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第三章『悪魔と天使のはざま』
107 遠い、近い。
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「はい。さようでございます。いつでも作動させる準備が整っておりますよ」
ギュンターが控えめに顎を反らせた。
「ありがとうグレッツェル。シーレハウス学園はフェロモンの宝庫、発動に必要な力は潤沢にあります。全員から微量ずつ集めれば犠牲者も出ない。問題はヨウさんが納得して魔法陣に立ってくれるかです」
「なら俺が説得します。このままじゃあいつのためにならないから」
琥太郎は必死で言う。
「あっ、僕も協力」
「いやだ」
当然のごとくジョエルは申し出を遮られた。
「いやだ・・・?」
繰り返したジョエルに、ギクっと過敏に気色ばんで琥太郎は言い直す。
「駄目だ。俺が一人でいく。とにかく芥屋が許すまで寝室には誰も入らないでください」
返事を聞かずに琥太郎は寝室に入ってしまった。ティコが露骨に不快感を示してイーと歯を剥き出しにする。
「何あれ。ここ俺の部屋なんだけど~? ジョエルくんはいいの?」
「いいも何も、僕は文句を言えません」
しかし受けたショックは計り知れず、心中を隠せない。
(ねぇコタロー、いやだってなんなの、いやだって・・・・・・)
笑おうとしたのに失敗した。ティコの唇が「あ」の口になる。
「あ、ああ—、よしよし可哀想に。君だっていっぱい苦労してるよ」
ジョエルは涙していたようだ。
× × ×
ハワードから指示があるまで待機になり、ジョエルは日常を再始動する。
いつもの当番と談話室の監督にせいを出し、余った時間は勉強に費やすことで気を紛らわせた。翌クールの初日、休日の正味三日が三クールぶんにも感じる。
監督生の朝礼集会に赴くと、帰り際にジェイコブに引き留められた。
「少し話せる?」
「忙しい」
「忙しいは却下だ」
ジョエルはムッとした。
「ほっとけない顔してるからだよ」
ジェイコブがジョエルの綺麗な金髪をわしわしと撫でまわす。
「あと、あのひとからちょっと聞いた」
「あはは・・・お節介だなぁ、ローレンツ寮長は」
断ることは諦めてジョエルとジェイコブは並んで歩き出した。
教会を通り過ぎ、———そういえばミリーが消えた後から教会には行っていない。行く必要がなくなったのだ。ジョエルは今、人間たちと向き合っている。
「僕の話の前にジェイコブの近況を聞かせてよ。ジェイコブは最近どう? ジェイコブが指揮してた隊はどうなったの?」
シーレハウス学園を暴動者たちから守るために活躍してくれた学生たちの有志の集まり。救いの白翼が解体されてからは出番はなくなったと聞いている。
「あぁ、あれを本格的な組織にしてもらおうと頑張ってるよ」
「オメガの警備団を作るの?」
「そうだよ。オメガの兵士ならより深くまで警備の手が行き届く。今回のような暴動が今後もないとは限らない、学園生たちの安全な生活のために学園には必要な職務だ。設立が認められればシスターに並ぶオメガの特別階級職になる。残りたいと思うオメガがより多く職につけることになって、俺も自分の望む生き方ができる」
だから、と、ジェイコブがかしこまって咳払いをした。
「ジェイコブ?」
ジェイコブはジョエルの碧い眼を真っ直ぐに見つめる。
「あのひとに言われたように口説くなら、不誠実なつんけん男はやめて、俺のとこにおいで。俺ならこれからもジョエルと一緒にいてあげられる。寂しくなんかさせない。辛い想いもさせない。君が望むならこれまでどおりのような関係を貫いたっていいさ。プラトニックで友だちみたいな関係だってジョエルと二人なら楽しいしね。どう?」
ジョエルは驚き固まり、だがこれにも驚くほどなめらかに答えが口からすべり出ていた。
「ごめん、なさい」
「・・・だな。ジョエルにしちゃ何度目のやり取りだって話だよな。そして毎度俺はふられてる」
「でも僕に言わせてくれたんだよね。コタローがいいって」
「そういうことだ。ま、あわよくばとは思ってるよ」
「ありがとう。なんだか元気出た」
ジェイコブのおかげで勇気が湧いてくる。愛の告白はたいがい身勝手で自分本位な行為だ。相手の気持ちを確かめるためよりも先に、自分の気持ちを伝えたいという自我自欲が先行する。
告白は、好きどうしでなければしちゃいけないルールなんてない。
玉砕がなんだ。
ふられたって、もともと叶わない恋。
琥太郎への想いを自分の口でちゃんと本人に伝えたい。
君を好きになれたことが嬉しいって気持ちを自分で否定したくないだろう?
