Ω×Ω/弱虫だったオメガが異世界からきた後天性オメガに恋して好きな人のために世界を変えちゃうかもしれないっていう話。

倉藤

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第三章『悪魔と天使のはざま』

105 眠り姫の目覚め

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 琥太郎はジョエルと同じベッドで眠った。
 ジョエルとしては幸福な時間だったはずなのに、眠る琥太郎を抱きしめてため息をついてしまう。

「うー、んん、やべ、寝てた」
「おはよ。体平気?」

 ヒートの具合を訊いただけなのだが、琥太郎の頬がぼっと耳まで赤くなった。

「僕、変なこと言った?」
「別に・・・平気」

 昨晩と打って変わり、かなり警戒されているので笑えてくる。久しぶりに猫みたいだ。

「僕はなにもしてないよ」
「あぁ、そりゃ見りゃわかる」

 乱れてもない寝巻きを見下ろし、赤面したことに恥ずかしそうにする。

「ジョエルは今日朝は?」

 監督生の朝礼集会に行かないのかと言われているのだろう。琥太郎の前なので行儀悪く、ジョエルは肘枕のまま口を開いた。

「休日でしょう? だからヨウを起こす日が今日になったんじゃない?」

 ジョエルの罰則は昼間を除外されており、談話室の監督は夕方から担当すればいい。日中は体があく。洋を目覚めさせるとなればジョエルの同席が望ましく、ギュンターとハワードができないこともないが、植物を扱うならジョエルの右に出る者はいない。
 そうすると、琥太郎が叱られた子どものように視線を外した。

「その・・・悪かった」

 よほど怖い顔をしているのかと思い両方の頬を触るジョエルを見て、琥太郎はうなじを掻きながら言う。

「よくわからないけど怒らせたみたいだから」

 やっぱり機嫌が悪いと思われていた。そしてやっぱり彼にはジョエルの気持ちがよくわからないのだ。

「怒ってないよ。ヨウ、目覚めたら最初になんて言うだろうね?」

 なんでもないように洋の話題を続けると、琥太郎はホッとした顔をする。

「そうだな・・・『ひどい!』って泣きわめきそうだよ」
「くふふふ、確かに想像できるね。しっかり支えてあげないとね」

 言いたくないことを口にすると自分が一欠片ずつ死んでいくような感覚がする。

(ヨウは好きで眠らされていたわけじゃないのに、喜んであげられない僕は最低なのだろうな。このまま眠っていてなんて思っちゃいけないのに)

 着替えを済ませて琥太郎と寮室を出ると、ティコが迎えに来ていた。

「おはよう二人とも、ジョエルくんは、うん、その顔は聞いたみたいだね」
「おはようございます。僕はいつもどおりですが」
「んー、そうは見えないけど他の寮生が見ている場所ではにこやかにね。監督生がすべき顔じゃないな」
「・・・はい、すみません」

 叱責を真摯に受けとめ、ジョエルはにっこりと微笑みを作った。紛いものの笑顔に違いなかったが、ティコはいい子だねと褒めてくれ、琥太郎だけが豆を投げつけられた鳩のような顔をしている。

「ジョエルくんはちゃんとヨウを目覚めさせられるかどうか緊張してるんだよ。責任重大だものね」

 ティコが無難な言いわけをした。

「うん。そう。でも頑張るね」

 ありがたくジョエルはのっかり、素知らぬふりで意気込みを話して琥太郎を納得させた。

「行こうか。朝食はたっぷり準備してあるから」

 ティコに連れられて寮長部屋に行く。すでにハワード、セス、ギュンターが揃い踏みだ。

「グレッツェル先生っ、もう起き上がっても大丈夫なのですか?」

 ジョエルは腰掛けていた師匠を気づかい走り寄る。

「ああ、このとおりだよ」

 ギュンターの目の下の隈が濃くなったように思われるが、声は元気そうだった。

「良かった。先生、教会では本当にすみませんでした。お詫びのしようもありません」

 頭を下げるジョエルに、ギュンターは身を引いた。怖がられているのかと感じたが、どうやら違った。アルファとしての衝動を爆発させた瞬間をジョエルに見られたので、やましさを覚えていたのだと平伏する。

「君のことも遅いかねなかった。すまなかった」

 だが主従契約を一時的に解き放ったのもジョエルなので、ギュンターは悪くない。膝に額をくっつける姿に度肝を抜かれて、慌ててあわあわと師匠の体を起こした。

「で、ではお互いさまということで」
「しかしながら格好のつかないところを見られてばかりだ」

 誤りあって引かない様子をハワードが見かねる。

「今日はヨウさんのために集まったのですよ。和解が済みましたらお二人ともよろしくお願いしますね」

 ジョエルは助け舟にのって頷いた。

「はい」

 洋を目覚めさせるための解毒薬はジョエルが持参した種を発芽させ、花が咲く前の蕾を煎じると出来上がる。口から服用させるか、匂いを嗅がせるだけでも効果があった。緻密な調合はギュンターと協力して行い、完成した薬をハワードに渡す。

「どうぞ」
「うん。ありがとう」

 ハワードは洋のベッドの周りに皆を集めて、「いいね?」と一人ひとりの目を見つめて訊ねた。
 無論、反対する者などおらず、粛々と意思確認がされる。
 ジョエルの順番。ハワードは、ジョエルの肯首が一拍子ぶん遅れたことに気づいただろう。

「きっとうまくいきますよ」

 その言葉はジョエルに向けられたものだったのだろうか。だがハワードは皆に聞かせるように静かに言い、解毒薬の小瓶を洋の鼻に近づける。
 解毒薬は無味無臭。眠らせた時のように一目瞭然たる反応がないため、目覚めるまでの瞬間には緊張が走った。
 ちゃんと効いているのか確かめようもなく、やきもきした時間が流れる。

「う・・・・・・」

 洋が瞼を震わせ、両目をゆっくりと開けた。
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