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第三章『悪魔と天使のはざま』
102 迎え
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この日の夜は眠らないで待っていてと言われていたが、眠気を我慢しなくても頭は綺麗に冴えていた。
屋敷の使用人が無断で入ってきてもいいように、ベッドの中で眠ったふりをしていると、黒兎が合図として教えられていたノックの仕方をし迎えにきた。半信半疑というわけではなかったけれど、現れた迎えに胸がどくんと高鳴る。
「行けますか?」
ジョエルは顎を引いた。
そして。
「・・・・・・あの、これ大丈夫でしょうか」
簡単にいきすぎて不安になる。
「待ち伏せされてるんじゃ」
「まだバレていませんから」
前を進むのは黒兎。ジョエルは闇夜に紛れてアルトリア家の門を抜けたところだった。
「少し行った場所が合流地点です。そこからは馬に乗れますのでもうしばらくの辛抱ですよ」
ジョエルが圧倒されていると、黒兎は黒装束の下で胸を張った。
「当然です。ただのいち貴族家に過ぎない家の警備にロンダール王国の王族を守ってきた我らが出し抜かれるとでも?」
「ですよね。すみません」
失言をつつしむように、ジョエルは口を閉じる。黙々と歩くこと数刻、明かりを消していたので、星空が眩しく感じる。上を向いていたジョエルは、どくどくと鳴る鼓動が、砂利を踏む靴音に重なって聴こえたのをキッカケに血の気が失せてきた。
(なんだか気持ち悪くなっちゃった)
だって待ってよ、むしろ、偽りの家族を売ることよりも、これからのほうがよっぽど覚悟が必要なんじゃ・・・。
琥太郎、洋はまだ眠りの中だと思うが、ハワード、セス、ティコ。どんな表情をして仲間たちのもとに帰ればいいんだろう。
きっと裏切り行為を詰られ、罰を受ける。身動きできないよう縛られて殴られるかも。
「合流地点はもうすぐです。よく頑張りましたね、ジョエル様?」
黒兎の賞賛の言葉も耳に入らないほどに、ジョエルはカタカタと震えていた。
(どうしよう、逃げたい)
でも会いたい。謝りたい。二つの相反する感情がぐるぐるする。
歩みがおぼつかなくて、転びそうになるたび黒兎に愛想笑いを返していたが、ついに馬車の輪郭が見えてきた瞬間に足が強張り、ジョエルは林道に飛び出していた細枝に眉間を打ってしまった。
ギャっと驚いて目を閉じる。そのせいで踵が滑った。小石につまずく。
慌てて前に突き出した手が、けれども地面に到達する前に温もりを感じた。
「ったく、ふらふらしてないでちゃんと歩けよ」
目を開けると、息を切らした琥太郎が両手を支えてくれていた。
琥太郎はジョエルをしっかり立たせると、気まずそうにうなじを掻く。
「ど・・・して?」
「無理言って連れてきてもらったんだよ。良い子ちゃんのジョエルのことだからどうせ怒られるのにびびってぐずぐずしてるんじゃないかなって思って。俺の思ったとおりだったな。ばーか」
潤んでいたジョエルの瞳に気づくと、琥太郎はまたうなじを掻いた。
「ばーかは撤回。ごめんな。俺が傷つけるような態度取ったから」
「う、ううん、コタローに会いたかったよ!」
恐怖も迷いも吹き飛んだ。ジョエルは嬉しくて、人目も憚らず琥太郎の首に抱きついてしまった。好きという気持ちから湧いてくるパワーってすごいな。やっぱり琥太郎が大好きだ。
× × ×
「おいでよジョエル。ドアの前で立ち止まんなよ」
「う・・・ん。最終カリキュラム用の離れってここにあったんだ」
ジョエルはもぞもぞと手をこすり合わせながらシーレハウス学園の地を踏む。ジョエルをアルトリア家まで迎えに来てくれたのは琥太郎と、ティコを守っていたベータの護衛兵だった。ハワードたちが来られなかったのは別の要件で学園から出られないからだと説明された、———顔も見たくないほど怒っているんじゃないかと何度も訊いたら、今は呆れられて訊いても無視される。
