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第三章『悪魔と天使のはざま』
94 sideハワード 敵と味方
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離れの洋館でのことだ。主に最上級生の最後の仕上げを仕込む場所だ。特別カリキュラムと学園は呼んでいる、卒業後の嫁ぎ先で粗相のないようにオメガを鍛える場所・・・具体的に説明するならベッドマナーを学んでいるところである。
「由々しき事態です、殿下」
「わかっている」
ハワードはセスの報告にやや棘のある言い方をした。
今朝、ジョエル・アルトリアを筆頭とする救いの白翼がセラス寮寮長部屋に突入し占拠したと報告があったのだ。
「すみやかに拠点を移しておいて正解でしたね」
「それはそうだが・・・」
なんなのだこれはと首を傾げずにいられない。
「あいつは何やってんだよっ」
背後で苦心を吐いたのは琥太郎である。何個かあるうちの一つの居室に集まっているのは他に今しがた拳で膝を打った琥太郎と、彼が腰掛けているベッドで眠っている洋。
「コタローさん、申しわけありません、もう少しでトーキョーへ渡来者を転送できる手段を得られるところだったのですが」
ギュンターを救いの白翼に取られてしまった。研究の成果が出たかもしれないと一報してきたギュンターに学園に来訪するよう命じたのは紛れもなくハワードだ。多忙にかまけずこちらから出向けば教会の事件は防ぐことができた。彼をあちらの手に落とした責任は重い。
「いいっすよ。魔術師のおっさんは生きてるんだろ。それよりジョエルは何処までやるつもりなんっすかね」
「アルトリアさんがというより、実際に救いの白翼を操っているのは別の学園生・・・教会で私に絡んできたあの少年」
あの学園生には見覚えがない。シスター長として学園生の顔と名前は頭に叩き込んでいる。名前を聞けば顔が浮かぶが、名簿を確認してもそれらしい人物はいなかった。
いずれ見つかっても構わないという程度の雑な偽装。
「やたらと挑戦的です。私でも腹が立ちますね。セスまでも晒しものにしようとするなんて許せない」
ハワードはため息をつきつつ、額を押さえる。
「かたじけありません。私のせいで」
セスが大きな体をすくめた。
「けどハワード様が違うって言ってんのに普通信じるか?」
懐疑的な琥太郎に、ハワードはそういうものですと教える。
「恐怖心は他人に伝染しやすいですから。アルトリアさんや謎のウラノス寮生の求心力が高まっているということでもあります。二人が敵としたものが、救いの白翼の敵となり、いずれは学園の敵となる日も近いのかもしれない」
「おかしいだろ、んなの。ジョエルがシスターになりたくて頑張ってたのはそんなことのためじゃないだろう」
琥太郎が顔をしかめて怒った。
「そりゃもちろん君のためでしょう、コタローくん」
室内の会話が聞こえていたらしく廊下から声がする。ティコが戻ってきたようだ。
「おかえりなさいローレンツさん。セラス寮の様子はどうでしたか?」
「さいっあく! 俺の部屋を好き勝手踏みにじってさ。だけど俺自身にどうこうするつもりはないみたい。王太子パワー様々だね。寮長部屋はもう好きにしてってあげてきちゃった」
失ったものに興味はないとばかりに早口で話し終えると、迷わずティコは一番上等なソファに座り足を投げ出した。
「はぁ疲れた、紅茶飲みたーい! なんか食べたーい!」
子どものような駄々を聞き、セスが厨房に食べものを用意しに行く。
ティーセットを待つあいだ、ティコは琥太郎に質問を投げる。
「それでコタローくんはこっちにいていいの?」
「・・・・・・」
「おーい、コタローくーん?」
「ローレンツさん、茶化してはいけません。その件は彼に一任してあります」
ハワードは琥太郎を庇った。
「ふぅーん、でもやっぱジョエルくんよりそこの眠り姫が大事って感じ?」
ティコはしつこく訊くが、琥太郎は無反応だ。
「答えない・・・わけね。でもさぁ、コタローくんがジョエルくんのとこに行けばやめるんじゃないの。あ、責めてるんじゃないからね、俺の単純な興味」
「ローレンツさん」
「かしこまりましたシスター様、もうやめますよ。ん~、お待ちかねが来た」
