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第三章『悪魔と天使のはざま』
103 過去から繋いできたこと
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ミリーは沈黙し、おもむろに口を開いた。
「君の顔を見たら出て行く約束だった」
「でもっ」
「我らの件もフローレス侯爵の件も話は済んでる。サンチェス一族の末裔王子から聞いてくれ」
席を立つミリーを、ジョエルは追ったが、ティコが間に入り両方向に真っ直ぐ手を広げる。かかしみたいに。通せんぼするみたいに。
「行かせてやって」
「でも・・・父様・・・・・・!」
ミリーは一度だけ振り返り、しかしそれだけだった。
ジョエルは肩を落とし客間に戻る。二度と会うことはないと、わかってしまった。友だちじゃなく、親子と知った上で話をしたかったのに。
血の繋がった家族だったのに。
「ミリーがしたいと思っても、彼はサンチェス家に協力できないんだ」
ティコは優しくジョエルの肩を抱いた。
「そうだよね。ハワード様」
悲しげに愁眉を寄せていたハワードが頷く。
「俺は許せないけどな」
琥太郎は隅っこで腕を組んでいた。舌打ちし、ドアを睨んでいる。琥太郎はジョエルのために怒ってくれているのだろう。皆のように割り切れない気持ちをかわりに代弁してくれたのでジョエルの溜飲が下がる。
「ありがとうコタロー」
「何もしてないし」
琥太郎は不服そうな声で呟いた。その顔だけで十分だ。
「ハワード様」
ジョエルはソファに腰を落ち着けた。
「ミリー・ソルトと母のことを教えてください」
「ええ、二人はアルトリアさんの実の肉親です。フローレス侯爵は海の向こうの国からオメガだった母君を密入国させ、愛人として囲った。しかしすでにお腹にはアルトリアさん、あなたがいた。その父親はミリー・ソルト」
ハワードが語る声に室内はしんと静まりかえった。
「ソルト家の祖先には悪魔に仕えたアルファがいました」
ウッと、ジョエルは口を押さえた。どっと吐き気が込み上げてくる。
(何? なんだそれ)
予想のはるか上を行く話だ。
「私とセスが結んでいる主従契約の術式は、悪魔が考え出した・・・いけませんね呼び方を変えましょう、かつて召喚された渡来者が編み出した魔法です。私も知りませんでしたが、ミリーから教えられました」
ジョエルは我慢できずにえずく。ティコが背中をさすろうとしてくれるのを断り、青白い顔でハワードに続きを求めた。ハワードは目を閉じて応じる。
「コタローさんが言っていましたよ。コタローさんの世界にも金髪で青い目、雪のように白い肌をした国のひとがいると」
琥太郎が「ああ」と相槌を打った。
「私たちは渡来者といえば薄めの顔立ちに黒い目黒い髪だとつい決めつけてしまっていましたが、アルトリアさんのルーツはコタローさんとヨウさんと同じ世界の人間なのです」
聞いた瞬間にジョエルは立ち上がり、だが足腰に力が入らずにガクンと膝をつく。
「ひっ、ごめんなさい・・・っ、僕が悪魔の子孫?」
「顔を上げてくださいアルトリアさん。私はあなたと予言との関わりがずっと不思議だった。どちらに吉と出る存在なのか見極める必要があると思っていました」
「そうして僕はハワード様たちにとっての敵だとわかったんですよね?」
涙ながらに見上げると、ハワードは優しい顔をしていた。
「いいえ。アルトリアさんもコタローさんと同じように希望の流れ星なんですよ」
数百年前、この地にあった大帝国を分裂させた後、海を渡って異国に流れ着いた渡来者は大帝国の惨劇を繰り返そうとした。しかし、渡来者は運命に出逢ったのかもしれない。うっかり誰かを愛してしまい、子孫を残して血を繋いだ。
愛を覚えた渡来者はうっかり、だが心の底から家族を大切に想っていた。家族を永久に守り続ける従者を作り出すため、優秀なアルファと後世に及ぶ壮大な主従契約を結んでしまうほどに。
時は流れ、ジョエルの母が生まれ、ミリーは従者として彼女を慈しみ守っていた。二人は恋に堕ち、主従契約以上の関係を持ってしまう。その後、オスカーが彼女を見初めて連れ去り、ミリーは大切なひとを取り返すべく彼女を追うが、強大な力に阻まれた。