「あー、ジェイコブも探しだすのに苦労したって言ってたな」
不安がるジョエルをニヤニヤ見つめ、琥太郎は知らん顔で肩をすくめた。
「そう、ジェイコブは自力で見つけられたんだ」
緊張を鎮めながら返事をする。
シーレハウス学園の広大な敷地は、四角い塀の中に一つの小さな国がおさまっているような感覚だ。
しかし、離れの屋敷の周りに身なりの豪奢な王族の近衛兵がぞろっと並んでいるのには目を見張る。まるで王宮に来てしまったみたいだが、学園なので王様はいない。
「あれは王太子が置いてった」
「いつ?!」
「ジョエルがハワード様たちを襲えって指示したんじゃないんだ」
「してないよ! どちらかといえばミリー派の信者が暴力行為を推奨してた。はっ、そういえば、何もされてないっ?」
「おおっ、誰にだよ?」
前触れなく肩を掴んでしまったので琥太郎がびくついて眉を寄せた。
「ミリー・ソルト! 学園生の姿は見せかけなんだよ!」
「どうどう、わかってるわかってる。とにかく入れ。いつまで立ち話させんだよ」
「ごめん」
肩を掴む手を緩めると、琥太郎がドアを押した。と同時にぐいっと内から引かれたらしく変な奇声を出した。
「そうですよ。お帰りなさい」
琥太郎の言ったとおりだ。ハワードたちはにこやかにジョエルを迎え入れてくれた。
「ハワード様、セスさん」
「俺もいるよ。君にお客様が来てる」
ティコが玄関ポーチに顔を出し、ジョエルは首を傾げた。
「昨日からお待ちかねだよ~。でも早く帰ってこられて良かったね。ある意味ファインプレーだ。一気にあれこれが動いたんだもん」
空気を読まないでいてくれるティコの明るさに救われる。
「さぁさぁ、こっち」
背中を押されてジョエルが客間に行くと、学園生の少年姿でない素顔のミリーが座っていた。
「あなたでしたか」
「恐ろしいものを見たみたいな顔だね」
ミリーの言ったことを、ジョエルは訂正したくなった。
「恐ろしいだけじゃないです。ちゃんと素顔のあなたと話がしたいと思っていました」
「嬉しいことを言ってくれるね」
「真面目に。母とあなたについて教えてください」
屋敷の使用人が無断で入ってきてもいいように、ベッドの中で眠ったふりをしていると、黒兎が合図として教えられていたノックの仕方をし迎えにきた。半信半疑というわけではなかったけれど、現れた迎えに胸がどくんと高鳴る。
「行けますか?」
ジョエルは顎を引いた。
そして。
「・・・・・・あの、これ大丈夫でしょうか」
簡単にいきすぎて不安になる。
「待ち伏せされてるんじゃ」
「まだバレていませんから」
前を進むのは黒兎。ジョエルは闇夜に紛れてアルトリア家の門を抜けたところだった。
「少し行った場所が合流地点です。そこからは馬に乗れますのでもうしばらくの辛抱ですよ」
ジョエルが圧倒されていると、黒兎は黒装束の下で胸を張った。
「当然です。ただのいち貴族家に過ぎない家の警備にロンダール王国の王族を守ってきた我らが出し抜かれるとでも?」
「ですよね。すみません」
失言をつつしむように、ジョエルは口を閉じる。黙々と歩くこと数刻、明かりを消していたので、星空が眩しく感じる。上を向いていたジョエルは、どくどくと鳴る鼓動が、砂利を踏む靴音に重なって聴こえたのをキッカケに血の気が失せてきた。
(なんだか気持ち悪くなっちゃった)
だって待ってよ、むしろ、偽りの家族を売ることよりも、これからのほうがよっぽど覚悟が必要なんじゃ・・・。
琥太郎、洋はまだ眠りの中だと思うが、ハワード、セス、ティコ。どんな表情をして仲間たちのもとに帰ればいいんだろう。
きっと裏切り行為を詰られ、罰を受ける。身動きできないよう縛られて殴られるかも。
「合流地点はもうすぐです。よく頑張りましたね、ジョエル様?」
黒兎の賞賛の言葉も耳に入らないほどに、ジョエルはカタカタと震えていた。
(どうしよう、逃げたい)
でも会いたい。謝りたい。二つの相反する感情がぐるぐるする。