セスが押してくるワゴンの音と食欲をそそる香りにティコの目は廊下に釘づけになった。本気で興味本位だけの暇つぶしだったのなら呆れた。
「んー、グリルソーセージパイだな。俺が甘いのより肉が好きだってよくわかってる」
ティコはすっかりご機嫌だった。
そして、お喋りの相手をさせられた琥太郎は無反応を装っていたが、考えに考えて苦肉の判断でこちら側についたことをハワードは知っている。
(あの消沈っぷり、こうして分裂さえしなければシンプルに気持ちを伝えられたでしょうに・・・・・・)
敵味方となっては事情はこじれてしまう。
最近、考え込むことが癖になっている。だがさすがよく見てくれていると褒めるべきか、セスがハワードのために淹れてくれた紅茶の香りが眉間に寄った皺を和らげた。
「どうぞ。頭を休めませんか」
「ええ。休憩を取りながら状況を整理しましょうか」
ありがとうとティーカップに口をつける。
テーブルにはティコ用の肉料理の他、甘い菓子類も並んでいた。紅茶には角砂糖がちょうどよく溶かされており、疲れた頭にじんわり効く。ハワードはセスの心づかいに甘えて、紅茶を楽しんだ後は焦がしカラメルの美味しそうなハニープディングを舌に乗せて目を閉じた。
とろっとした甘味が口の中で溶けていき、幸せな余韻を残してなくなる。
「ふぅ、さて、では」
ハワードがスプーンを置くと、テーブルを囲んだセス、ティコ、琥太郎が顔を向けた。
「信じてよい者と信じてはいけない者をはっきりさせましょう」
皆が頷く。
「まずここに同席している者は信用します。それからローレンツさんの婚約者である王太子殿下。王宮関連の人間という意味ではなく、王太子の背後にいる者は疑います。シーレハウス学園内の人間は基本的に疑いの目で見ましょう。学園の人間を疑うのは心苦しくもありますが敵対するものが複数あり、かつあやふやである以上は致し方ありません」
「あ、補足あります」
三つ目のパイを頬張りながらティコが挙手した。
「話してください」
ハワードは視線を送る。
「はーい。救いの白翼の大まかな構図は明確になりつつあります。トップはジョエルくん、取り巻きは主にセラス寮生、次いでウラノス寮生、女子オメガ寮がちらほらと、側近的な立ち位置にいるのは友人でもあったフィル・ワトソン、フィルくんにくっついている形でジーン・ブラウン、信者たちをまとめているのはミリー・ソルトです」
ハワードの片眉が上がった。
「由々しき事態です、殿下」
「わかっている」
ハワードはセスの報告にやや棘のある言い方をした。
今朝、ジョエル・アルトリアを筆頭とする救いの白翼がセラス寮寮長部屋に突入し占拠したと報告があったのだ。
「すみやかに拠点を移しておいて正解でしたね」
「それはそうだが・・・」
なんなのだこれはと首を傾げずにいられない。
「あいつは何やってんだよっ」
背後で苦心を吐いたのは琥太郎である。何個かあるうちの一つの居室に集まっているのは他に今しがた拳で膝を打った琥太郎と、彼が腰掛けているベッドで眠っている洋。
「コタローさん、申しわけありません、もう少しでトーキョーへ渡来者を転送できる手段を得られるところだったのですが」
ギュンターを救いの白翼に取られてしまった。研究の成果が出たかもしれないと一報してきたギュンターに学園に来訪するよう命じたのは紛れもなくハワードだ。多忙にかまけずこちらから出向けば教会の事件は防ぐことができた。彼をあちらの手に落とした責任は重い。
「いいっすよ。魔術師のおっさんは生きてるんだろ。それよりジョエルは何処までやるつもりなんっすかね」
「アルトリアさんがというより、実際に救いの白翼を操っているのは別の学園生・・・教会で私に絡んできたあの少年」
あの学園生には見覚えがない。シスター長として学園生の顔と名前は頭に叩き込んでいる。名前を聞けば顔が浮かぶが、名簿を確認してもそれらしい人物はいなかった。
いずれ見つかっても構わないという程度の雑な偽装。
「やたらと挑戦的です。私でも腹が立ちますね。セスまでも晒しものにしようとするなんて許せない」
ハワードはため息をつきつつ、額を押さえる。
「かたじけありません。私のせいで」
セスが大きな体をすくめた。
「けどハワード様が違うって言ってんのに普通信じるか?」
懐疑的な琥太郎に、ハワードはそういうものですと教える。
