、ぼくの身を案じてくれたことを嬉しく思い、はいとうなずく。
「いい子だ」
リュウホンさまはもう一度、口づけをくださいました。
「では行ってくる」
「いってらしゃいませ」
「ああ、そうだダオ、そろそろ挙式の日取りを決めような。また追って、連絡する」
「はい、リュウホンさま」
風が吹きます。ぼくの耳に届く音が、サワサワと葉が揺れる音だけになります。
行ってしまわれたのでしょう。一瞬、懐かしさを覚えて、すぐに消えます。駆け出していくときの馬の蹄音が思っていたよりも静かなのだと感じ、なぜか知っていたような気持ちになりました。
しかし口腔に残った苦味をおもむろに舐め取ったとたん、そんな気持ちも儚く消えました。
ふいに風が髪を揺らしました。昨晩の閨時には閉めきっていたはずです。深更の暑さで寝苦しく、リュウホンさまが開けたのかもしれません。
ぼくは寝台を手で探ります。リュウホンさまはすでに起床されている。
開けっぱなしで寝入ってしまうのは不用心です。ぼく自身はしませんが、ぼくが暑くないように気をつかってくれたに違いないと思います。
それに鬼将軍とも畏怖されるリュウホンさまの屋敷に、忍びこむ勇気のある者はいないでしょう。
窓を閉めるために手を伸ばしたとき、外がやけに騒がしくなった。馬がいる。いななく鳴き声がします。またこんな朝早い時間にリュウホンさまのお迎えでしょうか? けれど急を要する事柄が発生したならば、仕方がありません。
せめてお声がけをしてからと思い、あたふたと服を身につけ壁伝いに屋敷の外に出ます。戸口から門まで行こうとしたとき、侍女のひとりと出くわしました。
「リュウホンさまはどこに?」
「これからちょうど経つところでございます。お連れいたします」
急ぎで馬の支度をしているというリュウホンさま。手を引いてもらい、駆け足でむかう。
「ダオさま、あちらです」
その声で、脚が止まりました。侍女はぼくの身体の向きを一方向に正し、口を開きます。
「このまま真っ直ぐ進めばいらっしゃいます」
「ありがとう」
礼を言うと、侍女の立ち去る音が聴こえました。
身体の世話をする以外に、侍女たちはぼくについてきません。常にそばにはいますが、一定の距離を保ち遠くから見守るように言いつけられているのです。
「リュウホンさま? そこに、いますか?」
ぼくは一歩ずつ進みながら、声をかけます。すると二十歩と歩いたところで、ガサッと物音がしました。
「ダオ、起きたのか」
「はい。よかった間に合いました」
それを伝えると、リュウホンさまはぼくを抱き寄せて口づけました。葉巻特有の苦い味がします。香りは甘いのにいつも不思議です。
「悪いがもう行く。王宮に物の怪が出たと知らせを受けた」
「物の怪・・・・・・?」
「なにやら怪物のような大男のなりをしているらしい。お前は危険だからぜったいに屋敷から出るなよ」
戸口から門までで精一杯のぼくが出られるはずもないのですけれど、ぼくの身を案じてくれたことを嬉しく思い、はいとうなずく。
「いい子だ」
リュウホンさまはもう一度、口づけをくださいました。
「では行ってくる」
「いってらしゃいませ」
「ああ、そうだダオ、そろそろ挙式の日取りを決めような。また追って、連絡する」
「はい、リュウホンさま」
風が吹きます。ぼくの耳に届く音が、サワサワと葉が揺れる音だけになります。
行ってしまわれたのでしょう。一瞬、懐かしさを覚えて、すぐに消えます。駆け出していくときの馬の蹄音が思っていたよりも静かなのだと感じ、なぜか知っていたような気持ちになりました。
しかし口腔に残った苦味をおもむろに舐め取ったとたん、そんな気持ちも儚く消えました。
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