それは代々受け継がれていく主従契約によるものだった。
無理に彼女を取り戻せば、ミリーには死が待っている。そうなれば彼女を守れなくなる。
やがてスヴェア王国で誕生したジョエルはアルトリア家の養子となり、シーレハウス学園に入学。ミリーの手引きにより予言の存在を知らされてロンダール王国へ赴き、接触を果たした。
全ての流れが予言によって偶然と必然に組み合わさり、ジョエルは現在にたどり着いた。
「でもどうして主従契約はミリー・ソルトの動きを拒んだんですか? 矛盾していないですか?」
ジョエルが腑に落ちないでいると、ハワードは首を横に振り否定する。
「そんなことありませんよ、ちっとも矛盾してません。アルトリアさんを予言の在処に近づけつつ、敵対する私からは遠ざけようとしたんです。ミリーは主従契約とあなたとのあいだで奮闘したのでしょう、どうにかして息子をそばに置きたかったのだと思います」
「そうか。でも、やっぱり変です。悪魔は国を壊したひとなのに」
「この世に悪魔なんてひとはいないんですよ。私たちがそう呼んでいただけで」
ジョエルは、あっと思う。ミリーの言った言葉が思い出された。
「一度はこの世を壊したいと望むほどに闇に取り憑かれていたとしても、ひとを愛したその頃には、悪行を尽くすために蘇りたいなどとは思っていなかったのかもしれません。生涯を終える間際に願ったのかもしれません。最悪の予言を止めるために、渡来者の血を引いたあなたはここにいるのです」
ハワードが予言の記された古いページをジョエルの前に差し出した。
「あなたと私で終わらせましょう。それぞれの血があれば予言は両方解除されます」
とても重大な責任を二分するのだと思うと、ジョエルはおそるおそる予言を受け取る。
駄目だな。自分はすぐに弱くなる。琥太郎のためなら頑張れるけれど、非力な自分が心に居座り続けている。
「こんな僕がみんなと一緒にいていいんですか?」
「答えるまでもないですよ、ねぇ、コタローさん?」
不意に返事をバトンタッチされた琥太郎は怯むことなく、かつ大袈裟すぎることのない口調で
「当たり前だろ」
と言った。
ジョエルは唇が震える。途端に涙がこぼれてしまい、上手く「ありがとう」が言えたかどうかはわからなかった。
「君の顔を見たら出て行く約束だった」
「でもっ」
「我らの件もフローレス侯爵の件も話は済んでる。サンチェス一族の末裔王子から聞いてくれ」
席を立つミリーを、ジョエルは追ったが、ティコが間に入り両方向に真っ直ぐ手を広げる。かかしみたいに。通せんぼするみたいに。
「行かせてやって」
「でも・・・父様・・・・・・!」
ミリーは一度だけ振り返り、しかしそれだけだった。
ジョエルは肩を落とし客間に戻る。二度と会うことはないと、わかってしまった。友だちじゃなく、親子と知った上で話をしたかったのに。
血の繋がった家族だったのに。
「ミリーがしたいと思っても、彼はサンチェス家に協力できないんだ」
ティコは優しくジョエルの肩を抱いた。
「そうだよね。ハワード様」
悲しげに愁眉を寄せていたハワードが頷く。
「俺は許せないけどな」
琥太郎は隅っこで腕を組んでいた。舌打ちし、ドアを睨んでいる。琥太郎はジョエルのために怒ってくれているのだろう。皆のように割り切れない気持ちをかわりに代弁してくれたのでジョエルの溜飲が下がる。
「ありがとうコタロー」
「何もしてないし」
琥太郎は不服そうな声で呟いた。その顔だけで十分だ。
「ハワード様」
ジョエルはソファに腰を落ち着けた。
「ミリー・ソルトと母のことを教えてください」
「ええ、二人はアルトリアさんの実の肉親です。フローレス侯爵は海の向こうの国からオメガだった母君を密入国させ、愛人として囲った。しかしすでにお腹にはアルトリアさん、あなたがいた。その父親はミリー・ソルト」
ハワードが語る声に室内はしんと静まりかえった。
「ソルト家の祖先には悪魔に仕えたアルファがいました」
ウッと、ジョエルは口を押さえた。どっと吐き気が込み上げてくる。
(何? なんだそれ)
予想のはるか上を行く話だ。
「私とセスが結んでいる主従契約の術式は、悪魔が考え出した・・・いけませんね呼び方を変えましょう、かつて召喚された渡来者が編み出した魔法です。私も知りませんでしたが、ミリーから教えられました」