「恐怖心は他人に伝染しやすいですから。アルトリアさんや謎のウラノス寮生の求心力が高まっているということでもあります。二人が敵としたものが、救いの白翼の敵となり、いずれは学園の敵となる日も近いのかもしれない」
「おかしいだろ、んなの。ジョエルがシスターになりたくて頑張ってたのはそんなことのためじゃないだろう」
琥太郎が顔をしかめて怒った。
「そりゃもちろん君のためでしょう、コタローくん」
室内の会話が聞こえていたらしく廊下から声がする。ティコが戻ってきたようだ。
「おかえりなさいローレンツさん。セラス寮の様子はどうでしたか?」
「さいっあく! 俺の部屋を好き勝手踏みにじってさ。だけど俺自身にどうこうするつもりはないみたい。王太子パワー様々だね。寮長部屋はもう好きにしてってあげてきちゃった」
失ったものに興味はないとばかりに早口で話し終えると、迷わずティコは一番上等なソファに座り足を投げ出した。
「はぁ疲れた、紅茶飲みたーい! なんか食べたーい!」
子どものような駄々を聞き、セスが厨房に食べものを用意しに行く。
ティーセットを待つあいだ、ティコは琥太郎に質問を投げる。
「それでコタローくんはこっちにいていいの?」
「・・・・・・」
「おーい、コタローくーん?」
「ローレンツさん、茶化してはいけません。その件は彼に一任してあります」
ハワードは琥太郎を庇った。
「ふぅーん、でもやっぱジョエルくんよりそこの眠り姫が大事って感じ?」
ティコはしつこく訊くが、琥太郎は無反応だ。
「答えない・・・わけね。でもさぁ、コタローくんがジョエルくんのとこに行けばやめるんじゃないの。あ、責めてるんじゃないからね、俺の単純な興味」
「ローレンツさん」
「かしこまりましたシスター様、もうやめますよ。ん~、お待ちかねが来た」
セスが押してくるワゴンの音と食欲をそそる香りにティコの目は廊下に釘づけになった。本気で興味本位だけの暇つぶしだったのなら呆れた。
「んー、グリルソーセージパイだな。俺が甘いのより肉が好きだってよくわかってる」
ティコはすっかりご機嫌だった。
そして、お喋りの相手をさせられた琥太郎は無反応を装っていたが、考えに考えて苦肉の判断でこちら側についたことをハワードは知っている。
(あの消沈っぷり、こうして分裂さえしなければシンプルに気持ちを伝えられたでしょうに・・・・・・)
敵味方となっては事情はこじれてしまう。
最近、考え込むことが癖になっている。だがさすがよく見てくれていると褒めるべきか、セスがハワードのために淹れてくれた紅茶の香りが眉間に寄った皺を和らげた。
「どうぞ。頭を休めませんか」
「ええ。休憩を取りながら状況を整理しましょうか」
ありがとうとティーカップに口をつける。
テーブルにはティコ用の肉料理の他、甘い菓子類も並んでいた。紅茶には角砂糖がちょうどよく溶かされており、疲れた頭にじんわり効く。ハワードはセスの心づかいに甘えて、紅茶を楽しんだ後は焦がしカラメルの美味しそうなハニープディングを舌に乗せて目を閉じた。
とろっとした甘味が口の中で溶けていき、幸せな余韻を残してなくなる。
「ふぅ、さて、では」
ハワードがスプーンを置くと、テーブルを囲んだセス、ティコ、琥太郎が顔を向けた。
「信じてよい者と信じてはいけない者をはっきりさせましょう」
皆が頷く。
「まずここに同席している者は信用します。それからローレンツさんの婚約者である王太子殿下。王宮関連の人間という意味ではなく、王太子の背後にいる者は疑います。シーレハウス学園内の人間は基本的に疑いの目で見ましょう。学園の人間を疑うのは心苦しくもありますが敵対するものが複数あり、かつあやふやである以上は致し方ありません」
「あ、補足あります」
三つ目のパイを頬張りながらティコが挙手した。
「話してください」
ハワードは視線を送る。
「はーい。救いの白翼の大まかな構図は明確になりつつあります。トップはジョエルくん、取り巻きは主にセラス寮生、次いでウラノス寮生、女子オメガ寮がちらほらと、側近的な立ち位置にいるのは友人でもあったフィル・ワトソン、フィルくんにくっついている形でジーン・ブラウン、信者たちをまとめているのはミリー・ソルトです」
ハワードの片眉が上がった。
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