「でもコタローは今はヨウしか見てなくて」
二人きりになるのは無理そうかなと、ジョエルは曇った面持ちになる。ジェイコブが腕を組む。
「うーむ、実はコタローに口止めされてることがあるんだけどさ」
「うん」
「コタロー、よくうちの寮に現れて猛勉強してるんだよ。何故かジョエルには言うなって隠そうとするんだ。不思議だろ?」
「うん。学年末テストは受けないつもりなのかと思ってた」
心底悩ましい目をしていたに違いない、ジェイコブがジョエルの表情に失笑する。
「俺が思うに、あいつはジョエルの前で格好つけたいんだよ」
「ええ? どうして?」
「確かめる口実ができたじゃないか。気になって勉強に手がつかなくなったら困るもんな。ちなみに俺は君が腑抜けていても絶対に手を抜かないぞ。俺は俺で警備団の設立がかかってる」
ひらりと顔をそむけ、言い逃げして去っていく赤い髪の長身な背中。
(テストの点が下がったらそれは困るけど)
ジョエルだってシスターになれない。しかし来るなと言われているのに押しかけたら喧嘩必須だ。だが心のもやもやの増殖も待ったなし。
当たって砕けろが、現実的に見えてきた。
ギュンターが控えめに顎を反らせた。
「ありがとうグレッツェル。シーレハウス学園はフェロモンの宝庫、発動に必要な力は潤沢にあります。全員から微量ずつ集めれば犠牲者も出ない。問題はヨウさんが納得して魔法陣に立ってくれるかです」
「なら俺が説得します。このままじゃあいつのためにならないから」
琥太郎は必死で言う。
「あっ、僕も協力」
「いやだ」
当然のごとくジョエルは申し出を遮られた。
「いやだ・・・?」
繰り返したジョエルに、ギクっと過敏に気色ばんで琥太郎は言い直す。
「駄目だ。俺が一人でいく。とにかく芥屋が許すまで寝室には誰も入らないでください」
返事を聞かずに琥太郎は寝室に入ってしまった。ティコが露骨に不快感を示してイーと歯を剥き出しにする。
「何あれ。ここ俺の部屋なんだけど~? ジョエルくんはいいの?」
「いいも何も、僕は文句を言えません」
しかし受けたショックは計り知れず、心中を隠せない。
(ねぇコタロー、いやだってなんなの、いやだって・・・・・・)
笑おうとしたのに失敗した。ティコの唇が「あ」の口になる。
「あ、ああ—、よしよし可哀想に。君だっていっぱい苦労してるよ」
ジョエルは涙していたようだ。
× × ×
ハワードから指示があるまで待機になり、ジョエルは日常を再始動する。
いつもの当番と談話室の監督にせいを出し、余った時間は勉強に費やすことで気を紛らわせた。翌クールの初日、休日の正味三日が三クールぶんにも感じる。
監督生の朝礼集会に赴くと、帰り際にジェイコブに引き留められた。
「少し話せる?」
「忙しい」
「忙しいは却下だ」
ジョエルはムッとした。
「ほっとけない顔してるからだよ」
ジェイコブがジョエルの綺麗な金髪をわしわしと撫でまわす。
「あと、あのひとからちょっと聞いた」
「あはは・・・お節介だなぁ、ローレンツ寮長は」
断ることは諦めてジョエルとジェイコブは並んで歩き出した。
教会を通り過ぎ、———そういえばミリーが消えた後から教会には行っていない。行く必要がなくなったのだ。ジョエルは今、人間たちと向き合っている。
「僕の話の前にジェイコブの近況を聞かせてよ。ジェイコブは最近どう? ジェイコブが指揮してた隊はどうなったの?」