歩みがおぼつかなくて、転びそうになるたび黒兎に愛想笑いを返していたが、ついに馬車の輪郭が見えてきた瞬間に足が強張り、ジョエルは林道に飛び出していた細枝に眉間を打ってしまった。
ギャっと驚いて目を閉じる。そのせいで踵が滑った。小石につまずく。
慌てて前に突き出した手が、けれども地面に到達する前に温もりを感じた。
「ったく、ふらふらしてないでちゃんと歩けよ」
目を開けると、息を切らした琥太郎が両手を支えてくれていた。
琥太郎はジョエルをしっかり立たせると、気まずそうにうなじを掻く。
「ど・・・して?」
「無理言って連れてきてもらったんだよ。良い子ちゃんのジョエルのことだからどうせ怒られるのにびびってぐずぐずしてるんじゃないかなって思って。俺の思ったとおりだったな。ばーか」
潤んでいたジョエルの瞳に気づくと、琥太郎はまたうなじを掻いた。
「ばーかは撤回。ごめんな。俺が傷つけるような態度取ったから」
「う、ううん、コタローに会いたかったよ!」
恐怖も迷いも吹き飛んだ。ジョエルは嬉しくて、人目も憚らず琥太郎の首に抱きついてしまった。好きという気持ちから湧いてくるパワーってすごいな。やっぱり琥太郎が大好きだ。
× × ×
「おいでよジョエル。ドアの前で立ち止まんなよ」
「う・・・ん。最終カリキュラム用の離れってここにあったんだ」
ジョエルはもぞもぞと手をこすり合わせながらシーレハウス学園の地を踏む。ジョエルをアルトリア家まで迎えに来てくれたのは琥太郎と、ティコを守っていたベータの護衛兵だった。ハワードたちが来られなかったのは別の要件で学園から出られないからだと説明された、———顔も見たくないほど怒っているんじゃないかと何度も訊いたら、今は呆れられて訊いても無視される。
「あー、ジェイコブも探しだすのに苦労したって言ってたな」
不安がるジョエルをニヤニヤ見つめ、琥太郎は知らん顔で肩をすくめた。
「そう、ジェイコブは自力で見つけられたんだ」
緊張を鎮めながら返事をする。
シーレハウス学園の広大な敷地は、四角い塀の中に一つの小さな国がおさまっているような感覚だ。
しかし、離れの屋敷の周りに身なりの豪奢な王族の近衛兵がぞろっと並んでいるのには目を見張る。まるで王宮に来てしまったみたいだが、学園なので王様はいない。
「あれは王太子が置いてった」
「いつ?!」
「ジョエルがハワード様たちを襲えって指示したんじゃないんだ」
「してないよ! どちらかといえばミリー派の信者が暴力行為を推奨してた。はっ、そういえば、何もされてないっ?」
「おおっ、誰にだよ?」
前触れなく肩を掴んでしまったので琥太郎がびくついて眉を寄せた。
「ミリー・ソルト! 学園生の姿は見せかけなんだよ!」
「どうどう、わかってるわかってる。とにかく入れ。いつまで立ち話させんだよ」
「ごめん」
肩を掴む手を緩めると、琥太郎がドアを押した。と同時にぐいっと内から引かれたらしく変な奇声を出した。
「そうですよ。お帰りなさい」
琥太郎の言ったとおりだ。ハワードたちはにこやかにジョエルを迎え入れてくれた。
「ハワード様、セスさん」
「俺もいるよ。君にお客様が来てる」
ティコが玄関ポーチに顔を出し、ジョエルは首を傾げた。
「昨日からお待ちかねだよ~。でも早く帰ってこられて良かったね。ある意味ファインプレーだ。一気にあれこれが動いたんだもん」
空気を読まないでいてくれるティコの明るさに救われる。
「さぁさぁ、こっち」
背中を押されてジョエルが客間に行くと、学園生の少年姿でない素顔のミリーが座っていた。
「あなたでしたか」
「恐ろしいものを見たみたいな顔だね」
ミリーの言ったことを、ジョエルは訂正したくなった。
「恐ろしいだけじゃないです。ちゃんと素顔のあなたと話がしたいと思っていました」
「嬉しいことを言ってくれるね」
「真面目に。母とあなたについて教えてください」
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