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———なんでもない幸せのこと *
しおりを挟むひとつ、ぼくの話をさせてほしい。
・・・・・・ぼくは目が見えません。見えないというよりは、生まれたときから目がないと聞きます。閉じた瞼の下に眼球がふたつともないのです。
眼窩が落ち窪みくり抜かれたような影ができているのだと、風の噂がぼくの耳に入ってきます。どう説明されても思い浮かべることはできないのですけれど、通常ではない顔を畏れられてしまうため、上から布を巻いて一見はわからないようにしています。
そんなぼくの髪はいかほどでしょうか。自分では見られないので正確な長さや色は不明です。触った感じは細く柔らかく、腰のあたりまでありそうです。
不都合の多いぼくなのですが伴侶がおり、旦那さまがいつも丁寧に手入れをしてくださるおかげで、長くても困ることはありません。着るものも、食べるものも、旦那さまが毎日働いてお金を稼ぎ、買ってきてくれています。
朝起きて、菜っ葉とともに煮込んだ粥を食べて、旦那さまを仕事へ送り、ぼくは番犬のラオルを連れて山の散歩をしたり、馬や畑の世話をしたり、穏やかな一日を過ごします。
夜は仕事を終えた旦那さまを迎え、その日に持ち帰ってきてくれたものを料理し、ふたりで少しだけ豪華な晩餐を囲むのです。
互いに一日を報告しあい、笑いあい、ぽかぽかとした気持ちのまま、ぼくたちは寝台へむかいます。
ほんとうに優しく、低く透きとおる男らしい声で名前を呼ばれると、ぼくのからだはジンと熱くなる。そんなときは口づけがしたくなり、(これでもぼくは積極的なほうなのです)、しかし旦那さまは背が高くて、ぼくが背伸びをしても旦那さまの唇に届きません。
ひょこひょこと爪先立ちをするぼくはとても滑稽なのでしょう。すぐに抱きかかえられ、いつも先に口づけをされてしまいます。
膝の上にのせられて、ぼくは旦那さまの盛り上がった肩や胸の筋肉を触ります。旦那さまはぼくの左右の乳首を触ります。くすぐったくて気持ちよくて、触り合いっこをしているうちに股間が窮屈になって痛くなり、その頃合いを見計らったように旦那さまが下着を脱がせてくれます。
数えるほどしか触ったことはないのですが、男性は興奮すると、尿を排出するためのそこが硬くなり上を向く。みなが知っている常識だと教えられるまで、ぼくは知りませんでした。閨ごとに関してはまったくの無知でした。いってしまえば今もそうです。
そこをどうして、どうやれば、治まるのか。そもそも治まるといって正しいものなのか。ぼくは旦那さまに身を任せるしかありません。
されるがままに大きく脚を開かされて、硬く勃っているだろうそこにむしゃぶりつかれ、ぼくは腰を震わせます。さいしょのころは自分の口から聞いたこともない猫の子のような声が出て、心底びっくりしたものです。
今ではそれが普通だと教えられ、まして旦那さまが好きだと言ってくださるので、安心して声を出すことができます。
いちばん激しい波のあと、あの感覚がきました。用をたす際とは違う感覚です。びゅる、びゅる、と断続的に何かがこぼれ、そのたびにひとりでに腰が跳ねます。そうして荒い呼吸を繰り返しながら、額を撫でられ、すうっと上がりきった熱がひいていくのです。
とさりと旦那さまが横に寝転びました。少しばかり気だるそうな声は眠りに落ちる前兆です。
「ダオ」
「なんでしょう、旦那さま」
「もっとそばに」
「おりますよ。ここに」
このときだけは、ぼくが優位に立ちます。旦那さまを胸に抱きしめて、「おやすみなさい」を言うのです。
枕もとに薫る番紅花の匂い。よく眠れるといい、毎晩、旦那さまが香炉にまぜて焚いています。
「おやすみなさい、愛おしい愛おしい旦那さま。また明日のぼくも愛してください」
———と、ぼくも眠りに落ちました。
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