ジョエルは我慢できずにえずく。ティコが背中をさすろうとしてくれるのを断り、青白い顔でハワードに続きを求めた。ハワードは目を閉じて応じる。
「コタローさんが言っていましたよ。コタローさんの世界にも金髪で青い目、雪のように白い肌をした国のひとがいると」
琥太郎が「ああ」と相槌を打った。
「私たちは渡来者といえば薄めの顔立ちに黒い目黒い髪だとつい決めつけてしまっていましたが、アルトリアさんのルーツはコタローさんとヨウさんと同じ世界の人間なのです」
聞いた瞬間にジョエルは立ち上がり、だが足腰に力が入らずにガクンと膝をつく。
「ひっ、ごめんなさい・・・っ、僕が悪魔の子孫?」
「顔を上げてくださいアルトリアさん。私はあなたと予言との関わりがずっと不思議だった。どちらに吉と出る存在なのか見極める必要があると思っていました」
「そうして僕はハワード様たちにとっての敵だとわかったんですよね?」
涙ながらに見上げると、ハワードは優しい顔をしていた。
「いいえ。アルトリアさんもコタローさんと同じように希望の流れ星なんですよ」
数百年前、この地にあった大帝国を分裂させた後、海を渡って異国に流れ着いた渡来者は大帝国の惨劇を繰り返そうとした。しかし、渡来者は運命に出逢ったのかもしれない。うっかり誰かを愛してしまい、子孫を残して血を繋いだ。
愛を覚えた渡来者はうっかり、だが心の底から家族を大切に想っていた。家族を永久に守り続ける従者を作り出すため、優秀なアルファと後世に及ぶ壮大な主従契約を結んでしまうほどに。
時は流れ、ジョエルの母が生まれ、ミリーは従者として彼女を慈しみ守っていた。二人は恋に堕ち、主従契約以上の関係を持ってしまう。その後、オスカーが彼女を見初めて連れ去り、ミリーは大切なひとを取り返すべく彼女を追うが、強大な力に阻まれた。
それは代々受け継がれていく主従契約によるものだった。
無理に彼女を取り戻せば、ミリーには死が待っている。そうなれば彼女を守れなくなる。
やがてスヴェア王国で誕生したジョエルはアルトリア家の養子となり、シーレハウス学園に入学。ミリーの手引きにより予言の存在を知らされてロンダール王国へ赴き、接触を果たした。
全ての流れが予言によって偶然と必然に組み合わさり、ジョエルは現在にたどり着いた。
「でもどうして主従契約はミリー・ソルトの動きを拒んだんですか? 矛盾していないですか?」
ジョエルが腑に落ちないでいると、ハワードは首を横に振り否定する。
「そんなことありませんよ、ちっとも矛盾してません。アルトリアさんを予言の在処に近づけつつ、敵対する私からは遠ざけようとしたんです。ミリーは主従契約とあなたとのあいだで奮闘したのでしょう、どうにかして息子をそばに置きたかったのだと思います」
「そうか。でも、やっぱり変です。悪魔は国を壊したひとなのに」
「この世に悪魔なんてひとはいないんですよ。私たちがそう呼んでいただけで」
ジョエルは、あっと思う。ミリーの言った言葉が思い出された。
「一度はこの世を壊したいと望むほどに闇に取り憑かれていたとしても、ひとを愛したその頃には、悪行を尽くすために蘇りたいなどとは思っていなかったのかもしれません。生涯を終える間際に願ったのかもしれません。最悪の予言を止めるために、渡来者の血を引いたあなたはここにいるのです」
ハワードが予言の記された古いページをジョエルの前に差し出した。
「あなたと私で終わらせましょう。それぞれの血があれば予言は両方解除されます」
とても重大な責任を二分するのだと思うと、ジョエルはおそるおそる予言を受け取る。
駄目だな。自分はすぐに弱くなる。琥太郎のためなら頑張れるけれど、非力な自分が心に居座り続けている。
「こんな僕がみんなと一緒にいていいんですか?」
「答えるまでもないですよ、ねぇ、コタローさん?」
不意に返事をバトンタッチされた琥太郎は怯むことなく、かつ大袈裟すぎることのない口調で
「当たり前だろ」
と言った。
ジョエルは唇が震える。途端に涙がこぼれてしまい、上手く「ありがとう」が言えたかどうかはわからなかった。
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