シーレハウス学園を暴動者たちから守るために活躍してくれた学生たちの有志の集まり。救いの白翼が解体されてからは出番はなくなったと聞いている。
「あぁ、あれを本格的な組織にしてもらおうと頑張ってるよ」
「オメガの警備団を作るの?」
「そうだよ。オメガの兵士ならより深くまで警備の手が行き届く。今回のような暴動が今後もないとは限らない、学園生たちの安全な生活のために学園には必要な職務だ。設立が認められればシスターに並ぶオメガの特別階級職になる。残りたいと思うオメガがより多く職につけることになって、俺も自分の望む生き方ができる」
だから、と、ジェイコブがかしこまって咳払いをした。
「ジェイコブ?」
ジェイコブはジョエルの碧い眼を真っ直ぐに見つめる。
「あのひとに言われたように口説くなら、不誠実なつんけん男はやめて、俺のとこにおいで。俺ならこれからもジョエルと一緒にいてあげられる。寂しくなんかさせない。辛い想いもさせない。君が望むならこれまでどおりのような関係を貫いたっていいさ。プラトニックで友だちみたいな関係だってジョエルと二人なら楽しいしね。どう?」
ジョエルは驚き固まり、だがこれにも驚くほどなめらかに答えが口からすべり出ていた。
「ごめん、なさい」
「・・・だな。ジョエルにしちゃ何度目のやり取りだって話だよな。そして毎度俺はふられてる」
「でも僕に言わせてくれたんだよね。コタローがいいって」
「そういうことだ。ま、あわよくばとは思ってるよ」
「ありがとう。なんだか元気出た」
ジェイコブのおかげで勇気が湧いてくる。愛の告白はたいがい身勝手で自分本位な行為だ。相手の気持ちを確かめるためよりも先に、自分の気持ちを伝えたいという自我自欲が先行する。
告白は、好きどうしでなければしちゃいけないルールなんてない。
玉砕がなんだ。
ふられたって、もともと叶わない恋。
琥太郎への想いを自分の口でちゃんと本人に伝えたい。
君を好きになれたことが嬉しいって気持ちを自分で否定したくないだろう?
「でもコタローは今はヨウしか見てなくて」
二人きりになるのは無理そうかなと、ジョエルは曇った面持ちになる。ジェイコブが腕を組む。
「うーむ、実はコタローに口止めされてることがあるんだけどさ」
「うん」
「コタロー、よくうちの寮に現れて猛勉強してるんだよ。何故かジョエルには言うなって隠そうとするんだ。不思議だろ?」
「うん。学年末テストは受けないつもりなのかと思ってた」
心底悩ましい目をしていたに違いない、ジェイコブがジョエルの表情に失笑する。
「俺が思うに、あいつはジョエルの前で格好つけたいんだよ」
「ええ? どうして?」
「確かめる口実ができたじゃないか。気になって勉強に手がつかなくなったら困るもんな。ちなみに俺は君が腑抜けていても絶対に手を抜かないぞ。俺は俺で警備団の設立がかかってる」
ひらりと顔をそむけ、言い逃げして去っていく赤い髪の長身な背中。
(テストの点が下がったらそれは困るけど)
ジョエルだってシスターになれない。しかし来るなと言われているのに押しかけたら喧嘩必須だ。だが心のもやもやの増殖も待ったなし。
当たって砕けろが、現実的に見えてきた。
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